肉! 肉!! 肉!!! 次はかつ丼だ!
名代辻そばは異世界でも大盛況で、文哉は相変わらず忙しい日々を送っているが、それでも最近は随分と仕事も楽になってきた。その要因は、チャップの成長とシャオリンの加入である。
チャップは作業に慣れてきたこともあり、最近は本格的に厨房に入り、文哉の手伝いをしながら腕を磨いている。文哉から見ればまだまだ半人前だが、それでも彼の熱意は凄まじく、半人前なりの奮闘を見せてくれており、最初の頃から比べれば大分作業効率が上がってきた。この分ならば、来年頃には文哉抜きでも厨房を任せられるのではなかろうか。
また、シャオリンの成長も著しく、近頃では随分とミスも減り、接客に対するぎこちなさや固さというものも幾分和らいできたように思う。
2人の成長によって作業効率が上がり、俄かに余裕が出て来た名代辻そば。あと1人か2人も従業員を雇い、その従業員たちも十分に成長したら、ローテーションを組んで休日を設けることも夢ではないだろう。今はまだ休日もなく働いているが、しっかりと休める日が来るのもそう遠くはない筈だ。
店も終わり、夜。コロッケそばから麺を抜いた、通称台抜きを肴にビールを飲みながら、休日のことに想いを馳せる文哉。
コロッケそばといえば、先日は随分と印象的な出来事があった。何と、チャップの弟だという青年チャックが、わざわざ田舎からこの名代辻そばを訪ねて来たのだ。
まだ営業中だったので、その場ですぐに事情を尋ねたりはしなかったものの、後から聞いた話によると、どうやらチャップは家出同然に故郷を出て、そのまま手紙も出さず今日まで到るらしく、随分とチャックに怒られていた。
その後、2人はどうにか和解した様子だったが、結局チャップは実家には帰らないとチャックに告げたそうだ。自分はまだまだこの名代辻そばで学ぶことがあるから、と。
文哉としても今ここでチャップに抜けられると痛手だから、その決断はありがたかったのだが、それ以上に、名代辻そばに学ぶことがあると、そう言ってくれたことが嬉しかった。
文哉もまた、名代辻そばに多くを学び、今なお学び続ける者。この道の先達として、チャップには文哉の力の及ぶ限りのことを学んでもらうつもりだ。
帰り際、チャックは兄のことを頼みますと店の皆に頭を下げ、そして実家の食堂でコロッケを作って出しても良いかと訊ねてきたのだが、文哉はこれを快諾した。
この世界にも一応は特許という概念はあるようだが、そもそもコロッケは別に文哉が考案した料理ではないし、その製法を独占するようなものでもない。それにコロッケがアーレスに広まれば、それだけコロッケそばもアーレスの人々にとって馴染み深いものとなるだろう。むしろどんどん作ってもらいたいくらいだ。
文哉としては、チャップの実家だという食堂、大樹亭がこのアーレスにコロッケを広めてくれることを願うばかりだ。
コロッケそばがメニューに追加されてから2ヶ月近くが経過しただろうか、季節も初冬に入り、文哉のギフト『名代辻そば異世界店』は早くもレベル9に到達した。
レベルアップしたギフトの内容は以下の通りである。
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ギフト:名代辻そば異世界店レベル9の詳細
名代辻そばの店舗を召喚するギフト。店舗の造形は夏川文哉が勤めていた店舗に準拠する。
店内は聖域化され、夏川文哉に対し敵意や悪意を抱く者は入ることが出来ない。
食材や備品は店内に常に補充され、尽きることはない。
最初は基本メニューであるかけそばともりそばの食材しかない。
来客が増えるごとにギフトのレベルが上がり、提供可能なメニューが増えていく。
神の厚意によって2階が追加されており、居住スペースとなっている。
心の中でギフト名を唱えることで店舗が召喚される。
召喚した店舗を撤去する場合もギフト名を唱える。
次のレベルアップ:来客7500人(現在来客1105人達成)
次のレベルアップで追加されるメニュー:かつ丼、かつ丼セット、カレーかつ丼
