外伝 20年後のチャップ①
10年前、チャップが丁度ナダイツジソバから独立したのとほぼ同じ時期に、ウェンハイム皇国がなくなり、ウェンハイム共和国となった。
かつて大陸を統一した国、神聖ウェンハイム国。その神聖ウェンハイム国は異次元から現れた異端のストレンジャー、炎の巨人スルトによってズタズタに裂かれた。神聖ウェンハイムを構成していた各国は盟主を失ったことで独立を宣言、結果として50を超える国に分裂したのだが、これに異を唱えていたのがウェンハイム皇国だ。
真偽の程は定かではないが、初代皇王ガダマー・ウェンハイムは自らが神聖ウェンハイム国王の血を継ぐ正当なる後継者だと名乗り、自らが大陸の盟主であると声高らかに宣言、以降他国に対する侵略行為を繰り返した。
このガダマー・ウェンハイムという男、実は出自が定かではなく、巨人が好き放題に暴れた後のどさくさに紛れて神聖ウェンハイムの後継者を名乗っていただけで、本当は運良く生き残っただけの、ただの地方のいち下位貴族でしかなかったと言われている。そんな男の下に人が集まり、国が興ったのは、もしかすると、人々がかつての良き時代、長い間争いもなく平和を享受していた神聖ウェンハイム国が戻ってくることを期待したからかもしれない。
実際はそれとは真逆、腐った貴族と腐った政治が横行する侵略国家となり果てたのだが、その侵略国家は前述の通り10年前になくなってしまった。
当代の皇王ペレス・ウェンハイムを含め、皇族が根こそぎ死亡し、それに加えて宰相や将軍など、国の要職に就く者たちまでもが僅か一夜にして死亡したことが最大の要因だ。
この好機にカテドラル王国とアードヘット帝国、そしてデンガード連合が手を組み瞬く間にウェンハイム皇国を制圧、残っていた従来の貴族たちを排して新たにウェンハイム共和国として仕立て上げたという次第だ。
一夜にして皇族や国の要職にあった者たちが死亡した謎の事件の裏には『狂人』マスカレイドの存在があったとされているのだが、今や真相は闇の中。何せ当事者は全員洩れなく死んでしまった。
ともかく、ウェンハイムが皇国の支配から解き放たれたことで、彼の地は新たな時代を迎えたという訳だ。
これまでは制限されていた人の出入りも緩和され、チャップのような一般人でも容易に入国出来るようになった。
チャップはウェンハイム共和国の首都ガダマニアに到着すると、早速自らのギフト『アイテムボックス』から愛用の屋台を取り出し、それを引いて大路を歩き始めた。
このガダマニアは皇国時代の首都を共和国になってもそのまま継続して首都として利用している街なのだが、その様相はカテドラル王国やアードヘット帝国の首都と比べて随分と寂れているように見える。
それもその筈で、ガダマニアは10年前、戦場になった。
ウェンハイムがカテドラル、アードヘット、デンガードの大連合軍に攻められた時、意外や意外、地方貴族たちはほとんど争うこともなくあっさりと降伏を受け入れ、逆に首都にいた法衣貴族たちがガダマニア城に篭城して徹底抗戦に入った。
他国から公然と馬鹿呼ばわりされていたウェンハイム皇族。
その皇族のイエスマンでしかなかった首都の法衣貴族たちは、しかし皇族たちほど馬鹿ではなく、投降したところで自分たちの立場が保証されることなどないことを理解していたのだ。
他国への侵略は地方貴族たちに任せ、自分たちは首都で贅沢三昧、地方貴族に侵略を命じている癖に彼らを野蛮だと蔑み、碌な戦力も持っておらず。
また、首都を護っていた騎士団もエリート意識ばかりが高く実戦経験もほとんどない素人集団のようなもので、大連合がこれを攻略するのは1週間とかからなかった。
確かに首都決戦は1週間足らずで済んだが、それでも街や城に何の影響も出なかった訳ではなく、首都全体の1割強、2割弱は建物が崩壊したり焼失するなど何らかの形で被害を被った。
