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コロッケそばは巡る チャック編④

 チャックはナダイツジソバで兄チャップに対面するなり、すぐさま己と家族がこの6年間抱いてきた気持ちを感情の昂るまま彼にぶつけた。

 だが、チャップはそれに対してはどうという返事もせず、いきなりチャックの腕を掴んで店の従業員控え室らしきところまで連れて来た。

 そしていきなりこう言ったのだ、今からお前にこの店のコロッケソバを食べさせてやる、と。


「こ、コロッケ、ソバ……?」


 人間というものはどれだけ感情が昂ぶっていても、予想外のことが起こるとある程度頭が冷えるものらしい。

 つい先ほどまで感情のまま声を荒らげていたチャックだったが、いきなり意味の分からないことを言われて唖然として口を開いた。


 チャックの家に戻って来てほしいという訴えに対して、兄の答えがコロッケソバを食べさせてやる。そこに何らかの意図があるのかもしれないが、はっきり言って何が何だか分からない。

 それに何より、コロッケソバというものがそもそもどういうものなのかが分からない。未だ見習いではあるが、子供の時分から厨房に立っている料理人のチャックですら全く分からない、これまで名前を聞いたことすらもない謎の料理だ。

 兄が自分に食べさせようとしているのだから不味いものだとは思わないが、今は正直、食事という気分ではない。


「兄ちゃん、俺は別に……」


 腹は減っていないと、そう言おうとしたチャックを、しかし兄は片手を上げて制した。


「いいから! 黙って食ってみろって! 美味いから」


「………………」


 どう言葉を返していいのか分からず、チャックが困り果てて兄を見ていると、チャップは自信あり気に不敵な笑みを浮かべた。


「食えば分かる筈だ。俺の言いたいことが」


「………………」


 別に兄が作った訳でもない料理を食べたところで、何が分かるというのだろうか。そのコロッケソバとやらが美味ければ確かに料理人として勉強にはなるだろうが、だからと言って兄の気持ちが分かるとは思えない。

 それを言葉にしようとチャックが口を開きかけたその時、兄が先んじて口を開いた。


「なあ、チャック? お前、どうやって俺がここにいることを知ったんだ?」


 コロッケソバとやらが出来るまで時間があるからだろうか、兄がそう訊いてくる。

 兄にしてみれば家族にも秘密にしていた自分の居場所を、探偵ですらないチャックのような素人が探り当てたのだから不可思議なのだろう。


「…………ダンジョン探索者ギルドだ」


 チャックがボソリと呟くようにそう言うと、兄は「え?」と首を傾げた。


「ギルド? ノルビムにはなかっただろ?」


「ノルビムの近くでダンジョンが見つかったんだ。それで、アルベイルのダンジョン探索者ギルドから調査のために職員さんたちが町に来て、うちの店に……」


 チャックがそこまで言うと、その時点で事情を察したのだろう、兄は「なるほどな」と頷いた。


「ラモンさんたちから聞いたのか。これは盲点だったな……」


 まさか、かつての同僚がたまたまチャックたちの故郷ノルビムを訪れ、実家である大樹亭で兄のことを話すなどとは思ってもみなかったのだろう。考えてみれば確かに、偶然に偶然が重なったとんでもない確率の巡りあわせだ。これぞ天運と、そう言っても過言ではない。


 兄は顎に手を当てて何やら悩んでいる様子だったが、ここで不意に従業員控室の扉が開いた。


「チャップくん、コロッケソバ出来たけど……」


 そう言って料理が盛られた器が乗った盆を持った、黒髪黒目の青年が現れる。彼は確か、兄が店長と呼んでいた人物だ。ということは、彼がこの旧王都で今、最も勢いがあると言われるナダイツジソバの料理長をも兼ねているということになる。

 この店にもよく来るというラモンたちがしきりに美味だと褒めていたナダイツジソバの料理の数々。旧王都の人々を魅了してやまないそれを生み出している料理人ということは、きっとチャックなど及びもつかない凄腕なのだろう。もしかすると、大樹亭の現料理長である父よりも格上の料理人なのかもしれない。


「あ、店長! すいません、ありがとうございます!」


 兄は姿勢を正すと、彼に対して深々と頭を下げた。

 その姿勢から伝わる、店長への敬意。兄はどうやら、料理人として彼に惚れ込んでいるようだ。


 店長と呼ばれた青年の顔には、現状が理解出来ない困惑がありありと浮いているが、それでも何を勝手なことをしているんだ、と怒ったりはせず、ごく穏やかな様子で口を開いた。


「いや、何か事情があるみたいだからいいんだけどさ」


「いきなり部外者を入れてしまって申し訳ありません。でも、こうでもしないと店に迷惑がかかってしまうと思ったもので……」


 言いながら、兄は申し訳なさそうに何度も何度も頭を下げる。

 今更だが、兄に再会したチャックが感情のままに声を上げていたのは店の入り口でのことである、店側にすれば迷惑極まりなかったことだろう。客たちとて、美味い料理を楽しんでいるところであのように騒がれれば良い気持ちはしない筈だ。

 多くの人を私情に巻き込んでしまった。チャックも同じ客商売、それもこれまた同じ料理人なのだから、これは反省せねばならないことだ。


「………………」


 兄に倣って、チャックも詫びの気持ちを込めて静かに頭を下げる。

 すると、彼はしばしチャックのことを見つめた後、苦笑しながら兄に向き直った。


「…………チャップくんの弟さんかい?」


 ちらちらとチャックに目を向けながら、兄に対してそう言う店長。

 まだ素性を明かしていないというのに、彼はチャックが何者かということを見抜いていたようだ。


「分かりますか?」


 兄がそう訊くと、彼は再び苦笑しながら頷いた。


「分かるよ、チャップくんと顔そっくりだもん」


 そう言われて、兄も同じように苦笑する。


「弟のチャックです。突然田舎から出て来たものでして……」


「そっかそっか。初めまして、店長のフミヤ・ナツカワです。お兄さんにはいつもお世話になっています」


 彼はチャックに向き直ると、慇懃に頭を下げた。

 同じ店長、料理長であっても、厳格で寡黙な父とは違い、彼は腰が低い人らしい。旧王都のような都会で他の老舗や名店と鎬を削る店の店長というのは、もっと親分然とした態度の大きな人だと思っていたのだが、彼はそこには当て嵌まらないようだ。

 意外だな、と思いつつ、チャックも彼に対して頭を下げる。


「あ、はい……」


 どう言葉を返していいのか分からず、そんな曖昧な返事をするチャック。

 だが、彼は嫌な顔をせずニコリと笑ってから、チャックの前に、持って来たコロッケソバを置いた。


「コロッケソバ、ここ置いとくよ。それじゃ、俺は仕事に戻るから」


「すいません、ご迷惑おかけします」


「はいよ」


 振り返らず、彼は手を振って従業員控室から出て行った。

 チャックと兄のみが残された室内に、コロッケソバの器から立ち昇る、何とも言えぬ良い香りが漂い始めた。


※西村西からのお願い※


ここまで読んでいただいてありがとうございます。

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