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僕はただ強くなりたいだけなのに  作者: suger
6.フロイド
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12.ボス部屋に到着したユーヤ

 僕は逃げた。ただひたすらに逃げた。

 強くなりたいと思っていたのに、今の僕はその真逆の行動をとっている。分かりやすく逃げて、顔を背けて、目の前の問題を無視して。

 どれくらい逃げたか分からない時、目の前にはいつの間にか鉄製の扉があった。


「ハァ、ハァ、ハァ……ア?」


 鉄製の大扉。明らかな人工物。文明の香。


 きっと中には上の階層にいたヲラン・コースッドのようなモンスターがいる。門番のような存在が。

 キョロキョロと辺りを見る。誰も、何もいない。ここが神聖な場所であるかのように、静かだ。


 常識知らずである僕にも分かる。この先にいるモンスターは強い。

 天井を向いて息を吐く。覚悟を決した僕は、大扉を押した。


 中は真っ黒だ。何も見えない。それこそ自分の手さえも。


「マジかよ」


 暗闇での戦いは、いつかやらねばならないことだったが、こんな時にやることになるとは。


 上を見るが見通せない。天井は一体どこだ?

 左右を見るが、何も見えない。壁だって柱だって見えてこない。

 前を見るが、何も分からない。罠だって見えてこない。

 背中がドンと押された。顔を少し傾けてみるが、何も見えない。いや、光を捩じ曲がっている。空気の塊だ。それが僕を押したのだ。


 片手を着いて反転、大扉の方を見る。誰もいない。あれは間違いなく風魔法。では、術者はどこだ?


 何もいない。何も起こらない。


 そう確認した直後、大扉が動いた。


 バタン!


 大きな音を立てて閉まった。


 真っ暗だ。

 暗闇の中でも視界が通るのは、僅かにも光があるからだ。

 真の暗闇に視界は通らない。


 それを今、思い知らされた。


 何も見えない。首を横に倒したり、目をぐりぐり擦ったりしても意味がない。鼻先すら見えない。

 どこからが自分の体なのか、とんと見当がつかない。自分の体が大気に溶けてしまいそうだ。呼吸が浅くなる。

 僕は両頬を自分で叩き、気合を入れ直す。


 大丈夫だ。まだ攻撃を食らったわけではない。汗がびっしょり出てきているが、関係ない。

 行こう。僕は強くなるためにここに来たんだ。中へ行くぞ。

 自分を奮い立たせ、歩みを進める。


 ボ、と大扉横の松明に火が点いた。続くようにボボボと壁の松明に火が点いていく。

 急な出来事に、体がビクリと反応してしまった。グルングルンと体を回転させながら辺りを確認していく。そして、ある一点で止まった。


 部屋の中はかなりの広さだ。ちょっとしたスポーツ施設くらいあるだろう。そのど真ん中に少女? 少年? が立っていた。僕と同じくらいの身長と装備。姿がまんま似ている。違うのは髪の長さくらいか。

 これはあれか? 己を超えろ的なやつか?


 困惑していると、相手が目を覚ましたかのように顔を上げる。


「初めまして、強さを求める者よ」


 こちらに手を差し伸べてくる。


「貴方はなぜ強さを求めてくるのですか?」


 声変わりしていない声。そこも僕と同じだ。そこまで似せてくるのか。

 なぜ強くなりたいのかって? そんなこと決まっている。


「強くなりたいからだ!」


 一気にスタートを切る。

 ここまでの道のりを考えれば当然のことだ。ここに佇んでいる時点で、僕よりもかなり強い。歪さの強いモンスターよりもモンスターよりも断然強いと考えられる。

 長期決戦はこちらが不利だ。故の短期決戦。


 スタートから0.5秒後、眉根を寄せている相手の足元に止まり、剣を振り上げる。

 相手は即座の跳躍で躱し、僕の顔面を蹴飛ばしてきた。

 僕は鼻血を飛ばしながら水平に飛ばされる。背を反らして片手を床に着けると、後転してすぐに向き直った。

 鼻の片穴を指で押さえ、血塊を噴き出す。


 僕は再び走り出す。まだ短期決戦は諦めていない。

 僕が高速で剣を振るうが、相手はそれに合わせて交えていく。


「っ!」


 剣の切れ味、速度ともに合わせられている。表情を変えずに、ただ子供と遊ぶように。

 振るわれる長剣の悉くを縦横無尽の斬閃で打ち落とされる。凄まじい剣戟の音を連続させながら、高速で動く僕とそっくりな相手が切り結ぶ。


 大きく長剣を弾かれ、押し返され、距離を保ったままその場からざざざっと並走した。

 目にも止まらぬ速さで銀刃が放たれる。瞬きをする間に十を超える攻撃が両者の間で乱舞し、剣身と剣身があまりの衝撃に軋んだ。

 黒い毛髪を数本断ち切り、互いの肌に細い血の線を刻んでいく。


 高速で振るわれる長剣を、敵の長剣はより高速で翻り、何度も叩き落した。

 胸の奥の心が逸る。柄を握りしめる手の力が増し、一段と剣速が上がった。僕は視界から全てのものを取り除き、目の前の敵に剣を振るう。


「……強くなりたいんだよね」


 激しい心の動きにより、常時前のめりとなっていた僕の剣筋を、偽僕は見逃さなかった。

 黒瞳を細めた次には、その体がブレる。大振りになってしまった僕の剣を躱し、風を引き千切る一撃が見舞われた。

 掬い上げるような拳砲。

 小さな左手が硬く力を入れた腹部を強打し、小さな体を後方に殴り飛ばす。


「っ⁉」


 強制的に後退させられ体勢を崩す。何とか腰と膝を使い、速攻で姿勢を立て直すが、それよりも速く、偽僕が長剣を振りかぶり、眼前に踏み込んだ。


 ぞくっと背筋が凍る。僕の全身という全身を悪寒が駆け巡った。

 敵が目を大きく開き、一気に長剣を振り下ろす。


 僕はあらん限りに目を見開き、各筋肉に力を込め、そして驚異的な速度で長剣を体の前に構えた。


 刹那。轟音が爆発した。


 超威力の振り下ろしに、僕の体は一瞬で敵から遠ざかった。宙を跳ぶ僕は後方の柱に激突する。

 僕の背が柱を盛大に砕いた。


「ぐ!?」


 この広い空間を支えるための柱が一本、破壊される。肺から空気を引きずり出された僕の体は、神経の通らぬ人形かのように言う事を聞かなかった。

 攻撃も防御も敏捷も向こうが上。


 これがダンジョン。これが五層。 

 これが、冒険。


 僕は柱に背を預け、尻を地に着けたまま、眼前、偽僕を睨みつけた。

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