5.三日寝過ごしたユーヤ
目が覚めた。自然と、目が覚めた。
いや、自然以外の眼の覚ましたをしたことがないから、当たり前か。自然以外の起き方があったら教えてほしい。
ただ、いつも十分寝たからこそ起きるのだが、今回は違う。
暑かったのだ。まだ時期としては春のはずだが、夏のように暑い。行商人は、春はちょうどいい気温だから過ごしやすい、と言っていたのに、暑くて敵わない。
暑いうえに蒸している。蒸して暑いのだ。
いや、蒸しているのは僕の周りだけだ。僕が汗を掻いているからだ。これが蒸し暑さに貢献している。
眠っていた時に出てきた汗のせいで、体がびっしょり。ひどく掻いたせいで、体がベタベタ。気持ち悪い。
ヨシ、水浴びをしよう。
そうと決まればとっとと寝床から出て、森の中の沢まで行かなきゃ。
「おっと」
寝床から出て立った時僕は思わずふらついた。そのまま壁に手を着いた。ずっと横になっていたからか、若干貧血気味だ。
水浴びの前に、コップ一杯程度の水を飲んだ方がいいだろうか? 汗を凄く掻いたわけだしな。
聞きかじっただけの情報だが、塩分が足りないと、人は倒れてしまうらしい。何かよく分からないが、塩分が人体にとって重要なものなのかもしれない。
ぼーっとする頭で剣を掴もうとして、失敗した。手が空振りしたのだ。
目線を向ける。剣がない。あれ? 剣がない? 何でだ? えっと、あ、そうだ。剣は壊れたんだった。
僕は後頭部を掻きながら、隣に立てかけていた剣を手に取る。鍛錬用の、刃が潰されている剣だ。沢までの道には強い奴がそんなに出てこないし、心配はないだろう。
家を出ると、村は静かだった。もちろん人はいるし、その間に会話もある。しかし、それらは喧騒と呼べるものではない。日常の風景ではある。この違和感は一体なんだ?
村の違和感の正体に気づけないまま、僕は森に入った。
僕はない頭で考える。この違和感は一体なんだ?
そこでふと気づいた。あれ? 行商人達がいなかった?
売り物を売り尽くしてしまったから、早めに帰ったのだろうか。いや、いつも売り切れずに次の村でも商売をするのだから、あり得ない。他にあるとすればなんだ? 用事でもあったか?
待てよ。そもそも、だ。今っていつだ?
行商人がいつも滞在するのはいつも七日間だ。僕は到着から四日目に巨木のモンスターを倒しに出かけた。行くのに半日かかったから、倒してから帰ってきたのはもっとかかったはず。おそらく五日目に帰ってきただろう。寝て起きたのだから、今は六日目?
……いや、以前の僕を思い出せ。何か大きなオーガを倒した時は丸二日間は眠っていたじゃないか。あの時の経験を活かせ。僕はおそらく、二、三日は寝ていた?
「マジかぁ」
自然と声が出た。
行商人は通常通り帰った、ということか? ということは、次に彼等が来るのは二か月後?
マズイな。
食料とかは最悪狩りをすればなんとかなるが、衣類や剣とかの消耗品はどうしようもない。後二か月は、この少し穴の開きそうになっている服と、刃が潰されている剣でどうにかするしかないということだ。え、マジで言ってる?
しばらくは強敵との戦闘はお預けかな?
そもそもこの二か月後に取り返すことを考えるのであれば、今から売り物を蓄えておく必要がある。
食料は保存しにくいから、売り物に向かないだろう。できても干し肉だ。……塩が足りないから無理か。
あと一般的なのは、編み物か。まぁ、編み物ができれば、自分の服を先に直している。
出来ることがあるとすれば、モンスターの素材集めか。あの巨木モンスターを木材にして売れば、高くならないだろうか。
「……後で見に行ってみるか」
僕が呟く頃には、既に沢に辿り着いていた。
水を両手で掬う。水を通して僕の手の皺が見えた。とても綺麗な証拠だ。
ズズズと音を立てて水を飲む。美味しい。体の隅々にまで行き渡るような感覚。いい。もう一口飲んでおこう。
先程手に入れたベリーを口に含む。酸味も体に染み渡る。
よし、水浴びをしよう。
僕は服を脱ぎ始めた。そして、素っ裸になると、水に入っていく。
「気持ちいいぃ~~」
自然に身を任せて体を浮かせる。寝汗が溜まっていた背中をボリボリと掻く。爪の間に垢が凄く入ってきた。
「洗体布も買った方がいいのかなぁ」
水の中へと疲れが融けていくように感じる。気持ちいい。
水の中でバシャバシャと回転したり、泳いだり、潜ったり、体中の垢を落としたりしていく。世の中には垢すりとかいう職業がいるらしい。体験してみたいものだ。
そろそろ上がるか。僕はぼんやりとそう思い、陸に上がった。
大きめな葉を布代わりにして、体を拭く。少し体が軽くなった気がする。これが垢の重さか。
下着を身に着けたところで、視線を感じた。
「ん?」
僕はシャツをひったくり、腰を落としたまま叢を見る。
「申し訳ございません。驚かしてしまいましたか?」
「いや、驚いてはいない。警戒しているだけだ」
草を掻き分けて現れたのは、一人のエルフだった。