ウェンハイム共和国となったことで腐った政治は正されたが、それでも敗戦から僅か10年しか経っていない貧乏国家であることに変わりはない。当時の戦争で破壊された場所はほぼそのままにされており、また、人口の流出も著しく、今は全盛期の半分も首都に住民がいないような状況だ。つまるところ、街全体に活気がない。
確かにウェンハイム皇国の皇族や貴族は為政者の風上にも置けない馬鹿ばかりだったが、平民はその限りではない。彼らはただ日々を必死に生きるのみ。中には貴族に取り入って美味い汁を啜る平民もいるにはいたが、彼らの多くは敗戦後に居場所を失い、ウェンハイムの地を去った。残ったのは、ただただ被害を被った無辜の民ばかりだ。
ナダイツジソバから独立し、屋台を引きながら世界各地を渡り歩いたこの10年、チャップは旅の暮しの中で、幾度となくウェンハイムの惨状を耳にしてきた。
日々の暮らしは一向に良くならず、常に困窮したギリギリの生活を送る人たち。国の立て直しにはまだまだ時間がかかるとされており、首都の暮らしと地方の暮らしに逆転現象が起きるような始末。
明日をも見えず、それでも日々を懸命に生きる人たちの腹を自分の料理で満たしたい。そう思ったチャップは、すぐさまウェンハイム共和国に向かったという次第だ。
身軽で気軽、そしてギフトのおかげで足取りも軽い1人旅、思い付いたが吉日とばかりに好きな時に好きな場所へ赴く流浪の日々。しかしながら流浪の生活の中、ナダイツジソバで培った技術と経験を活かして振舞う麺料理は絶品で、チャップの名は今や大陸中に轟くまでに至った。麺料理の大家、伝説の放浪料理人だと。
無論、チャップが自身でそう名乗った訳ではないし、そんなふうに驕ったことを考えたこともない。チャップの麺料理を食べた人たちがその卓越した腕を、何より絶品の料理を口々に褒め湛えた結果、そうなったのだ。
屋台を引きながら、街の様子をつぶさに観察し、人々の囁きに耳を立てるチャップ。
「母ちゃん、腹減ったよぅ……」
「我慢おし。昨日の夜に食べたばっかりだろ?」
「朝も昼も食べてないよ、母ちゃん……」
「夜まで我慢するんだよ。1日1食でも、私らみたいな平民が毎日食べられるだけありがたいんだからね」
「そんなこと言われたって……。ううぅ…………」
道行く母子がそんな会話をしているのが耳に入る。酷いものだ。
首都に入る前、地方都市の酒場でたまたま首都から逃れて来たという人の話を聞いたのだが、それによると首都では物資不足から物価が高沸しているらしく、普通のパン1個で1000コルもするのだという。貴族でもない平民の暮らしでパン1個1000コルも払っていては当然3食を満足に口に出来る訳もなく、自然と食事の回数は減り、食卓も貧困になるというもの。
かつての皇族や貴族がやらかしたツケを、こうして平民が払わされているのだから、彼らにしてみればたまったものではないだろう。
食事とは本来、腹を満たすだけでなく、心も暖かく満たすもの、癒しや安らぎに相当するものだというのに、これでは癒しだ安らぎだは二の次三の次になってしまう。
街は寂れ、人々は顔を俯かせその表情は暗く笑顔もない。
だが、チャップは思うのだ。この人たちの腹を満たしたい、温かで美味い食事を提供したい、ほんのひと時でも癒し、安らぎを感じてもらいたい、彼らの笑顔が見てみたい、と。
大通りのいっとう広い場所に出たチャップは、引いていた屋台をその場に固定すると、早速調理道具一式と机や椅子を取り出して営業を始めた。
「さあ、いらっしゃい、いらっしゃい! 麺料理の屋台だよ! 今日の麺料理はウドンだ! 1杯360コルだよ!」
威勢の良いチャップの声が広場に響き渡り、俯きながら歩いていた人たちが何事かとその顔を上げる。
「ウドンってのは温かいスープに浸かった麺料理だ! パスタとは別物だよ! 美味しいから是非とも食べていってくれ!」
