祈り星
―――― おかしいな
鋭い痛みに目が覚める。
―――― 隣にいた彼女が、あんな遠くにいる
周りがノイズのように煩い。
―――― 早くその手をとらないと
目の前の悪夢のような現実を見て。
―――― 彼女は寂しがり屋だから
その視界が歪んだ気がした。
♦♢♦
深夜零時。
気の向くままに外に出た。
シンと静まり返った冬の夜。息を吐く度に白くなる視界に、今日はかなり寒いようだと他人事のように思った。
前を見れば、人影のない道を古びた街灯が照らしている。こんな夜にただフラフラと歩いている人間なんていない。
それでも、こうして僕が外を出歩くのはなぜだろう。何も考えたくないからか、それとも、何も考えられないからか。
自分でもよく分からずに、あてどなく彷徨う。
――――ああ、まるで幽霊みたいだ
そうして、ふと数刻前の事を思い出した。
♦
「そういや聞いたか?この辺りの墓地に幽霊が出るんだとよ」
そんなちょっとした世間話みたいな感じで怖い話をしないで欲しい。
大学の一角。教授部屋としては本や資料が乱雑に置かれた、一見すると倉庫のように思われてしまう一室。
そんな部屋で、その当人である黒川 暁はそう話をし始めた。その割には、あまり楽しそうな顔はしていないが。どちらかと言えば、心底どうでもよさそうな。
「墓地に幽霊なんてまたベタな話ですね」
「まあな。夏と冬にはこういう話がでやすいとはいえ、あまりに普通すぎて今の今まで忘れてたぐらいだ」
ハッと笑いながら、煙草に火をつける。
「ちょっと、ここ禁煙ですよね」
「いーだろ。今はここには俺とお前しかいないんだし、そろそろ閉めんだから」
「そんなこと言って、いつも何かと理由つけて煙草吸ってるでしょうに」
その教授らしからぬ、格好とだらしなさはどうにかして欲しいといつも思っている。
この人、黒川 暁とは5年前に知り合った。
親もなくなり、帰る家もなく、途方に暮れていた。そんな僕に躊躇いもなく手を差し伸べてくれた人。
いや、手を差し伸べてというのはかなり美化した比喩で、実際には僕を煽りに煽ってきた性格の悪い男だ。
その時の文句を思い出して、今でもときどきイラッとする。
けれど、それでも、その時僕をみて声をかけてきた唯一の人だった。
それから、色々根回しをしてもらって今は寝泊まりする場所を与えてもらっている。
そう。何だかんだ、お世話になってしまっている。
懐かしい記憶を思い出して黙り込んでいた僕に、煙草を吹かしながら声をかけてくる。
「またどーせ寝れもせずに夜中に出かけんだろ。そういう話があるってだけでも知っとけ」
これも、この人なりの心配の仕方なんだろうか。
「大丈夫ですよ。たとえ大人が何人かかってこようが僕は平気です。知ってるでしょう?」
「……変わんねぇなお前は」
そう言って、ため息と共に煙を吐き出した。
なんだろう。何かおかしなことでも言っただろうか。
そんな僕の表情を見て、また浮かない顔をする。
「ったく。ヤンチャもほどほどにしろよ」
「貴方に言われたくないですよ」
♦
思い出したからだろうか、僕の足は自然と墓地に向かっていた。
まあ、どうせ目的地も何も無かったのだからいいだろう。
肝試しなんて柄じゃないけれど、行ってみて何かあればあの人に土産話として話してみるか。
あんたが言っていたように何も無かったですよ、か。
あるいは ――――。
♦♢
深夜零時。
外の寒さに備えて上着を羽織って出掛けた。
シンと静まり返った冬の夜。息を吐く度に白くなる視界に、今日はかなり寒いなと思いつつマフラーを巻き直す。
前を見れば、人影のない道を古びた街灯が照らしている。こんな夜に歩いている人間なんて私以外いなかった。
それでも、こんな時間に出かけているのはなぜだろう。
ただ1人になりたいからか、それとも、もう1人なんだと受け入れるためか。
自分でもよく分からずに、墓地に向けて歩いてゆく。
――――ああ、孤独だ。
そうして、ふと昔のことを思い出す。
♢
明るい、それこそ太陽のように笑うアイツ。
面白そうなことがあれば真っ先に飛びついて、周りも巻き込んではしゃぐ。
かと思えば、感動ものの映画を見てボロボロ号泣する。
まるで、子どもみたいなアイツ。
私のことを好きだ好きだと馬鹿の一つ覚えみたいに言って、喜ばせたいからと色んな所へ連れていった。
私の承諾は置いといて。
――――でも、まあ。
アイツとバイクに乗って行った海は、綺麗だった。
♢
思い出しながら、私の足は自然と墓地に向かっていた。
まあ、どうせ明日は仕事も休みだしいいだろう。
そんなことを思いながら、靴音を響かせながら歩いていく。
こんな夜中に私一人でいるなんて、アイツに言ったらなんて言うかな。
こんな夜更けに危ねぇだろ、か。
あるいは ――――。
考えるのをやめて、顔を上げると前方に人が見えた。
私が言えたことじゃないけど、こんな時間に何してんだろ。
そう思いつつも、私は目が合った少年にとりあえず挨拶をする。
「こんばんは、今日はいちだんと寒いわね」
「こんばんは、かなり冷え込んでますよね。でも、そのおかげで星が綺麗に見えますよ」
そう言われて、見上げてみる。
確かに、綺麗だった。一つひとつが輝いている。
知っている星も、知らない星も。
2人して夜空を見上げて、星をみる。
そんな、夜だった。