9.門番と対するユーヤ
モンスターを何体か倒し、やり過ごし、遂に目的地へと辿り着いた。次の階層へ行けるだろう階段がありそうな場所だ。
そこには門番かのようにモンスターが立っている。あれを倒さずに先へ行くことは可能だろう。
しかし、それは本当に良いことなのか? 倒すべきじゃなかろうか。
目の前にいるモンスターは、一言でいえばシマウマだ。
二足で立つシマウマが、丸盾と大斧を持っている。見るからに強そうだ。
僕が一歩踏み出すと、シマウマが顔を上げた。
ここだ。ここからが縄張りだ。
ここは闘技場。円形の闘技場だ。まるでこのシマウマと戦うために作成されたような場所だ。
シマウマは腰を落としてこちらを睨んでいる。僕は円形の階段を下りながら、シマウマを見つめる。階段はところどころが穴あきで、通路となっている。
四層と五層の間にはシマウマも通れるほどの、3、4mの隙間がある。何のためにあるのかさっぱりだ。
僕は下から二段目の位置で止まり、剣を構える。
洞窟内、陽も海もないが、風が吹いているように感じる。
数秒後に風が止んだ。
同時にシマウマが動く。両手で握った大斧が振るわれる。僕が屈まなければ上下の半身が分かれていただろう。
丸盾には革のベルトがついており、腕が通されている。両手が自由に使える時点で、かなり知性が高い。
だって、目の前に丸盾が出されているんだぜ。シマウマは丸盾を押し付けるようにしてタックルしてきた。
水平方向に数mも飛ばされる。鼻が潰れて出血している。息がしづらい。
猛者。そんな言葉を彷彿とさせる眼光。
規格外。アイネ、エル、ケイそしてミデリー。そんな規格外に出会ってきた。こいつもそうだ。規格外。そんな言葉で言い表せる。それでも、こいつは一味違う。こいつは間違いなく自分を殺すものだ。
そんな本物を前にして、僕は笑った。
彼は一振りの斧を握りしめ、強靭な足を一歩、踏み出した。
『オオオオオオオオオオオオオッ!!』
シマウマが大咆哮を打ち上げる。唸る血潮、猛る肉体。僕の中の何かが反応している。
破壊、破砕、粉砕。
階段を支えていたはずの柱を撃砕しながらの驀進。
瞳が映す戦慄の塊を前に、僕は本能に従った。急迫する大斧という死の一撃から逃れようと、剣を盾にして腕を交差させ後方へ飛ぶ。
地面を砕く踏み込みから繰り出される斧刃、そこから生じる衝撃波。僕の体は風を切る。背後の柱を貫通し、地面をバウンドして転がる。
膨大な砂塵と石の破片の雨。
僕は瓦礫の中から身を起こす。全身を焼くような痛みが走っている。
瓦礫を踏み砕く音で、急いで立ち上がる。そこにいるのは勿論シマウマ。見上げる程の身の丈に筋骨隆々の体躯。
汗が流れる。
シマウマの歩みは止まらない。対面で止まることなく大斧を振るってくる。
済まる大斧に度々命を脅かされながらも、何とか避け往なし、敵の横を抜けていく。
『ヴヴン!』
「ッ⁉」
巨大な斧を楯のようにして攻撃を防いでくる。
シマウマは踏みしめるだけで地面を粉砕する。それだけで体勢が崩れた。間髪入れず放たれる大斧に対して、敵の体を蹴りつけることで緊急回避する。
僕が体勢を立て直す前に、大斧を振るってくる。剣でガードするが、軽々と飛ばされた。再び水平の風の矢と化し、先程の円形闘技場に近づく。
腕がジンジンと痛んでいる。折れていない。罅でも入ったか?
