12.見逃されるユーヤ
何も、湧いてこない。
初めて知った。これが喪失感か。父さんはこれを味わっていたのか。今なら父さんとも仲良くなれそうだ。
こういう時、泣いたり喚いたり、敵を討とうと闘志を燃やしたりするものなのだろう。
でも、駄目だ。何も湧いてこない。涙も、声も、怒りさえも。
未だに右前脚を燃やすイアウカから目を逸らせないまま、周りの女性たちの様子を窺う。
エルは睨んでいる。イアウカのことをギロリと睨み、両拳を握っている。
拳からは血が出ていた。握り込みすぎて出ているのだろう。それほどまでの怒りを持ち合わせている。
それでも襲い掛かろうとしない。友を失くし、殺した相手が目の前にいるにもかかわらず、だ。
それほどまでに力の差があるのか。それともそうするように言われているのか。
どちらにしろ、エルは前に出ようとしない。
アイネは、顎先でイアウカを差すように上に向いている。そこからイアウカを見下ろしていた。
喉は急所のはずだ。恐怖を感じたり自信を失ったりした時は、普通喉を守るようにして顎を下げる。
顎が上がっているということは、何かしらに自信があるというのか。
いや、違う。虚勢だ。アイネの背に汗が溜まっている。緊張している。ストレスを感じているのか。
イアウカに対して精一杯の虚勢を張っている。やはり、それだけの力の差があるのか。
反対にケイは冷静だ。至って冷静だ。強者二人は緊張し、汗を滲ませているのに、冷静だ。
ケイはやれることやれないこと、出来ることできないことを知っている。この状況、生存を諦めてしまっているのだろうか。
瞳は真っ直ぐとイアウカを見ている。ケイの武器は眼だ。きっと今も諦めずに何かを探っているのかもしれない。
ミデリーは、とても強い女傑だ。それと同時に、アリスの育成を放棄した親失格者だ。僕にとってのミデリーの評価などこんなものだ。
強さという点では尊敬するが、それ以外は尊敬に値しない。母さんを失くし、父さんとは喧嘩別れをしている僕にとっては、最悪に近しい女性。
そんなミデリーであるはずなのに、これほどまでの喪失感。彼女の死は、少なからず僕にとっては衝撃的な出来事であるらしい。衝撃を受けた僕はどうすればいい。
僕は手持ち無沙汰になってしまう。二人は動く気配がない。一人がじりじりと僕に近づいてきている。僕は何をすべきだ?
冷静になれた。皮肉だが、ミデリーの死のおかげだ。
僕は僕自身の剣に手を掛けた。このまま抜いて切りかかる。よし、行こう。
その瞬間にケイが柄を押さえた。
瞬発的にケイを見る。
「そんな顔向けんなよ。僕は怖すぎてちびっちまうよ」
「何で止める。あれはミデリーの仇だろ!?」
「ハッハッ。僕達は君を生かして帰してやるって約束したかんな」
「あぁ、それに」
ケイが自慢げな顔をする。それでも冷や水が流れていた。ケイも怖いし、不安なのか。
こちらを視ずに顎でイアウカを指すアイネの台詞を聞き、狼を見る。その時、イアウカは背を向けた。
その程度なのか、僕は。エルもアイネも敵対しようとしていない。その意志を向こうが感じ取っていたのだとしても、僕は敵対する気満々だ。
それでも、背を向けた。
その程度。イアウカは実力を見抜いた。その上で見逃された。敵にならないと判断されて、背を向けられたのだ。
言外に告げられた。お前じゃ相手にならない、と。お前は雑魚である、と。
柄から手が離れる。力が抜けてだらりと落ちた。その手をケイが掴んでくれる。
誰かの温もり。この温もりが有難い。
今の僕は弱い。ミデリーのように戦うことはできない。僕ではミデリーの仇を討てない。
悔しい。何て悔しいんだ。
強くならなきゃ。もっともっと強くならなきゃいけない。
覚悟は決まった。
僕はイアウカを討つ。いつか必ず戻ってくる。それまで待っていろよ。
僕は去っていった、イアウカを睨み続けて。