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今回のレベルアップでは、実に2種類のそばが同時にメニューに追加された。温かいそばのカテゴリーから肉辻そばと、冷たいそばのカテゴリーから冷し肉辻そばだ。
どちらも甘辛く味付けされた豚肉を豪快に乗せたそばで、そこにパリッとした香りの良い海苔とトロッと濃厚な温泉卵まで乗った豪華な品だ。冷し肉辻そばの場合は、更に辛味の強い豆板醤が追加される。
辻そばのメニューとしては珍しい、がっつりと肉が味わえるそば。若い女性は勿論のこと、働き盛りの男たちならば垂涎のメニューだろう。何しろ若い男たちは肉が大好きだ。そこに地球だ異世界だというしゃらくさい違いはない。この2種類のメニューは確実に異世界の人たちにも受け入れられ、流行る筈だ。間違いない。
そして更に、次のレベルアップで追加されるメニュー、かつ丼である。
肉辻そば以上にがっつりと肉を味わえる、名代辻そばで最も肉を主張するメニューこそがかつ丼だ。かつ丼セットは、かつ丼にかけそば又はもりそばが付属するセットメニューである。
分厚いとんかつとたまねぎを和風の出汁で煮込み、それをトロトロの卵でとじて丼めしの上に乗せた、日本を代表する丼。辻そばでのアルバイト時代、文哉もまかないでこのかつ丼にはかなりお世話になった。最も腹が減る昼のまかないは、やはりがっつりと腹に溜まる、スタミナ抜群のかつ丼がいいのだ。
異世界でもこのかつ丼が流行ることは請け合いだ。肉辻そば同様、肉が嫌いな若者はいない。それに文哉とてまだまだ働き盛りの若者、自身もいち辻そば好きとして久々のかつ丼を味わうのが今から楽しみで仕方がない。何より、異世界では味わうことの出来ない地球品質の肉が味わえるのだから期待するなと言う方が無理だ。
もうひとつ、忘れてはならないカレーかつ丼。
これはカレーライスの上にかつ丼の頭、つまり出汁で煮て卵で閉じたとんかつを乗せたものだ。カレーライスとかつ丼、2つのメニューのいいとこ取りをした、何とも贅沢で、かつジャンクな味わい、そして普通のかつ丼以上のがっつり具合。チェーンのそば屋は日本に数あれど、これが味わえるのはやはり名代辻そばだけだろう。
カレーかつ丼は全店舗で提供している訳ではない店舗限定メニューなのだが、文哉が勤めていた水道橋店では勿論取り扱っていた。
ちなみにではあるが、名代辻そばでは普通のかつカレーは提供していない。何故なら、作り置きのかつを使っているからだ。
この理由は2つあって、ひとつは揚げ立てのかつでないとかつカレーは賞味が低下するが揚げ時間の増大は回避したい、もうひとつはかつ丼は作り置きのかつでもタレで煮込むと美味しくなる、というものだ。
お客様に対して少々罪悪感はあるが、名代辻そばの揚げ立てかつを食べられるのは、まかないを口に出来る従業員のみの特権である。
今回のレベルアップで肉、肉とメニューが追加され、次のレベルアップでもまた肉が追加される。この肉ラッシュには何か作為的なものを感じないでもないが、ともかく肉メニューが追加されるのは心強いこともまた事実。例えこれが神の作為なのだとしても甘んじて受け入れるべきものなのだろう。アーレスの民に美味い肉を食わせよ、神はそう言っているに違いない。ならば応えてやるのが名代辻そば店長の心意気というもの。
次にレベルアップすれば待望のかつ丼が食べられる。従業員たちに食べてもらうまかないのバリエーションも劇的に増えるし、何より辻そばを贔屓にしてくれているお客様方が喜んでくれる。そう考えれば働くのにもより一層の気合が入る。むしろレベルアップに向けて働くのが待ち遠しいくらいだ。
異世界の人たちに辻そば流の美味い肉を食べてもらう。
新たな目標を胸に、文哉は明日への意気込みを新たにした。
※西村西からのお願い※
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