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モンク僧『拳聖』ザガンと乾きを癒す肉辻そば③

 デンガード連合最北端の国、シュウ王国を出た後、ザガンは僅か3ヶ月でデューク・ササキを見つけ出した。

 デューク・ササキが最後に目撃されたのがカテドラル王国の旧王都アルベイルだと聞いたザガンは、そこから山勘で当たりをつけ、東のアードヘット帝国に向かったのだが、アンヴィル侯爵領の領都で運良く彼の目撃情報を得ることが出来た。

 その情報によると、何でもデューク・ササキは故国であるフラム公国を目指して旅をしているらしく、10日くらい前にアンヴィル侯爵領を発ったそうだ。

 急げば追いつけるんじゃないかと言ってくれた、ザガンに情報をくれた宿の女将の言葉を受け、ザガンは何処にも寄り道をせず、一直線に東へ東へと向かい、アードヘット帝国本国の最東端に当たるキジム辺境伯領で遂にデューク・ササキを発見するに至った。

 別に知り合いでも何でもない、共通の知人すらもいない他人ではあるが、ザガンが頼み込むと、デュークはさして悩むこともなく真剣勝負を快諾してくれた。


「私も人に勝負を挑み続けるような生き方をしてきたからな。他人に挑まれて断るほど狭量ではないさ」


 と言ってくれたデュークの言葉に甘える形で始まった勝負ではあるが、結果は御存知の通り、ザガンの敗北で終了した。


 草の上で大の字になって天を仰ぐザガン。

 そんなザガンに、デュークが手を差し伸べる。


「良き勝負であった。しばらくぶりに強き者と戦うことが出来た」


 慰めのつもりだろうか、そう言ってくれたデュークの言葉に苦笑しながら、ザガンは彼の手を取って立ち上がった。


「いや、ただただ無駄にあんたのような達人の手を煩わせただけだった」


 傍から見れば良い勝負をしていたのかもしれないが、当事者であるザガンには分かっている。今回の戦い、満足に実力を出せなかったザガンはデュークにあしらわれていた。彼の全力を引き出すことも出来ず、無様に敗北してしまった。それが情けなくて自分自身に対して怒りが湧いてくるのだが、それより、そんな半端な状態で彼に剣を抜かせてしまった己の不明を恥じる気持ちの方が遥かに大きい。

 デューク・ササキほどの達人との勝負に対し、万全ではない状態で、己の気持ちだけを優先させて望む。今になって考えれば、それは達人に対する侮辱に他ならないのではなかろうか。

 彼がごく穏やかな人柄だったからいいようなものの、これで苛烈な性格であれば、ザガンは怒りのままに斬り捨てられていたことだろう。無論、そうなってもザガンに文句はないのだが、達人の剣を無駄に血で汚すのもまた憚られる。


 どちらにしろ、今回の勝負に負けたことも、デュークの手を無駄に煩わせてしまったのも、今回は何もかもザガンが悪い。

 こんな調子で龍に到るなどと、どの口がほざくのか。ザガンは我がことながら呆れてしまった。


「本調子ではなかったのだろう?」


 ザガンの手を放すと、デュークがおもむろにそう訊いてきた。流石は達人、どうやら彼は、言われずともザガンの不調を見抜いていたようだ。


「分かっていたのか?」


「見れば分かる。明らかに動きに精彩を欠いていた」


 そう断言され、ザガンは思わず、ふ、と苦笑してしまった。


「確かにな。だが、言い訳は出来んさ。あんたから仕掛けられたならまだしも、これは俺が望んだ勝負なのだからな」


 体調不良を隠して挑み、そして見事に負けてしまった。ざまぁないとはこのことだ。


「理由は何だ? 病でも患っているのか?」


「いや、お恥ずかしい話なのだが…………」


 ヒューマンの国に来てからというもの食事が口に合わず、満足に滋養が摂れていない。この3ヶ月、常に空きっ腹を抱えたままで、体調がすこぶる悪く、本来の実力が出せなくなってしまった。そのことを包み隠さず説明すると、デュークは「ふうむ……」と唸りながら顎に手を当てて何やら考え込んだ。


「そうか。食事が合わんか……」


 ヒューマンの彼からすると、自分たちが普段から食べているものが口に合わない、食べない方がマシだとでもいうように言われることは心外なのだろう。見れば勝負の時よりも難しい顔をしている。