アーレスの常識として、麺料理といえばパスタというのが共通認識なのだが、チャップが出す麺料理はパスタだけに限らない。むしろ、パスタ以外の、ナダイツジソバで店長に教えてもらったものを出すことの方が多い。ラーメン然り、ツケメン然り、アブラソバ然り、ヤキソバ然り、そしてウドン然り。また、パスタにしてもチャップが知らぬ味付けをいくつも教えてもらった。
提供する料理はその時々で手に入る食材によって変えているのだが、今回は首都に来る前に小麦粉がそれなりの量手に入ったので、ストックしてあるカツオブシやコンブ、ショウユなどの量を鑑みてウドンを提供することとなった。
コンブはともかく、カツオブシとカエシを作る為のショウユ、これらを安定して手に入れるのには並々ならぬ苦労があった。何しろ、作っている人たちがそもそもいないのだ、それらの食材を手に入れる為に、まずはカツオや豆をカツオブシやショウユに加工してくれる人たちを探すところから始めねばならなかった。
作り方自体は店長から教えてもらったので知っていたが、実際に作るとなるとその苦労は筆舌に尽くし難いものがあった。
今にして思えばそれも良い思い出で、カツオブシの職人さんやショウユの職人さんたちとは良好な付き合いをさせてもらっている。彼らの方も、新たな産業を興すきっかけになったとして、チャップには感謝しているのだと言ってくれている。
料理を作るだけでなく、新たな食材作りを通し、新たな産業にまで繋げたことも、今日におけるチャップの高名に繋がっていると言えるだろう。
「ウドン! 美味しいウドンだよ!」
寸胴から漂う芳しいダシの香り。その香りに誘われて人は寄って来るのだが、しかし席に座ってウドンを注文する人はいなかった。
パスタとは違い、ウドンはアーレスで知られたものではない。チャップは簡単に温かいスープに浸かった麺料理だと説明したが、それでは料理の想像がつかず、お客も二の足を踏んでいるのだろう。それに360コルという安値も警戒心を煽っているのだろう。何せガダマニアで売られているパンの値段の半額以下だ、怪しい食材を使っていると思われていても不思議はない。
ちなみにこの360コルという値段は、古巣ナダイツジソバのカケソバが1杯360コルだから自分もそれに倣っているだけに過ぎない。
「すまん! 通してくれ! すまん!」
皆に安く美味しいものを食べてもらいたいだけで、別に怪しい食材なんて使っていないのになあ、とチャップが思っていると、ここで、人垣を割って1人の男性が前に出て来た。
明らかに良い身なりをした、ひと目で貴族と分かる恰幅の良い中年男性である。ただ、その服装はウェンハイム貴族の様式に則ったそれではなく、明らかに他国のもの。チャップの記憶が確かならば、この服装はアードヘット帝国の貴族のものだ。
皇国時代の貴族を一掃した影響から、今のウェンハイムは政治を執り行うのにまだ他国の力を借りている。恐らくはこの男性もそういう関係の人なのだろう。
「いらっしゃいませ。ウドン、1杯360コルですが、食べていかれますか?」
当初の目的は困窮したウェンハイムの民に格安で美味しい料理を振舞うことだったのだが、しかしチャップは自らの方針としてお客の貴賎は問わないことにしている。これは師である店長の、ナダイツジソバの教えだ。
男性は何故だかチャップの顔を凝視したまま、信じられないといったふうに目を見開いている。
「お声を聞いた時にもしやと思ったが……」
僅かに声を震わせながらそう言う男性。
「お客様?」
チャップが不思議そうに首を傾げると、それに気付いた彼は、咳払いをひとつしてから「失礼した」と言って表情を正した。
「貴方はチャップ殿だな? 麺料理の大家と名高い、あの……」
