8.イアウカと対峙するユーヤ
船が少しだけ砂浜に乗った。これだけ乗っていれば潮に攫われることはないだろう。
ケイは完全にダウンしてしまったため、現在エルの背中に負ぶわれている。
「ごめん、エル。ごめん」
「私等の仲だろ。気にすんな。迷惑なんていくらでもかけてこい。今みたいに負ぶってやる」
「うん」
美しい愛だ。ケイはエルに対して結婚していいと発言しているし、エルは受け入れている。
僕達四人はミデリーと向かい合うように立つ。
「――八百年」
はじまりの言葉は年月。僕には何か分からないが、他の者達は分かっているようだ。厳かな雰囲気のせいで聞くに聞けない。
重々しい声音と張りつめた空気。自然と背筋が伸びる。
ミデリーはクロワシのエンブレムが彫られた宝剣を砂浜に立てて、四人を見渡した。
「それがイアウカへ初めて人類が挑んでからの年月だ。各国、どこの世界史にも記されている。弱者を蹂躙しながら、そこに存在し続ける」
八百年も経っていたのか。イアウカはとても長寿なモンスターなのか。
未だ現役。自然と唾をのんでしまう。
「名が残る数多くの武芸者は、かつてイアウカへ挑み、最強を証明しようとした。そのすべてが散っていった。挑んだ者は誰一人戻ってきていない。犠牲者の正確な数は分からないままだ」
名の残る武芸者、僕も知っている人なのだろうか。それほどの武芸者たちを葬ってきたとなると、相応の実力があるのだろう。
「今回、私はその歴史に終止符を打つ! 私こそが勝ち、生還をもって最強を証明しよう!」
ミデリーは砂浜から剣を引き抜き、掲げた。
島のすぐ傍、森の奥からすでに威圧を感じている。僕では敵わない。それがもう分かってしまう。
心底理解している。体も反応してしまう。
息が浅くなっている。肩も上下する。
ヤバい。これが過呼吸ってやつか。
パァンと背中が叩かれた。
「あ」
「安心しろ、ユーヤ。僕等が生きて返してやる」
ケイは自分の足で歩いて森へと向かう。気付いていなかったが、ミデリーもアイネも森の中へ入っていった。
僕は冷静さを欠いている。最強を目指すなら僕も通らなければならない道だ。
僕は深呼吸をして、皆の後をついて行った。
チロチロとリスが木を登っていく。
ぴょこぴょこと兎が叢へ入っていく。
パタパタと小鳥が飛んで行く。
あれ? 強そうなモンスターがいない。いても下級モンスターくらいだ。
「どうなっているんだ?」
「多分だけど、イアウカが強くって、強者が寄ってこない且つ挑むとしてもイアウカに対してしかないから、むしろ下級にとっては楽園なんだろうね」
成る程。外敵がいなければのびのびと暮らしているのだろう。その安寧を求めて、下級モンスターたちがやってくるのかもしれない。
そこで、体が震えた。僕には分かる。これが絶対王者の風格。現れるのは白銀の大狼。
碧眼が睥睨してくる。僕の体の震えが止まらない。精神的には強気で行きたい。しかし、肉体は気付いてしまっている。
勝てない。僕は完全な餌だ。
呼吸が奪われた。視界も動かせない。目の前に現れたそれは、想像の埒外だった。
『グルル』
重々しく、魂に直接轟くような声がした。もう駄目だ。体の震えを止めることは不可能だ。
かつての猛者たちはこれを前に戦えていたのか。
五メートル超えの高さからイアウカが、ミデリーを見下ろし、魂を消し飛ばそうな威圧を放ってきた。
呼吸も瞬きも、生命活動の一切を、相手の許可なくしてはいけないのではないかと思わせてくる。それほどに、本物の神話級の存在感は突出して、世界を掌握してしまっていた。
五メートルを超える頭の位置、八メートルほどある体長。全てを覆う美しい銀毛は、太陽の光をキラキラと反射し、筆舌に尽くしがたい。ただし、左前脚以外に限る。左前脚のみが、銀が崩れ、焦げたような色をしている。
その色さえ、美しいコントラストとして映えている。
僕は不覚にも、恐怖の対象を美しいと思ってしまった。




