コロッケそばは巡る チャック編②
チャックの実家、食堂『大樹亭』を訪れたダンジョン探索者ギルド職員たちの話は衝撃的だった。
何でも、彼らは旧王都と呼ばれるアルベイルの街に本拠を構えており、新たに発見されたダンジョンの内部に自ら潜り、地図や魔物の分布図などを作成する部署に所属しているのだという。
そして驚くことに、チャックの兄チャップはつい先日までそのアルベイルのダンジョン探索者ギルドに所属し、ダンジョン調査課の職員として彼らと共に危険なダンジョンに潜る生活をしていたそうだ。
だが、そんなチャップが不幸に見舞われた。ダンジョンのトラップが発動してしまい、両足が切断されてしまったのだという。
その日はダンジョン調査課の新人職員、罠師アニヤの実地研修も兼ねてダンジョンに潜ったそうなのだが、そのアニヤが宝箱に仕掛けられたトラップを外すのに失敗してしまい、風の攻撃魔法が発動してしまったそうだ。チャップはその風の攻撃魔法によって発射されたカマイタチによって両膝から先を切断されてしまい、死にはしなかったもののそれ以上はダンジョン調査課の仕事を続けられなくなり、ギルドを退職したのだという。
その後、チャップを見舞ったギルド職員によると、彼は両足に魔導具の義足を装着し、日常生活はほぼ問題なく送れるくらいには回復したそうだ。そして、次の就職先としてナダイツジソバなる食堂で働き始めたとのことだった。
チャップはそのナダイツジソバで給仕をやりつつ料理人の見習いのようなこともしており、毎日忙しいながらも活き活きと暮しているらしい。
その話を聞いた途端、チャックの母は店内に客がいるのも構わずに泣き崩れ、父も厨房で声を殺して涙を流していた。家に帰って祖父母にも同じ話をしたのだが、彼らもやはり泣いていた。所在が判明したことに安堵し、両足を失ったということに心を痛め、今は本来の生業だった料理の道に戻ったということに喜び、皆で複雑に感情が入り混じった涙を流したチャックの一家。
ともかく、チャップの所在と彼の無事は分かった。家族はチャップが無事でいるのならばそれ以上は何も望まないと言っていたのだが、チャックの考えは少し違う。
チャップがいるのは国内で、しかもこの町から最も近い都会である旧王都だ。会いに行けない距離ではない。ならば会いに行くべきではないのか。言いたいことが沢山ある、伝えたいことが沢山ある、伝えなければいけないことが沢山ある。それに何より、生きているのならばこの複雑に入り組んだ気持ちを伝えなければ気が収まらない。
チャックは両親と祖父母にそう訴え、旧王都行きを懇願した。チャックが抜ければその分は当然店が回らなくなり、父と母に迷惑をかけることになる。
だが、ここで祖父母が助け舟を出してくれた。もう高齢なこともあり、祖父母は半ば引退しているのだが、チャックが帰るまでは代わりに店に出てくれると言ってくれたのだ。
チャックは祖父母の申し出に甘えることにし、次の日には町を出て乗り合いの馬車でアルベイルへと向かった。
初めて町を出て都会へと赴くチャック。都会というものに対する漠然とした憧れはあるが、今はそれよりも不安な気持ちの方が大きい。
きっと、家を出た時のチャップもこんな気持ちだったのだろう。むしろ、もう家には帰らないと決心していた分だけ彼の方が不安感も大きかったのではなかろうか。
しかも、チャップは当時、まだ成人したばかりの15歳の少年だった。何の後ろ盾もなく、知識も経験もなく、金もない。そんな少年が誰の力も借りることなく自分1人だけで身を立てるのはどれだけ大変だっただろう。どうにか身を立てたと思った矢先に両足を失い、どれだけ辛かっただろう。
家を出てからのチャップの人生にどんな物語があったのか詳細なことは分からないが、そのことを考えると泣きたくなってくる。しかも、それが自分のせいだと思うと尚のことだ。
早く兄に会いたい。気持ちは逸るが、しかしそれで馬車の進行速度が速くなる訳ではない。
歩くよりは早いが、それでももどかしいほど鈍足な馬車に揺られること5日、チャックは遂に兄がいる街、アルベイルに到着した。
地元を離れて初めて目にする大都会の景色。流石、かつての王都だけのことはある、自分の視界に収まらぬほど広大なアルベイルの威容に圧倒され、チャックは市壁の入場門の時点で息を呑んでいた。
まるで熱に浮かされたようなおぼろげな足取りで旧王都に入ったチャック。ボーッとした状態でしばらくフラフラと歩いてから、チャックはハッと我に返った。自分は都会を観光しに来たのではない、兄を探しに来たのだ、と。
チャックたち家族にチャップのことを教えてくれたダンジョン探索者ギルド職員ラモンによると、兄が勤めている店の名前はナダイツジソバ。店を出している場所は大公城を囲う城壁の一角なのだという。
ラモンは簡単なアルベイルの地図を書いてチャックに渡してくれたが、まず目指すべきは大公城である。この大公城は市壁の外側からでも目視出来るほど巨大で、尚且つ街の中央に位置しているのでそこを目指す分には街の何処にいようと迷うことはない。
