モンク僧『拳聖』ザガンと乾きを癒す肉辻そば②
ザガンは右掌に闘気を溜めると、裂帛の気合と共に気弾を放った。
「龍撃砲!」
ドラゴンの頭部を模った巨大な気弾がデュークを飲み込むかと思われたが、しかし、
「ふん!」
と、彼は横一文字の一閃で気弾を斬り裂いた。
その一撃で気弾は霧散してしまったが、しかしザガンは気弾を放つと同時に槍を構えてデュークに迫っていた。
「ホアアアアアァァィッ!!!」
闘気で強化した、岩盤ですら叩き割るほどの凄まじい力でもって上段から槍を振り下ろすザガン。
「ぬうん!」
だが、デュークがその槍を下段からかち上げる。
ザガンの槍とデュークの剣がぶつかり合った瞬間、大気が爆ぜて凄まじい衝撃が辺りを走り抜けた。
周囲に何もない草原だからいいようなものの、仮に街中でこんなことをしていては、たちまちのうちに家々が砕け人が吹き飛び、1刻と待たず廃墟が出来上がることだろう。
『拳聖』と『修羅』という、世界の頂点を決めるかの如き戦いは、しかしその並外れた激しさの故、衆人環視の中で行うことが不可能なのだ。この戦いは誰に知られることもなく2人の間でのみ行われていることだが、仮に『拳聖』と『修羅』が勝負をするということが知られれば見物人たちが殺到したことだろう。むしろ金を払ってでも見たいと、命の危険も省みず大勢の人間が大挙して押し寄せたのではなかろうか。
しかしながら、ザガンとデューク、当人たちにとってこの勝負は遊びではない。見世物にされるなどまっぴら御免である。
「せいやあああああぁッ!」
初撃の槍が弾かれたと見るや、ザガンは上段から連続で刺突を放つ。
「しいいいいぃッ!」
鋭い呼気を洩らしながら、ザガンの槍を全て捌くデューク。
状況は拮抗しているが、押しているのはザガンだ。ヒューマンに勝る膂力、そしてギフト『闘気法』による身体能力強化。肉体の強度で勝るザガンの方が有利。
その筈なのに、当のザガンは自身の攻撃に違和感を覚えていた。
明らかに威力が出ていない。いつもより力が入らない。本調子が出ない。
ザガンも武人、真剣勝負に言い訳は禁物だが、それでもこの違和感が拭い去れないのは紛れもない事実。
いつもより力が出ないと感じたのは、デンガード連合を出てヒューマンの勢力圏に入ったあたりからなのだが、その理由は明白であった。
ここしばらく満足な食事が取れていない。ヒューマンの食事が口に合わないからだ。
ザガンはこれまでデンガード連合の勢力圏を出たことがなかったので知らなかったのだが、ヒューマンは主食としてパンかジャガイモを食べる。だが、ザガンは水生生物である鮫のビーストだ、固くてボソボソしたパンや蒸かして粉を吹いているジャガイモのような、水分の少ない食事が喉を通らない。
ザガンの故郷ウーレン王国をはじめ、デンガード連合を構成する多くの国は麺、つまりパスタを主食にしている。茹で立てのパスタはツルツルと喉越し良く食べやすく、また、腹持ちも良い。
しかしながらヒューマンが主食とするパンはどうか。好き嫌いの問題もあるのだろうが、どうにも物理的に合わないのだ。
だから食事は自然とスープのようなもの中心になるのだが、流石にスープだけでは腹が水分でタポタポになってしまう。
ザガンは鮫のビースト。草食獣のビーストとは違い、肉や魚も食べられる。
ならばと、パンが食べられない分、肉や魚を沢山食べようと思ったのだが、ヒューマンの料理店で出るそれらは火が通り過ぎているのか、どうにも固くてやはりパサパサしていて喉を通らない。
それに香辛料をふんだんに使うデンガード連合の料理とは違い、ヒューマンの料理は基本的に塩のみの単調な味付けばかりでパッとしないのだ。
