1.強敵と戦うユーヤ
バシャ!
泥が跳ねた。しかし、足元に泥は着かない。それよりも早く足が回転しているのだ。
より早く、より速く、より疾く。
というか、そもそもの話、だ。速く走らなければ死んでしまう。
一秒後には先程までいた場所に枝やドリル状に纏められた蔓が二、三十本出現した。何かを気にしたり、速度を緩めたりした時点で串刺し確定だ。
足の回転を速くする。足に力を入れることを意識すれば、速くすることは可能だ。
「くそ!?」
僕は唐突に進行方向を変え、森の奥へと進んでいく。
これから進もうとしていた箇所に二、三十本の枝やドリル状に纏められた蔓が地面から出現してきた。あのまま進んでいたら即死だっただろう。
円の内側にたまたま入れたことを利用して、このまま本体へと向かう。
今僕が戦っているのは巨大な樹木のモンスター。名前は知らない。何か……こう……行商人がナミビエの森に強いモンスターがいて困っている。そんな話を聞いたのだ。ただ強くなりたいと願う僕には格好の相手だった。だから戦っている。
この樹木のモンスターに初めて出会った。本体がどういう姿か分からない。もしかしたらこの枝や蔓が本体かもしれない。
それでも見ればわかる気がする。そう思う。
僕はチラリと手元の剣を見る。
すでにボロボロであり、五回も使ったなら、破壊されてしまうだろう。そこまで頼りにすることができない。止めに二、三回斬りつけることを考えると、後一、二回しか普通使いできない。まだ使えない。ここでは。
トン、と足が前に出る。
何気ない一歩。いつもと同じ一歩。しかし、確かに空気が変わった。
空気が淀んでいる。目に見えて変わった。近い。本体が近い。だいぶ近い。あともう一歩。
より早く、より速く、より疾く。
生き物の気配がなくなった森の一部で、もっと速く走る。
枝やドリル状に纏められた蔓が活発に動き始める。僕の後ろにも前にも槍のように出現する。ターン、ベリーロール、背面跳び、次々と躱し、さらに一歩。
また空気が変わった。
周りに樹木が一本もない。その中心には十メートル近くある巨大な樹木。
森の中にあったところで、別に不思議もない巨木だ。しかし、妙なオーラがある。何か、こう、ズモモッ! って感じの。
見れば分かる。アレが本体だ。
足の指に力を込める。地面が爆発し、一気に距離を縮める。
樹木のモンスターがそれに反応する。今まで以上に、明確な殺意でもって枝が迫ってきた。
僕はそこで初めて剣を振るった。無理矢理開いた道を閉じてしまう前に通り過ぎる。
二振り目にはもう本体へ辿り着いていた。本体に斜めで付けられた傷に、さらに三度目の剣撃。
生命の危機を感じたのであろう巨木のモンスターは枝だけではなく、魔法まで使用してきた。
本体の周りに真っ黒な球体が浮かび上がっている。この巨木のモンスターは魔法まで使ってくるのか。
ちなみに僕は魔法が使えない。火とか水とか出せる人を見ると羨ましくなってしまう。
僕は地面から刺してこようとする枝と、真っ黒な球体から打ち出される魔法を、剣を一振りで薙ぎ払う。
枝は斬ることができたが、魔法は駄目だ。斬る前に爆発してしまう。
剣そのものにダメージが入ってしまう。もう眼に見える形で罅が入ってしまった。後一振りで壊れてしまうだろう。
この一撃で終わらせる。それが出来なければ僕は死ぬ。
背に大きく溜めた、壊れかけの剣を振るった。
力一杯に振るった一撃を受けた巨木モンスターは、メキメキと大きな音を立てて倒れた。
巨大な切り株の上にパラパラと剣の刃だったものが降る。その光景を見ながら、僕はガッツポーズを取った。
「ッッシャァアアアッ!!」
「ハッハッハッ」
まさか、まさかまさか! あのヴォジュア・オールドウッドを倒すなんて!
彼は私を助けたなんて考えはどこにもないだろう。しかし、現に私は命を助けられた。彼が現れなければ、私はヴォジュア・オールドウッドに殺されていただろう。
礼をしなければならない。それができないなら、私はエルフ失格だ。
まずは母と賢人会を説得しなければ。
「フェエッヘッヘッフゥウウウアアアアアっ!?」
痛っ!?
痛ぇ~~~~!! 興奮しすぎた。ヤッベ、マジで興奮しすぎた。椅子から落ちて後頭部ぶつけた。マジ痛ぇ~~~!
あ、アーノルドが氷嚢持ってきてくれた。
それにしても、あの男の子凄かったなぁ。名前知らないけど、強かったなぁ。まだ幼いのに、とてもいい素材だった。
でも、私にも立場がある。どうやって会ったものか。