5.ロードネレイトに向かうユーヤ
剣を振るう。僕は顎を伝う汗を拭い、空を見る。夕焼けが目映い。
「もうこんな時間か」
囁きを一つ。荒くなっている息を整えながら、再び汗を拭う。
翳る日暮れにふと向かう眼差しの先、人工物一つない景色の中に誰かがいた。シルエットになっているせいで誰か分からない。見覚えがない。
僕が知っている相手は少ない。押しかけさんたち、村人、父親くらいか。このシルエットは誰でもなさそうだ。
少し風が吹く。秋から冬へと移り変わる涼しい風だ。
シルエットの髪が動く。長さは肩口くらいか。陽の光を反射して銀色が輝いている。
最近イアウカとかいう銀狼のことを聞いたからか、そんな姿が出てくる。
「何だ、お前」
「……」
聞いても返ってこない。ただそこに佇んでいる。
「おい」
声を掛けながらシルエットに近づく。
夕暮れから時間が経ち、影が増え、伸びていく。
火はない。故に暗い。何もかもが視界から消え始める。
空には欠けた青白い月と、無数に煌めく星々の光がある。それでも十分に照らしてくれない。
真実を知るべく一歩踏み出す。三十二歩目で動きが止まった。怖気づいたわけではない。不可思議な現象が起きたからだ。
暖かい風に黒い色が着いている。風が僕の全身を舐めるように掠めて後方へと抜ける。肌がざわめく。
後ろを振り向きたい。でも、それをしちゃいけない気がする。
なぜか分からない。目の前のシルエットが危険なのか、すぐ後ろに何かがいるのかは分からない。
シルエットは五メートル先にいる。それでも相手の顔が見えない。ここまで近づいても分からないなんて、どうなっているんだ?
緊張感が走る。
直後、風が強くなり、影が世界を覆い始めた。大地を覆い隠し、爆発的に膨れ上がる。影の海にのみ込まれてしまい、世界が塗り潰された。
上も下も、天も地もない空間。ふわふわとしている。
あれ? 何だ、この空間。
これは、夢か?
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「ハッ!!」
「グォアッ!?」
「ぐ!?」
夢だと気付き、僕が跳ね起きると、額が何か硬いものにぶつかった。額を押さえながら、何にぶつかったかを確認してみる。
それはケイの顎だった。ケイは自分の顎を押さえながら、悶えている。
「あ~、イッテ。ユーヤの頭突きで顎が砕けたぜ」
「ご、ごめん。というか、顎が砕けても喋れるんだな」
「理属性魔法が使えて助かったぜ」
「ケイは体が弱いのか?」
「体が弱いのに加えて、ユーヤの威力が強い」
ミデリーは僕達のやり取りを見ながらエルに疑問を口にした。エルはきちんと答える。
僕はそこで気付いた。後頭部が柔らかい。この位置関係を見れば、僕でも分かる。これが膝枕というやつか。
「あぁ、膝枕だ。このまましてあげてもいいけど、足が麻痺してきたから起きてくれるとありがたいんだよね~」
「あ、はい」
僕は体を起こしながら周囲を確認する。
不快感のない程度に揺れている室内。ここは場所の中か。
馬車の中にいるのは、僕の他にアイネ、エル、ケイ、ミデリーの五人だ。アリスとかクライネとかはどうしたのだろうか。
「アリスもクライネも来ていないよ。クライネはユーヤの家で、アリスはランレイグ家の邸宅でお留守番しているよ」
「成る程?」
僕はミデリーを見る。ミデリーは当然のように気付いており、ウインクしてきた。
「これ、どこに向かってんの?」
「今はヲイテスだな。最終的にロードネレイトへ行く」
「……」
僕の眉根が寄る。ヲイテスとかロードネレイトとかどこだよ。いや、ヲイテスはなんか行商が持ってくる商品の産地で聞いたことがある気がする。
「ヲイテスって絶対王政の王国だよ。森の向こうに山があるだろう?」
「あぁ、見たことある。森が広くて、あそこまで行ったことないな」
「あの山の向こう側にヲイテス王国があるよ。良くも悪くも超が付くほどの実力主義な国だよ」
「へェ~~」
僕は馬車の窓から山脈を見る。場所はすでに森の中におり、山脈まであと少しのところに来ていた。
「ロードネレイトは?」
「別名、天頂の森。イアウカの住まう地だ」
「イアウカが……」
ミデリーに名を告げられ、改めて山脈の方を見る。この向こうに最強の一角が。
少しワクワクしてきた。