かと言って自分で作ろうにもザガンは武術一筋、根っからの武人だ、これまで調理などしたこともなく、やり方も分からない。
料理が美味しくない。自炊も出来ない。とても単純だが、しかしとても大きな問題だ。
1日2日ならまだしも、ろくな食事を取れない期間が長く続くと、流石に体調に影響が出てくる。
ザガンがデンガード連合を出てから3月ばかり。もう、どんな攻撃を打っても万全の時ほどの威力は出ず、技の切れも落ちている。万全の状態を10割として、今のザガンはせいぜい7割くらいの力しか出ていないのではなかろうか。
だが、それでも真剣勝負に言い訳は禁物というのは先にも言った通り。それに言い訳などしていては快く勝負を受けてくれたデュークにも申し訳が立たない。
勝負は時の運とも言う。だからザガンはその運を掴み取るべく、今はともかく雑念を振り払って攻撃し続けるしかないのだ。
「おおおおおぉッ!!」
衰えた筋力を闘気で補いながら連続突きを放つザガン。
だが、ここで、
「せやッ!!」
と、デュークがその突きに合わせて剣で強打し、ザガンの槍を大きく跳ね上げた。
その一撃の衝撃に耐え切れず、槍がザガンの手を離れて宙を跳んだ。
「ッ!?」
しくじった。まさか握力までも衰えているとは。
ザガンはすぐさまその場から跳び退くと、全身に闘気を漲らせて構えを取り、デュークを見据えた。
青眼に構えたままゆったりとその場で佇立し、静かにザガンを見据えているデューク。呼吸も乱れておらず、肩も上がっていない。
対するザガンはぜえぜえと息を切らしている。限界が近い。今の状態で長くは持たない。
「ぃやあああああぁッ!!!!!」
強引にでも勝負を決めに行かねばならない。ザガンは両拳をきつく握り締め、無手のままデュークに向かって行った。
高く跳躍し、相手の頭上から矢のような跳び蹴りを放つ。だが、この蹴りは半身で躱され、蹴りを放ったザガンの右足が何もない地面を穿った。
その反動を利用して左足で大きく踏み込み、今度は左の肘撃。これもやはり足運びで躱されるが、ここで更に腕を伸ばし、猛虎硬爬山を放つ。連撃だ。
しかしこれもデュークが上体を沈めたことで回避されてしまう。
それでもザガンは止まらない。ここで止まれば後がないからだ。
冲垂から八門開打、上歩僮拳から単閉襠、蛇身飛勢から白鶴冲天。
流れるような動作で放たれるそれらが、掠りもせずに全て躱される。
そして最後の鉄山靠。
ザガンが放った渾身の鉄山靠であったが、技を放ち終わった時には、すでにその場にデュークの姿はなかった。
相手が何処に消えたか、ザガンがデュークの姿を目で追おうとした、その時である。
ひたり。
と、そっと、およそ戦いとは思えぬ静けさを伴い、ザガンの首に銀色に輝く刃が添えられた。
「ぬう…………ッ!」
たらり、と、額にひと筋の汗を流しながら、ザガンは唸った。
この勝負、ザガンの負けだ。誰が何を言わずとも、首元の白刃が雄弁にそう語っている。
「………………俺の負けだ」
ザガンが諦めたようにそう呟くと、デュークは刃を引いて鞘に収めた。
瞬間、ザガンは大きく息を吐き出し、張り詰めた糸が切れたようにその場に膝を突いた。
知らずに無理をしていたのだろう、全身の関節という関節がガクガクと小刻みに震えている。
俺は龍にはなれなかった。どうやら鮫は鮫でしかなかったようだ。
ザガンは胸中でひとりごちると、背中を地面に預けて大の字になって倒れた。
眼前に広がる空の雄大さを前に、ザガンは己が如何にちっぽけな存在かということを痛感していた。
※西村西からのお願い※
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