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最近お疲れ気味の騎士団長ガッシュ・アダマントとスタミナ抜群のかつ丼②

 ウェンハイム皇国との戦争で敵将との一騎打ちを制したことから猛将と恐れられ、数々の武勲を挙げたアダマント。当時はカテドラル王国随一の騎士とまで言われたアダマントではあるが、それも今は昔。どんな人間であろうと永遠に若いままでいることは出来ず、寄る年波に勝てるものではない。

 連日の除雪作業で身体が悲鳴を上げ、執務室で休んでいたところハイゼン大公に誘われて、何故だかナダイツジソバで昼食を摂ることになった。

 ハイゼンによると、何でも最近、ナダイツジソバにカツドンなる新メニューが追加されたそうなのだ。そのカツドンという料理はスタミナ抜群の肉料理ということで、疲れた顔をしているアダマントに是非とも食べさせたいのだと、ハイゼンはそう言っていた。


 肉。確かにスタミナの素だ。アダマントとて若い時分には随分と肉を食い英気を養ったものだ。何よりも肉が好きで、時にはパンすらも口にせず、ただ本能と欲望の赴くまま肉のみを山ほど喰らって腹を満たしたこともある。

 だが、年老いた今となっては、肉を食べ過ぎると胃にもたれ、仮に食べたとしてもごく少量に留まっている。無理に沢山食べれば翌日になって泣きを見ることは明白だ。


 ナダイツジソバの料理は何でも美味いが、肉料理ということには少し不安がある。年齢のこともあり、あまり重たい料理だと胃が辛いのだ。

 貴人であるストレンジャーの出す料理を残すような無礼なことはしたくないし、かといって無理に食べるようなこともしたくはない。


 せっかく久しぶりにナダイツジソバに行くというのに、アダマントの顔は何処か曇り気味だ。

 あまり大勢で行くと店に迷惑がかかるので2名の騎士を護衛に引き連れ、城を出たアダマントとハイゼン。


「どうしたアダマント? あまり浮かぬ顔だな?」


 朝に除雪したばかりの道を歩きながら、アダマントに対してそう訊いてくるハイゼン。

 彼は親切からアダマントを誘ってくれたのに、そのアダマントがいまいち乗り気でない様子なのが気になったようだ。

 アダマントは慌てて頭を下げた。


「これは申しわけありません。この歳ですゆえ、肉というのがどうにもですな……」


 言葉尻を濁してはいるが、要は重い肉料理であった場合、胃もたれが心配だということだ。

 皆まで言わずとも伝わったと見えて、ハイゼンは「ふむ」と頷いた。


「しかしカツドンというものは肉のみの料理ではないそうだぞ。な、そうだったな、リーコン?」


 そう言って、護衛として同行する騎士、セント・リーコンに話を振るハイゼン。

 注意深く周囲を警戒したまま、セントはそうだと頷く。


「は。自分はもう何度かカツドンを食べましたが、あれは肉のみの料理ではございません。半分はコメです」


「おお、コメか……」


 コメといえば、カレーライスにも使われている、あの純白の穀物だ。ふっくらと粒立った確かな食感に仄かな甘みが特徴的なものだが、半分がコメだというのなら、肉ばかりの料理よりは重たくもならないだろう。これはそこまで不安視せずとも良いかもしれない。


「自分の語彙力では上手く表現出来ないのですが、カツドンというものはただ単純に肉を食べるだけのものではなく、もっと奥深い複雑なものです。それでいて肉の滋養は余すところなく取り入れられ、帰る頃には精力溢れるといった具合になっております」


 カツドンを食べた時のことを思い出しているのだろう、薄っすらと笑みを浮かべながらそう言うセント。

 普段は表情に乏しい彼が思い出し笑いするくらいだから、やはりカツドンは相当美味いものに違いない。


「ふむ、そうか。楽しみだ」


 若い頃ほど大量に何でも食べられる訳ではないが、それでも美食への興味が尽きることはない。

 最初は気乗りしていなかったが、アダマントも何だか段々とカツドンを食べるのが楽しみになってきた。


「自分の見た限りではありますが、団長や閣下よりも年上と見られる紳士が美味そうにカツドンをたいらげておりました」


「ふむ、ならば私にも完食は可能か。これは良いことを聞いた」


 アダマントたちよりも年上ということは、初老を過ぎて本格的な老齢に入った紳士であろう。

 安い肉というのは総じて硬く、歯が弱った老人が食するのに適していない。だが、そんな老人でも難なく食べられるということは、恐らくカツドンの肉には柔らかい上等な肉が使われているのだ。ナダイツジソバの、いやさニホンという異世界の国の肉、その品質には脱帽する他ない。


 4人でカツドンの話をしながら歩いていると、すぐにナダイツジソバの前まで辿り着いた。

 昼時だけあって、今日も店の前には長蛇の列が出来ている。

 最初にカケソバを食べた頃から薄々分かってはいたが、やはり皆、異世界の美食に魅了されているのだ。安くて早くて驚くほど美味い。これで流行らない訳がない。最近では、このナダイツジソバの料理を食べる為に他領の貴族や外国の人間までもがこのアルベイルに来ているのだという。


「今日もまた混んでおるなあ。盛況なのは良いことだが……」


 アダマントがボソリとそう呟くと、それが聞こえたものか、ハイゼンが苦笑しながら口を開いた。


「まあ、我々も並ぼうではないか、アダマント。それもまた一興よ」


「は……」


 そうして大人しく列の最後尾に並ぼうとする4人。

 だが、彼らの姿を認めた客たちが、一斉に騒めき出して列を割り、4人を前に通そうとした。

 ナダイツジソバは客の貴賤を問う店ではなく、貴族でも特別扱いはせず、混んでいれば誰であろうと並ばせる。それに従わない者は客として扱われず、店長のギフトによって店の外に弾き出され、以降2度と入店出来なくなる。それを知っているから客たちも普段は貴族が来たところで前を譲ることなどしない。

