12.ボス部屋に到着したユーヤ
僕は逃げた。ただひたすらに逃げた。
強くなりたいと思っていたのに、今の僕はその真逆の行動をとっている。分かりやすく逃げて、顔を背けて、目の前の問題を無視して。
どれくらい逃げたか分からない時、目の前にはいつの間にか鉄製の扉があった。
「ハァ、ハァ、ハァ……ア?」
鉄製の大扉。明らかな人工物。文明の香。
きっと中には上の階層にいたヲラン・コースッドのようなモンスターがいる。門番のような存在が。
キョロキョロと辺りを見る。誰も、何もいない。ここが神聖な場所であるかのように、静かだ。
常識知らずである僕にも分かる。この先にいるモンスターは強い。
天井を向いて息を吐く。覚悟を決した僕は、大扉を押した。
中は真っ黒だ。何も見えない。それこそ自分の手さえも。
「マジかよ」
暗闇での戦いは、いつかやらねばならないことだったが、こんな時にやることになるとは。
上を見るが見通せない。天井は一体どこだ?
左右を見るが、何も見えない。壁だって柱だって見えてこない。
前を見るが、何も分からない。罠だって見えてこない。
背中がドンと押された。顔を少し傾けてみるが、何も見えない。いや、光を捩じ曲がっている。空気の塊だ。それが僕を押したのだ。
片手を着いて反転、大扉の方を見る。誰もいない。あれは間違いなく風魔法。では、術者はどこだ?
何もいない。何も起こらない。
そう確認した直後、大扉が動いた。
バタン!
大きな音を立てて閉まった。
真っ暗だ。
暗闇の中でも視界が通るのは、僅かにも光があるからだ。
真の暗闇に視界は通らない。
それを今、思い知らされた。
何も見えない。首を横に倒したり、目をぐりぐり擦ったりしても意味がない。鼻先すら見えない。
どこからが自分の体なのか、とんと見当がつかない。自分の体が大気に溶けてしまいそうだ。呼吸が浅くなる。
僕は両頬を自分で叩き、気合を入れ直す。
大丈夫だ。まだ攻撃を食らったわけではない。汗がびっしょり出てきているが、関係ない。
行こう。僕は強くなるためにここに来たんだ。中へ行くぞ。
自分を奮い立たせ、歩みを進める。
ボ、と大扉横の松明に火が点いた。続くようにボボボと壁の松明に火が点いていく。
急な出来事に、体がビクリと反応してしまった。グルングルンと体を回転させながら辺りを確認していく。そして、ある一点で止まった。
部屋の中はかなりの広さだ。ちょっとしたスポーツ施設くらいあるだろう。そのど真ん中に少女? 少年? が立っていた。僕と同じくらいの身長と装備。姿がまんま似ている。違うのは髪の長さくらいか。
これはあれか? 己を超えろ的なやつか?
困惑していると、相手が目を覚ましたかのように顔を上げる。
「初めまして、強さを求める者よ」
こちらに手を差し伸べてくる。
「貴方はなぜ強さを求めてくるのですか?」
声変わりしていない声。そこも僕と同じだ。そこまで似せてくるのか。
なぜ強くなりたいのかって? そんなこと決まっている。
「強くなりたいからだ!」
一気にスタートを切る。
ここまでの道のりを考えれば当然のことだ。ここに佇んでいる時点で、僕よりもかなり強い。歪さの強いモンスターよりもモンスターよりも断然強いと考えられる。
長期決戦はこちらが不利だ。故の短期決戦。
スタートから0.5秒後、眉根を寄せている相手の足元に止まり、剣を振り上げる。
相手は即座の跳躍で躱し、僕の顔面を蹴飛ばしてきた。
僕は鼻血を飛ばしながら水平に飛ばされる。背を反らして片手を床に着けると、後転してすぐに向き直った。
鼻の片穴を指で押さえ、血塊を噴き出す。
僕は再び走り出す。まだ短期決戦は諦めていない。
僕が高速で剣を振るうが、相手はそれに合わせて交えていく。
「っ!」
剣の切れ味、速度ともに合わせられている。表情を変えずに、ただ子供と遊ぶように。
振るわれる長剣の悉くを縦横無尽の斬閃で打ち落とされる。凄まじい剣戟の音を連続させながら、高速で動く僕とそっくりな相手が切り結ぶ。
大きく長剣を弾かれ、押し返され、距離を保ったままその場からざざざっと並走した。
目にも止まらぬ速さで銀刃が放たれる。瞬きをする間に十を超える攻撃が両者の間で乱舞し、剣身と剣身があまりの衝撃に軋んだ。
黒い毛髪を数本断ち切り、互いの肌に細い血の線を刻んでいく。
高速で振るわれる長剣を、敵の長剣はより高速で翻り、何度も叩き落した。
胸の奥の心が逸る。柄を握りしめる手の力が増し、一段と剣速が上がった。僕は視界から全てのものを取り除き、目の前の敵に剣を振るう。
「……強くなりたいんだよね」
激しい心の動きにより、常時前のめりとなっていた僕の剣筋を、偽僕は見逃さなかった。
黒瞳を細めた次には、その体がブレる。大振りになってしまった僕の剣を躱し、風を引き千切る一撃が見舞われた。
掬い上げるような拳砲。
小さな左手が硬く力を入れた腹部を強打し、小さな体を後方に殴り飛ばす。
「っ⁉」
強制的に後退させられ体勢を崩す。何とか腰と膝を使い、速攻で姿勢を立て直すが、それよりも速く、偽僕が長剣を振りかぶり、眼前に踏み込んだ。
ぞくっと背筋が凍る。僕の全身という全身を悪寒が駆け巡った。
敵が目を大きく開き、一気に長剣を振り下ろす。
僕はあらん限りに目を見開き、各筋肉に力を込め、そして驚異的な速度で長剣を体の前に構えた。
刹那。轟音が爆発した。
超威力の振り下ろしに、僕の体は一瞬で敵から遠ざかった。宙を跳ぶ僕は後方の柱に激突する。
僕の背が柱を盛大に砕いた。
「ぐ!?」
この広い空間を支えるための柱が一本、破壊される。肺から空気を引きずり出された僕の体は、神経の通らぬ人形かのように言う事を聞かなかった。
攻撃も防御も敏捷も向こうが上。
これがダンジョン。これが五層。
これが、冒険。
僕は柱に背を預け、尻を地に着けたまま、眼前、偽僕を睨みつけた。