「にしても広いなあ、旧王都……」
明らかに田舎から出て来たばかりのおのぼりさんといった感じでキョロキョロしながら旧王都の大路を行くチャック。かれこれ30分は歩いているのだが、まだまだ旧王城には着きそうにない。
こうやって街並みを見ていると、その様相がつくづく田舎の町とは違うことを思い知らされる。普通に建っているただの民家やそこいらの小さな商店ですら趣に溢れた由緒あるもののように思えるから不思議だ。心なしか、道行く市民ですらも田舎のそれとは違う洗練された人々であるかのように思えてくる。
そうやってのろのろと大路を歩くこと1時間、チャックはある場所が目に留まり、はたと足を止めた。
「あれは……」
大きな看板の横に、これまた大きなラウンドシールドを掲げた、周りの商家よりも一際大きな食堂だ。
「大盾亭…………」
貴族どころか都会の住人ですらない田舎者ではあるが、金銭も扱う商売柄、チャックは平民ながら読み書き計算が出来る。だから看板の文字も読めたのだが、そこには『大盾亭』と書いてあった。
チャックの故郷、ノルビムの田舎町にまで名が轟く有名な食堂だ。
何でも、この店を興した初代料理長は有名なダンジョン探索者で、その大きな鋼鉄のラウンドシールドで仲間を守るだけでなく、野営となるとラウンドシールドを鍋代わりにして料理をしていたのだという。
そんな彼がダンジョン探索者を引退した後に始めたのがこの店で、ラウンドシールドに見立てた大鍋で作る煮込み料理が名物となっている。
表から見るだけでも、店が客で賑わっているのが分かる。流石、都会の有名店だ、田舎のそれとは活気がまるで違う。
「凄いなあ。店にいるお客さんだけでも、うちの町の人口より多いんじゃないかなあ」
実際はそこまで大勢の人間が詰めかけている訳ではないのだが、ともかく店の賑わいは凄まじいものだ。大樹亭とは比べものにならない。
都会の競争に勝ち続け、生き残り老舗と呼ばれるまでになった大盾亭。流石にこの店ほどではないだろうが、兄が勤めるというナダイツジソバは如何ほどのものか。
本当なら噂に名高い大盾亭で勉強がてら食事をしてみたいところだが、今はとにかく兄に会う方が優先される。
名残惜しくはあるが、チャックはそのまま歩いて大公城を目指した。
ある程度時間が経ち、高揚した気持ちが幾分落ち着いてきたからか、今度は脇目も振らず歩き続けるチャック。そうして30分も歩くと、どうにか大公城の前に到着した。
「でっかいなあ………………」
古くはあるが、決してボロではなく歴史を感じる重厚な巨城。流石、元は王城だっただけはある。この大公城を囲む城壁の一角にナダイツジソバがある筈だ。
途中で巡回中の兵士に道を訊いておいたのだが、ナダイツジソバは大公城から見て左側に沿って行くとあるらしい。
大公城の雄大な様相をしばし堪能してから、チャックは再び歩き出してナダイツジソバを目指す。そうしてしばらく歩いた後、チャックの目に奇妙な光景が飛び込んで来た。
「んん? 何だ、あれ?」
何故だかは分からないが、遠目から見ると何もない筈の城壁に人が列を作っている。あれは一体何をしているのだろうか。
チャックはそんなふうに思いながら歩き続けるのだが、もう少し歩いたところでその理由が分かった。
「うわ、何だこれ……!?」
思わず驚きの声を上げるチャック。
城壁に列を成していた人たち。彼らは別に城壁に並んでいたのではない、そこにある店に並んでいたのだ。
分厚い城壁をくり貫き、そこにピッチリ嵌るように建てられたのだとしか思えない1軒の食堂。城壁を貫通するように建っていることすら異常なのに、何と店の前面が透明なガラス張りになって店内の様子が丸見えになっている。しかも戸までガラス製で、恐らくは魔導具によって自動で開閉するようになっているらしい。
恐らくはこれが兄が勤めているのだという食堂、ナダイツジソバ。看板は全く知らない異国の文字で書かれているので読めないが、そうと見て間違いない。
店の大きさとしては、先ほど見た大盾亭より遥かに小さい。ナダイツジソバは最近出来た店だとラモンも言っていたから、チャックも流石に大盾亭よりは小さいと思っていたし、もう少し格下の店だと思っていた。
だが、実際はどうか。大公城の城壁の内部という異常な立地に、凡そ食堂とも思えない異様な外観、外にまで列が出来るほどの客の入り。料理店としてあまりにも異質過ぎて大盾亭とは比較にならないように思える。むしろ比較対象になる料理店など何処にも存在しないのではなかろうか。
「うちの兄ちゃん、こんな店に勤めてるのか……?」
常識の埒外にいるようなこの店に、はたして、本当にあの真面目で一本気で、何より常識的な兄がいるのだろうか。
チャックは今になってそのことが少し不安になってきた。
※西村西からのお願い※
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