10.神話級の戦いをするエル
私には血煙の凶刃という二つ名がある。吸血鬼が持つ固有の能力である操血術を、体外、体と繋がっていなくても使用することで、自分の血を限界まで武器化させ酷使する。そんな姿から名付けられている。
広範囲かつ大人数を相手に立ち回れるメリットがある一方、血が足りなくなるというデメリットを抱えている。
血を操り、血とともに舞うその姿から、舞踊姫や紅血姫とも呼ばれている。
私は数ある二つ名の中でも、鮮血の魔王という名が気に入っている。理由は単純にかっこいいからだ。
今の私は伝承に登場する魔王の姿そのものだ。空中に堂々と立ち、左手は腰に当て、右手は人差し指のみを伸ばし、天を指している。
威厳と絶望。希望と破壊。光と闇。
あらゆる形容詞が私を表現するに足りない。
私は口を開く。
「行くぜ、サワタマルク」
この姿が本気の私。この姿を見られるのは神話級で、私が昂る相手だけ。
私は大きく羽ばたき、中空にいる暖色の龍に迫る。長い髭を揺らす龍の、その白い眼は何を映しているのかさっぱりだ。
しかし、殺せば死ぬのは、そこらの木端生物と同じこと。
血を用意する私に、龍はそんじょそこらの刀剣より斬れる爪を振るってきた。
当たったら真っ二つ。私は羽ばたき一回でそれを回避する。そのままの勢いで蹴りを届かせた。
手加減のない本気の蹴り。それを回避途中のサワタマルクの横っ面を豪快に蹴り飛ばす。
鱗が砕け散り、バラバラと落ちていく中、鬱陶しい虫を払うみたいに閃く尾が、私の身体を打った。
背骨が砕け、内臓が破裂するのを感じながら、私は地面へ突っ込む。
「くそ」
心にもない悪態を吐く。その直後に炎が降ってくる。追撃のつもりだろうが関係ない。それよりも早く体が治る。
「ム」
瓦礫から体を出して、すぐ目につくのは倒壊した建物。どうやら砦付近ではなく、住民が全員避難したどこかの町に墜落したらしい。
「こりゃ悪いことしたな」
私がそう呟いた直後、中空にて、神力の収束を感じ取る。
ぞわりと毛が逆立ち、ブワリと汗が噴き出る。
龍の息吹。またの名をブレス。魔法とは別種の、龍族固有の能力。その攻撃は一発で、地図から大陸が一つ消えるとさえ言われている神力による攻撃。
私は自分の死を幻視すると同時に、心の底から歓喜した。今の話は龍と戦っているのだ。
右、左、前、後ろ。全てに逃げ場なし。どこに行こうと死。本能的に体が動かない。
だから私は自分の左指を噛み千切った。その傷口から大量の血液が舞い、一つの楯を造り出す。
動けないのなら、動かなければいい。盾で受ける。防ぐ? 馬鹿言え、そんなことは無理だ。血液凝固の限界は私がよく知っている。
だから受け流すのさ。
龍がブレスを放つ。
私が盾にブレスが直前、飛び上がることにした。
無理だ。私の血が受け切れない。現に、斜めにした血の盾は受け流すことなく貫通した。
ブレスが大陸に当たるが、すぐに海の方へと向かう。私を追ってきたのだ。
私は大回りをしながら龍の元へと飛び、そのまま体当たりする。ただの体当たりではない。噛みつくための体当たりだ。
盾を作ったり、その前の砦の攻略なりで血が足らないのだ。サワタマルクから血を奪い糧とする。
これを嫌がる龍は魔力を使い体を縮小させる。離すまいと咬筋を強めたが、肉を噛み千切ってしまった。
1秒後、サワタマルクは再び体の大きさを元に戻す。戻した直後に、龍は尾を振ってきた。龍の体の位置を把握する直前の出来事に、反応が遅れてしまう。
まともに食らい、肋骨や腕の骨、再び背骨や内臓を損傷してしまったが、代わりに尾の肉を食い千切ってやった。
龍の肉はあらゆる肉の頂点たる旨味がある、と言っていた美食家がいたが、あれはステーキの話だったな。生肉はそこまで美味しくない。
サワタマルクの肉を嚥下し、私は立ち上がる。地面との衝突の際に首の骨も折ったのか、少し傾いてしまう。
理属性魔法は便利だが、万能ではない。瞬く間に治るなんてことはない。これが龍。全34種族の頂点とはよく言ったものだ。天使族やらに狐獣人やら会ったことない種族もいるが、ほとんど真実ではないか?
ビキバキと音を鳴らしながら骨が治っていく。
私が再び飛ぼうとした直後、龍が下りてきた。
地面と垂直方向へ落ちる龍は、スレスレのところで直角に曲がる。勢いはそのままに私の元へと向かってきた。
「ハッハッ! 今まで地上戦を避けてきたくせして、自分のルールを変えてきたのか! 調停者たる龍よ!」
返答は口ではない。犬のように突き出た鼻だった。
私の腹に鼻が刺さる。中途半端に飛んでいたせいで、全く踏ん張れない。
「くっそ~~、鳥獣人族とか有翼人族とか天使族とか、翼のあるやつはこういう時どうしているんだよ!? あ、こんな状況にしないのか」
樹木程度では止まらない。もっと大きくて重いものでなければ止まらない。
私は後ろを振り向く。止められるものがどこかにないのかを探す。
そこにあったのは石壁。天へと聳える巨大なそれには見覚えがある。
まさか、キャプリシア砦か?
「ハハ」
乾いた笑いを出した直後、私とサワタマルクは砦へと突っ込んだ。