どうやら彼はチャップのことを知っていたらしい。世界各地を旅しているからチャップのことを知っている者がいたとしてもおかしくはないが、しかし彼は知り合いという訳でもない。一体誰なのだろうか。
「自分がそんな大層な者だとは思いませんが、私がチャップで間違いありません」
チャップが答えると、彼は途端に笑顔を浮かべて「おお!」と唸った。
「やはりそうか! いや、私はアードヘット帝国から来た外交官なのだが、まだ貴方が働いている頃のナダイツジソバに行ったことがあるのだ」
「おや、それはまた……」
随分と不思議な縁もあったものだな、とチャップは心の中でそう呟いた。
屋台の店主として旅先で出会ったのではなく、まさかそれより前、ナダイツジソバ時代に出会っていたとは、これは予想外だった。
「外交官という仕事柄、人の顔を覚えるのは得意でね。貴方の姿を帝都で見た時は随分と驚いたものだ」
過去のことを思い出しているのだろう、男性は微笑を浮かべながら嬉しそうに語る。
「ああ、確かに行きましたねえ。8年前くらいだったかな?」
8年前といえば、まだカツオブシやショウユを作ろうと試行錯誤している段階で、その時に出していたのは塩ラーメンや塩ヤキソバ、パスタといったものが主だった。
アードヘット帝国の帝都オルタンシアでは随分と塩ヤキソバが売れた記憶があるが、もしかすると彼もその時にチャップの麺料理を食べた1人なのかもしれない。
「私はあの時も貴方の屋台に寄らせてもらったのだが、そこで食べた麺料理は絶品だった。特に塩ヤキソバは最高だったな」
彼も帝国人、やはり塩ヤキソバが気に入ったようだ。
ちなみにだが、チャップが去った後の帝国で、他の飲食店がこぞって、見様見真似で塩ヤキソバを再現したという風の噂を聞いたのだが、その再現度はあまり高くはないそうだ。
「あの塩ヤキソバのことは今でも思い出す。叶うのならもう一度食べてみたいものだ」
噂は本当だったのだろう、どうやら彼は、祖国の料理人たちが再現した塩ヤキソバでは満足出来ないらしい。
そういう彼に苦笑しながら、チャップは慇懃に頭を下げた。
「ありがとうございます。今日はウドンですが、お出しさせていただく料理は日替わりですから、明日か明後日には塩ヤキソバもお出ししましょう」
その言葉に「それはありがたい!」と笑顔で返すと、男性は更に言葉を続ける。
「私は外交官として世界各国に赴くのだが、どの国でも必ず貴方の話を聞くのだ。屋台を引いて、絶品の麺料理を振舞うのだと」
「その土地のお客様方に喜んでもらえたのなら、料理人冥利に尽きます」
「今や貴方は、古巣であるナダイツジソバに勝るとも劣らない料理界の生ける伝説だ。よもやこのウェンハイムの地で、また貴方の麺料理にありつけるとは何という僥倖なのだろう」
「大袈裟ですよ、お客様」
料理を食べてもらい、美味いと言ってもらえるのは何より嬉しい。だが、持ち上げられすぎるとかえってむず痒いし、生ける伝説だとかいう過大な賞賛は、まるで自分が大物ぶっているように感じてしまって、かえって良い気がしない。チャップ自身の認識としては、自分は何処まで行っても1人の料理人であり、ただの屋台の親父でしかない。
それに何より、生ける伝説と言うのなら、それはカテドラル王国の旧王都アルベイル、ナダイツジソバにこそ存在する。チャップが師と仰ぐあの人こそが。
だが、チャップのそういう心情が伝わる訳もなく、男性は「大袈裟なものか!」と返す。
「ともかく、そのウドンとやら、早速1杯いただこう」
言うや、男性は席に座り、それに続いて彼の従者と警護らしき騎士2人も同じテーブルに着いた。
「かしこまりました。少々お待ちください!」
チャップはギフト『アイテムボックス』からウドンの玉を取り出し、早速魔導具のコンロと大鍋を使って調理を始める。
すると、途端にダシの良い香りが漂い始め、集まっていた人々の誰かの腹がクゥ~と鳴った。
