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老舗食堂『大盾亭』料理人アンナと常識を覆すかつ丼セット③

 噂によると、ナダイツジソバという食堂は去年の春頃、何の前触れもなく唐突に旧王城を囲う城壁の一角に現れたそうだ。

 そこで出される料理は、ソバ、というものらしい。何でも麺料理だそうで、パスタとは全く違うものなのだという。

アンナの父も兄もこのソバというものを食べたそうなのだが、確かにパスタとは別物だと言っていた。具体的には使われている穀物が違うらしく、恐らくは小麦ではないものなのではないかとのこと。

 小麦ではないのだとしたら、どんな穀物を使っているというのか。トウモロコシという線はまずないだろう。であれば大麦か、燕麦か、それともライ麦か。どんなものを使っているにしろ、ただもの珍しいだけでは本職の料理人の舌を唸らせることなど出来ない筈だ。

 一体、そのソバとやらにどんな秘密が隠されているのだろうか。

 父や兄は、アンナが料理人として小さくまとまっていると、そう評した。大盾亭という限られた料理の世界しか知らないと。そしてアンナ自身が外の世界のことを知ろうとしていないとも。それでは料理人として大成しない、上記の小さくまとまった料理人で終わってしまうと。

 辛辣な言葉の数々ではあったが、案外落ち込んではいない。それどころか反骨精神が湧いてきたくらいだ。

 男所帯で育ったせいか、それとも父の影響か、アンナは生来利かん気が強い。

 このままでは駄目だと言われれば、何くそ、という気持ちが強く刺激される。

 そこまで言うのであれば、そのナダイツジソバとやらのソバを食べてやろうではないか。

 父も兄もナダイツジソバのことを手放しで絶賛するが、アンナとしてはナダイツジソバ何するものぞと、そういう気持ちの方が強い。父も兄も小手先の目新しさに騙されるような料理人ではないが、自分の舌で確認するまで認めるつもりはない。

 それに旧王城の城壁に店を出しているということは、ハイゼン大公の息がかかった料理人がやっている店ということに他ならない。

 純粋な料理の美味さや実力だけでなく、大公の権力を使って客を呼んでいる可能性が高い。

 何にしろ、少しでも疑わしいところや隙が見つかれば、むしろその化けの皮を剥がしてやろうと、アンナとしてはそれぐらいの意気込みだ。


 父と兄から説教を打たれた翌日、アンナは半休をもらって午後から早速ナダイツジソバへ向かった。

 こうしてブラブラと街を歩くのは久しぶりだ。

 ほんの数年前までは店の見習いたちに交じって八百屋だ肉屋だと仕入れの為に街中を駆け回っていたものだが、見習いを卒業した今となってはとんとそんな機会もなくなった。

 普段は朝から晩まで店で働き、たまの休日には腕を磨く為に家の台所で料理に励む。

 大盾亭では修行の一環として見習いがまかないを作るのだが、その時の料理は店で出しているものに限らず、自由に作っていいとされている。

 父曰く、ルールに縛られない自由な発想で料理を作ることが、即ち腕を磨くことに繋がるのだという。

 アンナはもう見習いを卒業しており、まかないを作ることもなくなったのだが、父の言う自由な発想を得る為に、休日には見習い時代を思い出し、あえて店では出さないような料理を作ることにしている。

 そういうふうに、休日にも修行を欠かしてはいないというのに、それでも小さくまとまっていると言われるのはいささか心外だ。

 確かにソバという料理のことは知らないが、麺料理だというのならパスタとそこまで変わるものでもないだろう。所謂、マイナーチェンジというやつだ。そんなパスタの亜種を食べたところで、どんな発見があるというのか。

 父と兄が大袈裟に言っているだけで、食べれば案外がっかりするようなものなのではないか。


 そんな思春期特有の、反骨精神たっぷりの考えを頭の中でグルグルと駆け巡らせること30分と少々、アンナの足は、旧王城の一角でピタリと止まった。


「……ん?」


 顔を俯けて考えごとをしながら歩いていたので気付かなかったのだが、ふと顔を上げた時、視線の先に、城壁の前に並ぶ行列が出来ているのが目に入った。

 あれは何だろうか。

 父と兄は、ナダイツジソバは城壁の一角を借りて店を出しているのだと言っていたが、そのような店舗は見当たらず、あの行列も城壁そのものに並んでいるように見える。

 まさかとは思うが、分厚い壁の中をくり抜いて、その中に店にしたのだろうか。

 気になったアンナは、小走りで行列に近づく。

 そして、眼前で露になったその店の威容を見て、アンナは思わず声を失ってしまった。


「何だ、これ…………?」


 城壁をくり抜くどころか、まるで壁の中に埋まるように店が建っており、通りに面した壁一面が透明な板張りになっている。

 木材でも石材でもなく、レンガのように土を焼いたものでもない。あんな、向こう側がくっきり見えるほど透き通った建材というものがこの世にあったのか。

 そんな能力は聞いたこともないが、もしかすると物から色を抜くギフトでも使ったのかもしれない。

 店が城壁に埋まっているのも、物体同士の同化のようなギフトが成せることだろう。

 常識から外れた現象は、大抵がギフトの力によるもの。それがアーレス全体における認識だ。

 きっと、これもハイゼン大公の莫大な財力が成せることなのだろう。この店を建てる為だけに、平民では考えられないような大金が注ぎ込まれているに違いない。

 しかも、見れば透明な板の戸が自動的に開閉し、客が手を触れることもなく出たり入ったりしている。何と、ただ戸を開閉させるだけのことに魔導具まで導入しているようだ。

 平民向けの食堂にここまで贅を凝らした仕掛けを用いるとは、流石、大公。数寄者の極みだ。

 あまりにアンナの常識から外れた、異質極まる店構え。貴族は勿論のこと、平民の中にも商人のように新しいもの、珍しいものが好きな人種は一定数存在する。例え料理の味が悪かろうと、この店を見る為だけにしばらくは客足が途絶えることはないだろう。

 だが、ただ単に店構えが見たいだけならば、これだけ多くの人たちが行列を作って入店を待つことはあるまい。

 つまるところ、この店は見た目が珍しいだけでなく、提供されている料理も美味いということだ。

 このナダイツジソバの料理は、平民の目から見ても驚くほど安いのだと、父と兄が言っていた。料理がそれなりに美味くて安いとあれば、とりあえず客足が途絶えることはない。

 それに加えてこの見事な外観もあれば、尚のこと客も集まろうというもの。


 父や兄の言うように、この店からは確かに学ぶことがあるようだ。それは認める。

 だが、それは商売というか経営上のことであって、料理人としての学びに繋がっているとは今のところ思えない。

 まだ若いだけにアンナはすぐに答えを出したがるきらいがあるが、店構えだけで全てを判断するのは早計というもの。

 やはり料理を食べてからでなければ料理人としての判断は下せない。


 父と兄はこの店のカツドンセットなるものを食べてみろと言っていたが、はたして、そのカツドンセットとは如何なるものか。

 そこまで多大な期待を寄せている訳ではないが、妙にドキドキと高鳴る胸を抱えたまま、アンナも列に並び始めた。

前回の更新からかなり間が空いてしまい、申し訳ありません。

書籍化作業の忙しさが落ち着かず、小説(書籍)を書く時間の合間に小説なろうを書くような状態になっております。

この状態がまだまだ続くかと思うのですが、読者の皆様におかれましては、ご理解の程、何卒よろしくお願い申し上げます。


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