 しかしながら、ハイゼンは大公であり、この街を治める者、しかも全貴族の頂点に立つ者でもあり、国王に次ぐカテドラル王国のナンバーツーだ。しかも立場に驕ることなく善良な治世を敷いている。こうして客たちが自発的に列を譲ろうとするのも、ハイゼンの勘気に触れることを恐れているのではなく、純粋に敬意から来るものに他ならない。


 客の多くはアルベイルの市民だ。こういう光景を目にすると、如何にハイゼンが民衆から慕われているかが分かる。

 だが、ハイゼンはまたも苦笑しながら口を開いた。


「皆、すまぬな。列を譲ってくれるのはありがたいのだが、しかし私たちは殊更に権力を笠に着るようなことはしたくない。ここでは私たち貴族もいち客でしかない。特別扱いはむしろ望まぬ。どうか、普通に並ばせてくれ。この通りだ」


 そう言って、客たちに深々と頭を下げるハイゼン。

 流石、大公閣下。何と懐が深いのだろうか。

 アダマントは改めて自分の主人に敬意を抱くと共に、彼と一緒に頭を下げた。

 それを見た護衛の2人も、慌てて頭を下げる。

 すると、客たちの騒めきは一層大きくなったのだが、どうやら感銘を受けた様子で、彼らも再び列に戻った。

 その様子を見て、ハイゼンも頭を上げて満足そうに頷いている。

 貴族という立場に驕る愚か者が少なくない中、清廉潔白にして清貧を貫くハイゼン。彼がこのような立派な人物だからこそ民の信頼を得られるのだ。


「流石でございますな、閣下」


 アダマントがそう声をかけると、ハイゼンはニヤリと笑った。


「言うたであろうよ、並ぶのもまた一興だと」


「そうでございましたな」


 アダマントが頷くや、2人は声を合わせて笑い合った。

 本来であれば伯爵如きが貴族の頂点である大公と気安く言葉を交わすことなど出来ないし、そんなことをすれば不敬罪で処罰されるところなのだが、そういう小さなことを気にせず、あくまで友人のように気安く付き合ってくれるのもまたハイゼンの良いところだ。


 変にピリつくこともなく、和やかな雰囲気の中待つこと約30分、ようやくアダマントたちの番が回ってきた。


「お待ちしておりました、大公閣下」


 そう言って出迎えてくれたのは、ナダイツジソバで最も古株の給仕、ルテリア・セレノという女性だ。

 ハイゼンが来店する時はいつも先触れを出しているので、こうして待っていてくれたのだろう。


 ルテリア・セレノ。家名を有しているということは何処かの貴族の流れを汲んでいるということなのだろうが、少なくともカテドラル王国内にセレノという貴族家はない。元は有名なダンジョン探索者ということなので、恐らくは他国から流れて来たのだろう。貴人たるストレンジャーの下で働く人物なので、アダマントの方でも一応は身辺調査のようなものも行っているのだが、今のところ後ろ暗いところは見つかっていない。極めてクリーンだ。

 彼女だけではない、料理人見習いの若者も、三爪王国から来た姫も善良な人間である。きっと、良き人間ばかりが集まるのも、貴人たる彼の人徳、その賜物なのだろう。


「うむ。今日は4人で世話になる」


 ハイゼンがそう言うと、ルテリアは万事心得ているとばかりに頷いた。


「承っております。さ、こちらへどうぞ」


 U字テーブルの真ん中あたりに空いた席に通される4人。

 護衛2人に挟まれる形で、ハイゼンとアダマントが並んで座る。

 そして4人が席に着いたのとほぼ同時、間髪入れずに魔族の給仕、リン・シャオリンが人数分の水を持って来た。


「こちら、お水です。おかわりもございますので、ご遠慮せずにどうぞ……」


 奇妙な縁でこのナダイツジソバに雇われることになった他国の王女、リン・シャオリン。

 アダマントやハイゼンよりもずっと年上なのに、肉体的にはまだ子供で動きも若々しい。短命なヒューマンとしては羨ましいことである。

 しかしながら、そんな王女に水を注いでもらえるというのだから何とも贅沢だ。


「おお、すみませんな、シャオリン殿」


 いくら仕事が給仕だとしても、相手は他国の王族だ。彼女に対してだけはハイゼンもある程度相手を立てた口調になる。


「いえ。ご注文がお決まりになりましたら……」


 と、シャオリンが皆まで言う前に、ハイゼンは片手を上げてそれを制した。


「注文はもう決まっておりますぞ」


「あ……はい、ご注文どうぞ」


 言いながら、エプロンのポケットからメモとペンを取り出すシャオリン。

 彼女の書く準備が整ったことを確認してから、ハイゼンが改めて注文を始めた。


「カツドンをくだされ。4人全員カツドンでお願い致す」


 そう、カツドンだ。今日はカツドンを食べに来た。いつもなら何を頼もうか最後まで悩むところだが、今回は最初から決め打ちして来ているので一切迷うことはない。

 ハイゼンがきっぱりとそう告げると、シャオリンも「かしこまりました」と頭を下げた。


「店長、カツドン4です!」


「あいよ!!」


 厨房の方から、フミヤ・ナツカワの威勢の良い声が返ってくる。アダマントたちのオーダーが通ったのだ。

 話に聞くカツドンとは如何なるものか。

 アダマントは年甲斐もなくワクワクし始めた。


※西村西からのお願い※


ここまで読んでいただいてありがとうございます。

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