勝てるか? いや、勝つんだ。これに勝てたら、僕はより成長できるんだ。
これが闘い。本物の死闘。
勝ちたい。迷いが消える。
僕は今飢えている。勝利に。強さに。冒険に。
付き合ってくれ、シマウマ。いや、ヲラン・コースッド。縞模様を持つ騎士よ。僕の成長を手伝ってくれ。
僕は脚を回転させていく。
剣と大斧が何度もかち合う。何度も火花が散り、撃音はメロディを奏でていく。ここでいい音楽を奏でていたとしても、これを聞き届ける聴衆はいない。
力を振り絞るように僕とヲラン・コースッドの体が猛った。長剣を装備した僕の両腕はすでに悲鳴を上げている。
しかし、それだけだ。激痛があるだけだ。いくらでもこんな腕なんぞ振り回せる。
大斧で打ち払われる長剣、その勢いを利用した回転斬り、腹筋が硬すぎて傷が浅い。
大斧の刃先が掠め、頬が少し切れる。
白黒の濁流が脅威となって磨り潰さんと迫ってくる。僕の体が赤く染まっていた。自分の血であり、彼の血でもある。
――強くなりたい。
このヲラン・コースッドを超えるために。
――強くなりたい。
無力な自分を超えるために。
――強くなりたい。
己の限界を超えるために。
「う、おおおおおおおっ!!」
僕は咆哮した。
己の限界の先へと一歩踏み出すように、力を込め続ける。
もっと、もっと、もっともっと!
限界を超える加速の中、左足を踏み出すとともに、ミデリーからもらった長剣を振るう。
彼はその強力な連撃を嫌うように、大斧を振り上げて長剣を上空へ弾き飛ばした。
大丈夫。これは隙にならない。
僕はその勢いを利用して跳躍して、シマウマの顔面を蹴った。
超強烈な蹴り。ケイの言葉を借りれば、伝説級の蹴り。しかし、彼は顔面に受け耐え凌いでみせた。
彼の打ち下ろすような拳を正面から受ける。僕は地面をバウンドして、ゴロゴロと転がった。
そして疾駆する。気持ちだけでなく肉体の限界も迎えている。それでも右手の長剣を持つ力を強め、渾身の斬撃を見舞う。
袈裟斬り。大薙ぎ。切り上げ、切り下ろし。
都合四閃。彼の筋肉の鎧を切り裂き、夥しい紅血を吐き出した。
動きを変えた僕の猛攻に、彼は瞠目する。次にはそれに対応しようとしてきた。そこで初めて丸盾を使用してきた。
僕の気持ちは途切れない。あらゆる感情を炎で焼き尽くし、長剣とともに体を前へ進ませる。
彼の脚は地面を粉砕する。
互いの瞳は互いしか映しておらず、そのまま突進。
いざ、決戦へ。
「『――――――――ッ!!』」
僕と彼は咆哮する。洗練さなど欠片もない本能のぶつかり合い。勝利を求めるオス同士の雄叫び。
連撃と剛撃。相手の土俵に立ってはならない。潰されてしまう。
唸る長剣が大斧を弾き飛ばし、迫る剛脚が攻撃させてくれない。一度引く剣と斧が再度邂逅するのに時間はかからない。交差する刃と刃が火花を大きく散らす。
誇りや矜持などという高尚なものとは無縁な意志と意地が衝突を続ける。
言葉を失くした魂の叫びが、戦場へ放たれる。
振り上げられる大斧が、咄嗟に構えられた長剣を強打した。それだけで僕の脚は役目の一つを放棄して、軽々と後方へ飛ばされる。
明るい空間になった。隙間ではなく、ここは円形闘技場。御誂え向きの死闘場。
僕はすぐさま起き上がり、視界の中央へヲラン・コースッドを収める。
『ヴェロロロロロ!』
離れた位置にいる彼との距離は僅か十メートル。
彼はこの時を待っていたかのように、大斧を構えた。
僕もそれに従うように構える。
これで決着だ。
両者同時にスタートを切る。疾駆と驀進。互にその違いはあれど、やりたいことは何一つ変わらない。本能のままの突貫。
互いの想いを乗せた刃がぶつかり合うその瞬間、情けなくも、僕は理知性へ逃げた。
申し訳ない、好敵手よ。僕もどうやら生き汚くも生き続ける、浅ましき人間種族の一人のようだ。
技を受けた途端、彼は体の制御を失った。そして力一杯に臑を蹴り、転ばせる。
「ごめん。真正面から受けてやれる自信がなかったんだ」
僕は本心を口にして、白黒の首を切り落とした。
僕はどっと疲れを感じて、腰を地面に着けた。




