13.手も足も出ないユーヤ
そいつは見目麗しい女性だ。背丈はかなり高く、この中で一番高い。年齢は読みづらく、およそ二十代に見える。
活発そうに吊り上がった目をした美人で、病的に白い肌が日の下でひどく目立つ。黒系統の外套を羽織っているが、前を開けているため、中の装束が丸見えだ。肌にぴったりしていて、細身の体のラインがばっちり見えている。
少し深い青色の短い髪の先端を指先で弄んでいる。女性らしい凹凸に富んだ体ではないにもかかわらず、どことなく妖艶な佇まいの大人な女性だ。
絶妙に性的に視える動作で上唇を舐めながら、僕を見つめてくる。明るい黄色の瞳が締め付けるように僕を絡め取ってきた。
「ミデリーから聞いていたが、絶妙な空気感だな」
どこか低く凍えた声。もう戦いは始まっている。
横合いからの突撃の衝撃。腰を打つ威力に呻き声すら出てくれない。体が横滑りし、受け身を取れずに地面を転がる。痛みと衝撃、廻る視界で咄嗟に地面を叩いて片膝を立てる。
「へぇ、結構鍛えてんな」
少し嬉しそうに頬を紅潮させている。
エルの手には三十センチ程の長さの棒が握られている。
「だぁあ!!」
雄叫びを上げて、棍棒を振るったエルが飛び掛かる。狙いは武器を持つ手か首。刃の潰れた剣が空気を斬る。振る剣に速度が存分に乗っている。それなのに当たらない。
片手にぶら下げた棍棒を揺らしながら、剣の風を前にそのまま突っ込んで懐に入ってくる。本当の紙一重を潜り、エルは僕を翻弄してくる。
またか。また圧倒的強者か。強さが見えないせいで、ミデリーとの優劣が分からない。
僕は少しでも隙を作るべく、土を蹴り上げた。その土を餌に僕も突っ込む。
「フム」
エルは僕の渾身の振り下ろしを、簡単に受け止め、剣を弾き飛ばした。くるくると回転しながら吹き飛ぶ。
「ぐッ!?」
ここで後ろに下がっていはいけない。ここで下がったら、攻められて潰される。
蛮勇の踏み込みの音が鈍くなり、直後庭に突風が吹き荒れた。エルはすでに身を捻っている。
下から腕がやってくる。顎から持ち上げるように掌が当てられる。負けてたまるか、と力を入れた。これがいけなかった。
体が宙に浮いた。掴まれている下顎を軸にして、体が回される。マズイ。このままだと地面に叩きつけられる。
腕に組みつく。このまま腕を圧し折る!
腕を折る寸前、僕の頭が地面に到達した。
僕の勢い任せの吶喊は、易々と返り討ちにされた。
身を回し、最小限の動きで僕の体を持ち上げ、もう一回地面にぶつけた。既に引き上げられ、森の方に投げられた。
軽々と投げられ、一回地面をバウンドした後、木に激突する。
たった一瞬の攻防で、格の違いを見せつけられるとは。がっちりと掴まれた顎が尋常でなく痛む。
それでもすぐに立ち上がり、エルの方を見る。エルは嬉しそうに口を歪めた。
脳内麻薬が全身を駆け巡り、痛みを認識させない。
興奮状態での特攻を仕掛けるが、返り討ち。エルのしなる脚が僕の右肩を砕く。その足を掴もうとするが、素早く戻されてしまう。
その足が地面に着く前に、再び持ち上がる。爪先は顎を捉え、強制的に声を中断、そして上を向かせられた。このままでも倒れるというのに、追撃してくる。顔面を拳が襲う。地面に押し付けられるように振り下ろされた。
グチャアと拳がどく。エルの拳には僕の体液がかなり付着している。鼻が折れていて、息がしにくい。
意識が飛んでいた方が楽だっただろう。この苦しみはつらい。
それでも体は動く。
「何だ? もう終―――
「フッ!!」
頭の横に屈みこんできたエルの隙を狙って、飛び起きながら拳を放つ。
エルは嬉しそうに恍惚とし、首を傾けた。拳が通過した途端、自身の頬を押し付ける。僕の拳の勢いを利用した頬擦りだ。
エルの顔が僕の耳元までくる。
「いいぞ。最高に濡れたよ」
ゾクゾクとする声。一秒後、地面に叩きつけられ、意識が落ちそうになる。
ミデリーには温情があった。相手を気遣う優しさが。しかし、エルは違うような気がする。自分が楽しくなるために戦っているのだ。
もう焦点が合わなくなってきている中、僕は地面を掴む。エルの頬と耳が切れた。
「最っ高! 子宮下りてきちゃった!」
ジュワッと傷口が治り、切り傷が消えた。自己再生持ちかよ。
「ゆっくり眠りな」
頬にキスされたかと思うと、そのまま意識を失った。




