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老舗食堂『大盾亭』料理人アンナと常識を覆すかつ丼セット①

 その日、名代辻そばに初めて訪れたその客は、実にいかついいで立ちをしていた。

 普通の人間、この世界で言うところのヒューマン換算で60歳ほどに見える男性客。

 身長は2メートルほどもあるだろうか、見上げるほどの巨躯に、剃り上げた禿頭。そして右目が黒革の眼帯で隠れている。

 だが、何よりも特徴的なのは側頭部から生えている、闘牛のような立派なツノだ。ズボンの臀部に穴が空いているのだろう、そこから覗く牛の尻尾も妙に目を引く。

 厨房まで皿を下げに来たシャオリンが教えてくれたのだが、あの人は恐らくビーストとヒューマンの混血で、両親のどちらかが牛のビーストなのだろうとのこと。流石、ビーストの本拠地であるデンガード連合出身なだけある。きっと、各人種の混血の特徴などもよく知っているのだろう。


 その男性は巨躯に見合うだけの大食漢で、かけそばのカレーライスセットともりそばのかつ丼セットをものの30分ばかりでたいらげ、腹八分目とばかりに苦しそうな様子もなく悠々店を出て行った。

 会計の時、わざわざ厨房にまで「美味かったぜ、ごっそさん」と声をかけてくれたので、いかつい見た目とは裏腹に良い人なのだろう。

 その様子を見ていたルテリアとチャップは何故か安堵するように胸を撫で下ろしたり、ふう、と深く息を吐いていたのだが、あれは何だったのか。

 

 その日の業務が終わると、ルテリアが訊かずともその答えを口にしてくれた。


「今日の昼過ぎくらいに来た、頭にツノの生えた大柄なお客様のこと、覚えてますか?」


 ルテリアにそう問われた文哉が、勿論だと頷く。


「うん。初見さんだよね?」


「あの人、大盾亭の料理長をやっているガンドさんですよ」


 聞いた途端、文哉は驚いて思わず「え!?」と声を上げてしまった。


「そうなの? 大盾亭って、あの大通りにある盾のお店だよね?」


 あまり街を出歩くことのない文哉でも知っている有名な食堂、大盾亭。何でも、この街がまだ王都だった頃から大通りに店を構える老舗だそうで、そこのオーナー兼料理長は元ダンジョン探索者だったらしく、その時に大きな盾を使っていたから大盾亭という店名にしたのだという。軒先に掲げる看板の隣には大きな盾が飾られているのだが、その盾は料理長がダンジョン探索者をしていた頃に使っていたラウンドシールドを模したものだと聞いている。


「そうです、そこです。あの有名な老舗の食堂です」


 そう言って頷くルテリアとは対照的に、文哉は不思議そうに首を傾げる。


「そんな有名店の料理長さんが、どうしてうちに来たんだろう?」


 他店の料理長ならば自分の店の料理が1番だと考え、名代辻そばのようなチェーン店にはまず来そうにないと文哉などは思うのだが、はたして、ガンド料理長の真意は何処らへんにあったのだろうか。

 文哉が考え込んでいると、それまで黙って話を聞いていたチャップが、洗った食器を布巾で拭きながら口を開いた。


「敵情視察ってところじゃないですかね? うちの店、他店の料理人さんも結構来ますから」


「え、ほんとに!?」


 そう驚く文哉に、チャップは「嘘じゃありませんって」と苦笑しながら答える。


「ナダイツジソバは彗星の如く現れて一躍人気になった、旧王都で今最も注目の食堂ですからね。その味や技術を少しでも盗めないかって、そう思ってここに来る他店の料理人さんは珍しくありません」


「そうなんだ……。でも、有名な老舗の料理長さんがわざわざうちにそんなことしに来るかな?」


 一流レストランや老舗料亭ならともかく、チェーン店の味を盗む為に一流の料理人たちが足繫く通ってきたりするものだろうか。

 無論、名代辻そばの味には絶対の自信があるし、この異世界にチェーン店などという概念がないことも、そば屋は名代辻そばしか存在しないことも分かってはいるのだが、それでも疑問に思えて仕方がないのだ。


 だが、その疑問を晴らすように、チャップは「来ますよ!」と断言した。


「大盾亭の人たちだけじゃなくて、貴族街のレストランの人たち、それこそラ・ルグレイユの料理人さんとかも来てますからね、うち」


 ラ・ルグレイユとは、貴族たちが屋敷を構える貴族街にある、この旧王都で最も格式高い一流レストランだ。日本で例えるのなら、銀座の一流レストランのようなものか。その銀座の一流レストランの料理人たちが庶民派のチェーン店の味と技術を盗みに来るとは、やはり何度考えても不思議なものである。普通はその逆で、チェーン店の調理担当が一流レストランの味や技術を盗みたいと考えるものだろうと。


「はえ~! 俺、全然気が付かなかったよ……」


 たまに、興味深そうに厨房を見ている人たちがいるな、食事中とは思えないくらいに真剣な顔で食べている人たちがいるな、くらいには思っていたのだが、チャップの言うことが本当ならば、その人たちは恐らく他店の料理人たちだったのだろう。


「きっと大盾亭もうちのことは無視出来ないと、そう認識し始めたんですよ。だから料理長まで出て来たに違いありません!」


 何故だか誇らしげに、胸を張ってそう断言するチャップ。

 見れば、ルテリアとシャオリンも同調するように頷いている。

 不思議そうな顔をしているのは文哉だけだ。


「そうかな~?」


「そうですって、店長! うちは凄い店なんですから、もっと自信を持たないと!」


「自分でそれ言うのって、何だか自惚れっぽくない?」


「そんなことないですって!」


 そんなふうにワイワイやりながらその日の仕事は終わった。後日、チャップの言葉が意外な形で証明されることになるのだが、今の文哉はそんなことを思ってすらいなかった。


※西村西からのお願い※


ここまで読んでいただいてありがとうございます。

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