14.意味を見出すユーヤ
静かに佇む。
剣を構え、腰を落とす。
「これで決着。殺す気で行く」
外界の一切が途絶えている空間で、似た者同士が視線を交わす。
神経を研ぎ澄ましていく。剣を握る指と柄が境界を失い、一振りの剣となっていく。
偽僕の顔を映す銀の剣身に、戦意と敵意と殺意の光が満ちた。
空白は僅か。
偽僕が地面を蹴った。それだけで爆発した。
凍結していた時間を無に帰す速射の肉薄。
表情の消えた偽僕が攻撃を放とうとしている。長剣の位置は上段。振り下ろしをしようとしている、縦断の構え。
真正面には僕がいる。それなのに、隙を晒して叩き潰す構え。
偽僕は風魔法を使用し、振り下ろす長剣を加速させた。何とか風に乗って後退する僕の前を、長剣が過ぎていく。そして、地面を砕いた。
「なっ⁉」
弾け飛ぶ大迷宮の地面。
砕け散る石柱の破片と少量の金属片。
足場が崩れ、体勢を保てなくなった僕に向かって、容赦なく剣戟を見舞ってくる。
肉が弾ける音。骨が壊れる音。
たった一撃の衝突で、左手が弾けた。モノはある。しかし、形は保てていない。それでも偽僕の長剣と切り結んだ。そうしなければ、すなわち死だ。
無理矢理長剣を振るい、致命傷を回避する。しかし、体から血が噴き出した。
どんなに距離を作ろうとしても、向こうの方が速く、すぐに詰められてしまう。逃げられない。
剣に八つ裂きにされ、全身が裂傷によって埋め尽くされている。今や血を流していないところがない。
「くっそ」
これで何度目か。僕と偽僕は剣を交える。
それは死闘。
刃と刃を合わせて生じる剣撃の音も。
肉と石が生み出す破壊と再生の音も。
僕の喉から上がる叫喚と絶叫も。
意志と意志が共鳴し、戦意と殺意が唸り合い、交じり合い、拒絶し合う。
まごうことなき、決戦。死闘。
極限なんぞとっくに超えていた。限界はすでにない。思考する余地が残されていない。
驚愕や戦慄はもうない。
痛覚も感覚も薄くなってきた。
迷いが少しだけ邪魔をしている。
相手を超えるための闘志の意思で己の全てを埋め尽くしたい。少々の迷いだけが邪魔。
敵を屠るための一振りの剣になることで、偽僕を倒せる。
膝が沈む。
腕がばらばらになりそうだ。
痛覚なんてないに等しいのに、視界の狭さが痛みを物語っている。その狭くなる視点の中には偽僕。
「存外粘る」
無機質な声音が襲う。
乱れ狂う斬撃。猛々しい斬風。
剣を振るうたびに感覚が剥がれ落ちていき、己の体が自壊していく。
英雄になりたいわけじゃない。勇者であったとしても、先導者になりたいわけでもない。世界のために闘いたいわけでももちろんない。
ただ、知りたいだけなのだ。知りたいものを知るにはこいつと戦わなければならない。
剣を振るうたびに自分を効率化していった。
相手を思うたびに贅肉を削ぎ落していった。
余裕がなくなる。
表情もなくなる。
感情なんてもってのほか。
「うぉおおおおっ!!」
凶刃と偽りの凶刃がぶつかり合う。
秒を更新するごとに、より速く、より鋭く、より重く、より刹那的で、より圧倒的に。
何度血に彩られてもなお、振るい続ける。超えるために。自分の限界を知るために。
命が燃える音がする。
命が漏れていく音がする。
もう戻れないかもしれない。
それでもいい。
それでも。
僕は。
強くなりたい!
僕の振り下ろしが、偽僕の長剣を砕く。
よし、来た。
そう思ったのがいけなかった。
砕かれた瞬間、偽僕は剣の柄を手放していた。僕の腹に手を当ててくる。そのまま魔法で吹き飛ばしてきた。
僕の体が壁に埋まる。
動けない。壁に完全に埋まってしまったわけではない。動く意味を見出せなくなってしまったのだ。
目の前に偽僕が歩いてきている。その手には血の付いた大きな鉈。もう次が用意できているのか。
相手の体には傷がほとんどない。もう回復しているのか。
こんな奴に勝てる奴がいるのか? ミデリーやアイネのような圧倒的な火力があればいけるのだろうか。
鉈が振り上げられる。
あぁ、死んだ。
時間がゆっくりと流れ始める。これが走馬灯というやつか。
僕は強くなりたい。
そう願っていた。
そのはずだった。
それがどうだ?
僕は逃げた。
この階層でも、前の階層でも。
僕は逃げた。
そう、逃げたのだ。
ここに来るまでの間に逃げているくせに、強くなりたい?
駄目だ。無理がある。
そんなんで強くなりたいなんて。
死ぬ。
僕は弱いから死ぬ。
僕は誰にも哀しまれずに死ぬ。
本当か?
本当にそうか?
僕には哀しんでくれる人がいるんじゃないのか?
深い森のような深緑黄金の髪に同色の瞳を持つエルフの顔が浮かんだ。
クライネだ。
苛烈を極めたような赤い髪に同色の瞳を持つ、露出の多い軽量化された服を着る少女の顔。
アリスだ。
海中のような深い青色の髪に明るい黄色の瞳を持つ吸血鬼がこちらに手を振っている。
エルだ。
空のような水色の髪に紫の鱗を持つ龍人の姿が浮かんだ。
アイネだ。
悪戯っ子のような笑みを浮かべて猫のようにすり寄り、こちらを上目遣いで見てくる魔眼族の少女。
ケイだ。
5人もいる。
僕の自惚れでなければ、5人も。
僕にも遺してしまう相手がいる。
ミデリーの一件で自棄になっていたのかもしれない。
僕は彼女達に応えなければならない。いや、応えようとしているのかもしれない。
むしろ応えたい。
報いたい。
彼女達に。
あぁ、そうか。
僕は彼女達のために強くなっているのかもしれない。
亡き母の、強くなれ、という言葉は、そういう事なのかもしれない。
戦おう。
僕は待っている者のために戦おう。
ぐちゃぐちゃになっている左腕を挙げた。そこに振り下ろされ、半分ほどまで埋まった。
「お?」
驚く強敵の顔面に、右拳を叩き込む。
「僕は、待っているアイツ等の元へと行くんだ!」
強者は、こちらの視界を覆うように手を伸ばしてきた。