腹の虫が鳴いたのを聞いた外交官の男性が、ふ、と苦笑してから周りの人々に声をかける。
「おい! 皆も食え! この方は有名な放浪の料理人だ! 今、この時を逃せば次に食べられる機会はもうないぞ!」
身なりの良い、明らかに貴族と思われる男性が太鼓判を押すようにそう断言したことで、それまでウドンとは一体何ぞやと警戒して遠巻きに見ていた人々がこぞって空いている席に座り始めた。
「よし、俺も食ってみる! おっちゃん、俺にもそのウドンってやつくれ!」
「俺も!」
「この良い匂い! 我慢出来ねえ! 俺も食べたいぞ!」
「美味しいんなら私も食べてみるわ!」
「母ちゃん、食べようよ! 1杯360コルなら2人で食べられるよ!」
「しょうがないわね。すいません、ウドン1杯くださいな!」
「はいはいはい! 皆様、少々お待ちくださいね!」
いきなり忙しくなったなと苦笑しながら、チャップは次々にウドンの玉を大鍋に投入していく。
あの外交官の男性が人々の警戒心を解いてくれたおかげで、皆にウドンを食べてもらうことが出来そうだ。彼には思わぬ借りを作ってしまった。
調理の手を止めることなく、チャップが「すいませんね」という顔を向けると、彼は「気にするな」というふうに頷いて見せた。
カツオブシとコンブ、そして干したキノコでダシを取った特製のスープに、モチモチとコシの強い手打ちの太麺。付け合せはシンプルにワカメと刻んだ生のペコロスをそれぞれひと摘み。それがチャップのウドンだ。ナダイツジソバ風に言うのなら、カケウドンといったところか。
「お待たせいたしました、ウドンです」
手早く調理を終え、茹で立てウドンの第一陣を外交官の男性一行の前に置くチャップ。
机の上にはあらかじめワリバシが詰まった筒が置いてあるので、それも取り出して彼らの前に並べる。ちなみにパスタやヤキソバを出す時はワリバシではなくフォークを用意している。
「おお、ワリバシか! ナダイツジソバで見た以来だな!」
嬉しそうに言いながら、男性がワリバシを割って早速ずずず、と音を立てて美味そうにウドンを啜り始めた。
「おお、美味い! 見事な弾力だ!」
彼に続いて、同じテーブルの従者たちも声を上げた。
「スープも絶品ですな! 実に香り高い!」
「ああ、美味い! 暖まる!」
チャップのウドンを食べた皆が、笑顔を浮かべながら口々に美味いと声を上げる。
そして、その美味いという声を聞いた順番待ちのお客たちが、思わずといった感じでゴクリと生唾を飲み込む。
「おい、親父さん! こっちにもウドン早く!」
「こっちもだ! 待ち切れねえよ!」
彼らがあまりにも美味そうに食べるので我慢し切れなくなったのだろう、皆がまだかまだかと言い始めた。
「はいはい! 只今!」
苦笑しながら、しかし嬉しそうに調理へと戻るチャップ。
調理もしつつ、お客様たちの喜ぶ顔も直に見られる。この顔が見られるからこそ、チャップは店舗を構えず屋台を選んだのだ。
チャップが出来上がったウドンを次々運んでいくと、皆がそれを食べて美味いと笑顔になる。
辛気臭く俯いていたガダマニアの人々の顔に、いつの間にか精気が戻っていた。
そう、チャップはこの顔が見たかったのだ。美味しい料理で笑顔になった人々の顔が。暗く沈んだ人たちが、ほんの一時でも安らぎ、癒されるその時が。
休むことなくあくせくと働きながら、チャップは次々にウドンを作り続ける。
その姿が在りし日に目にしたナダイツジソバの店長のそれと重なって見えたと、外交官の男性は後にそう語ったそうだ。
伝説の放浪料理人、麺料理の大家チャップ。
後に、彼の名はこのウェンハイムの地にも深々と刻まれることになるのだが、それはもう少しだけ先の話。
※西村西からのお願い※
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