 ザガンも別に、馬鹿にする意味でそう言っているのではない。ヒューマンの食事が口に合わないというのも、人種的なことが理由なのだ。


「ヒューマンの国の料理というのは、俺にとってはどうにも水分の少ないパサパサしたものとしか思えんのだ。普通のビーストならばそれほど苦にもならんのかもしれんが、俺は水の中を生きる鮫のビーストだからか、水分の少ないものが特に辛く感じてしまう。故郷では喉越しの良いパスタが主食だったし、肉や魚も半生で食っていた。鮫だからか、完全に火を通さずともアタるということがなかったからな」


 ザガンの故国、ウーレン王国は海に面した国だ。魚を食うにしてもカルパッチョや、とあるストレンジャーが伝えたと言われるタタキなど、生の食感と瑞々しさを保ったものが多く、ヒューマンの国ほど念入りに火を通すことがない。また、肉も豪快にステーキで、それも香辛料たっぷりで食うのだが、焼き方はレアかミディアムレアが主で、ヒューマンの国のように塩味のウェルダン一択ということはない。


「ヒューマンの国にもパスタを出す店はあったと思うが、それは食わなかったのか?」


 そう訊かれて、ザガンは「ああ」と頷いた。


「いや、食った。食ったが、味付けの種類が少なくてすぐに飽きてしまったな」


 基本的には塩味で、具材は変わるのだが味付けがそれほど変わらないヒューマンの国のパスタ。最初は普通に食べられたのだが、同じ味のものを毎日毎食食べ続けるのは流石に無理だ。塩だけの単調な味付けのパスタはもう見たくもない。たまに酢を使った酸っぱい味付けのものや、冷水で冷した変り種のパスタもあったのだが、食べ馴れていないせいか、そういうものもやはり口に合わなかった。

 我がままな子供のようなことを言っている自覚はザガンにもあるが、真実口に合わないのだからどうしようもない。


「ヒューマンの国にも美味いものはあるのだがなあ。貴公の口に合うものもあると思うが…………」


 難しい顔をしたまま、デュークがそう口にした。彼は料理人ではないが、同じヒューマンとして忸怩たる想いがあることはその表情から見て取れる。

 彼の気持ちは分からないでもない。ザガンもウーレン王国の料理が口に合わないと言われればきっと同じ気持ちになるだろう。


「別に不味いとは言わんさ。俺の口には合わんというだけで……」


 と、ザガンの言葉の途中で、何を思ったのか、デュークがいきなり「そうだ!」と声を上げた。


「そうだ、そうだ! そうであった! この手があった! 貴公、ナダイツジソバに行ってみるか?」


 喜色満面、先ほどまでの難しい顔が嘘のように笑いながら、デュークがそう言ってきたのだが、何のことやら分からないザガンは「ん?」と首を捻る。


「ナダイツ……?」


 ナダイツジソバ。よく分からない言葉だが、行ってみるかと、そう言うのなら何処かの場所ということだろうか。

 国か、都市か、はたまた店か何かなのか。

 ともかく何だか知らない、聞いたこともない場所に行くかと、いきなりそんなことを言われても返答に困る。


 だが、困惑するザガンを他所に、デュークは1人、何かに納得したように頷きながら言葉を重ねた。


「ナダイツジソバ、あの店ならば貴公が好みとする条件にも合致する。多少回り道にはなるが、私が案内しようではないか」


 彼の言葉から察するに、どうやらナダイツジソバとは料理店らしい。


「いや、あの……?」


 ヒューマンの国にもザガンが食べられる料理を出す店があるのはいいのだが、しかしわざわざ何処にあるのかも分からない店に行く気はないし、その店に行くのならデンガード連合に帰って好きなものを食べる方が早いように思える。

 しかし、ザガンがそんなことを言う暇もなく、デュークはまるで決定事項であるかのように話を進めてゆく。


「ヒューマンの国の料理がどれもこれも不味かったり単調な味付けのものばかりだと思われるのも嫌だからな。それに、私も久々にナダイツジソバのソバが食べたくなってしまった。丁度良いから一緒に行こうぞ、ザガン殿」


 そのナダイツジソバとやらに行きたいとは思わないが、しかしデュークの中ではもう一緒に行くことになっているようだ。

 何より、彼には借りがあるし、ザガンが迷惑をかけたという自覚もある。それにデュークはザガンのことを気遣って、親切で言ってくれているのだ。これを無下に断るほどザガンは薄情でも恩知らずでもない。


「………………」


 余計なことは言うまいと、ザガンが黙って頷いて見せると、デュークも満足そうに頷いた。


「何日かナダイツジソバで食事をし、英気を養うと良い。十分に体調が回復してから、また立ち合おうではないか」


 思わず再戦の機会を得たザガンではあるが、その顔は何処か、戦う前よりもげっそりとしているように見えた。


※西村西からのお願い※


ここまで読んでいただいてありがとうございます。

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