9.動き出す調停者サワタマルク
空気が震えた。その微弱な震動を鱗で感じ取る。
「ウム?」
私は片目を開ける。空は鮮やか、ここから異常性は見えてこない。
いや、少し”波”が高いか
また戦争か。
私は国がよく分からない。一体何がしたいのか。なぜ戦争などするのか。領地を増やして何になるというのか。過密の防止? 食料の安定化? 資源の確保? 限られた範囲で生み出せばいいではないか。
大量生産、大量消費、大量廃棄。
再使用や再利用をすればいいだろう? なぜしないのか。
私は国のことがよく分からない。まぁ、どうせすぐに終わるだろう。あの国にはエルがいる。
三日が経った。まだ空気が震えている。
おかしい。エルがいればいつもすぐに解決するのだが、どうしたのか。面倒な作戦でも立てられたか?
まぁ、あの国にはエル以外にケイがいる。一週間もすれば解決するだろう。まだ私の出番ではない。調停者たる私の。
私は再び目を閉じた。
5か月が経過した。まだ戦争は終わっていない。空気は震えたまま。
おかしい。エルもケイも機能していないのか? どうした? 毒でも盛られたのか?
いや、あり得ない。ケイは魔眼族であり、毒の入ったカップを見抜くことができる。エルに至っては毒耐性がかなりある。最も毒性の強いジャックトレスの毒でも平然と飲むことができる。滅多な毒では倒れない。
国を捨てたのか? あの二人が?
エルはあり得る。あれは国に興味がない。強い相手と戦えるからというものと、ケイがいるからというものを要因として、マレットスにいる。つまり、エルはケイがいなくなれば国に戻ってこない。
ケイはあり得ない。ケイはマレットスに恩義がある。マレットスを離れても、マレットスのための行動をする。泡沫の夢でも見ていなければあり得ない。
もう少し経って戦況が大きく変わったのなら様子を見に行こう。
5日後。空気が最高に震えた。何かが起こった。これは間違いない。
しかし、何が起こった?
戦況は大きく変わった。調停者として動こうではないか。
20mを超える巨体を持ち上げ、私はピレッツァ山の洞窟を出発した。
少し頭を高い位置に持っていけば、両国を見渡すことができる。
「ム」
煙が出てくる。生活によるものではなく、戦によるものだ。あそこが戦場だな。
ゆったりとした動きで空を舞う。30分も飛べば、砦へと辿り着いた。
空から戦場を覗く。そこにいたのはエル。兵士を殺戮している。エルがマレットス側だから、あれはもう一方の国だろう。名前は知らない。
エルが腕を振るうだけで、兵を3,4人を殺していく。止めなければならない。やはり調停者だからな。
私は上から炎を吐く。どれがエルの味方か分からない。だから全員巻き込む。
エルは一足早く気付き、黒を纏った拳を炎に向かって突き出した。炎はその威力に巻き込まれ、こちらに戻ってきた。
「ム!?」
私は体をくねらせて躱す。
エルは膝を曲げたかと思うと、一気に跳んできた。
「ム!?」
私が顎下を強化した瞬間、エルの脚が刺さってきた。
危ない。強化していなければ貫通していただろう。貫通しなかった代償として、私の頭が跳ね上がった。
私は頭を縦に振り、エルを殴打する。彼女はそのまま落下していき、地面に激突した。
エルの体はそのまま沈んでいく。私は舐めるな、と一つ吠えてやろうとしたが、頬の横を何かが通過した。鱗が数枚剥がされている。
本当か? これでも私はれっきとした龍である。鱗は最高の硬度だと言われているのだ。
では、何だ、この威力は? 何をしたのだ? 一番の疑問は、そう、何が通過したのか、だ。
瓦礫から姿を現すエルは、身を大きく捻っている。あれは何だ? まさか投擲の体勢か? いったい何を投げるというのか。
エルが何かを投げてくる。私は集中してそれを見た。あれは、石?
首を傾けて石を躱す。それでも鱗が数枚巻き込まれた。何と馬鹿げた威力だ。
このまま攻撃を続けさせてはいけない。
私はエルに向かって炎を吐いた。
エルは回避も防御もしない。ただその炎をわざと浴びた。そして、次の行動の時間を確保する。
エルは手の中に暗黒属性の魔法。それなりの威力の分が溜められているのだろう。
エルの服は燃えており、肌は焼け縮んでいる。筋繊維が見え、骨も露出している。それでもエルは死んでいない。それどころか、燃えるのと同時に治している。何と器用な奴か。
エルが魔法を放つ。それは炎を貫き、こちらへとやってきた。
「グヌォ⁉」
黒線が空を懸ける。もし当たっていたなら、当然死んでしまう。それに加えて巻き込まれていても不味いだろう。そう考え、私は大きく躱した。
私の体勢が崩れる。空を飛んでいる者に体勢とかあるのか? と思われるかもしれない。しかし、あるのだ! 体勢というやつが!
もしここが地上であり、足を着けた状態で崩していたとするならば、そこを一気に攻められていただろう。
しかし、ホッとするのは早計であった。
エルが来た。飛んできた。跳躍ではない。飛行してきたのだ。
「は?」
「よぉ。忘れたのか、この姿」
背の翼を大きく広げ、紅血の姫が降臨した。
魔王はニヤリと笑う。ここから2戦目だと言わんばかりに。




