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ギフト『名代辻そば異世界店』

「んぅ……?」


 文哉が目を覚ますと、眼前には真っ青な大空が広がっていた。

 一瞬だけ「また天国か?」と思ったが、しかし空には雲も浮いているし、何より太陽が昇っている。しかも鼻孔から吸い込む空気が妙に土臭い。

 その場で地面に手を突き立ち上がると、はたしてそこは、何処ぞの道の上だった。

 舗装されている訳ではないが、踏み固められて土が剥き出しになっている道。幅はトラック2台分くらいはあるだろうか、結構広い。一直線に続く道の先は目視では確認出来ず、文哉の目には彼方まで続いているように見える。土が露出していない場所は背の低い草で埋め尽くされた草原然としており、その草原が途切れた場所は森のように見えるし、遥か彼方には山も見える。それでいて潮風は感じないから現在地は内陸部だと思われる。

 念の為に自分の姿を確認してみると、見慣れた自分の身体である。服装は辻そばの制服。恐らくは死んだ時に着ていたものがそのまま再現されているのだろう。

 文哉が狐か狸に化かされたのでもなければ、ここは恐らくあの神が管理する異世界。そして文哉は地球からこの異世界に転生したことになる。しかしそれを確認しようにも周囲に人影はなく、誰かに何かを訊くことも出来ない。

 どうしようか、とりあえずあてもなく道を歩いてみるか、などと考えていた文哉だったが、ふと、あることを思い出した。


「そういえばあの神様、確かステータスオープンて唱えろ、とか言ってたよな……?」


 神は文哉に辻そばが異世界でも営めるギフトを授けたと言っていたが、その詳細は現地で確認しろと言っていた。確認方法はステータスオープンと唱えること。

 ここで途方に暮れる前に、とりあえずギフトの確認でもするか、と文哉は気を持ち直した。


「では、改めて……。ステータスオープン!」


 文哉がそう唱えた瞬間、眼前にテレビゲームのステータス画面のようなものが浮かび出た。


「うわッ!」


 いきなりのことに文哉は情けない声を出して驚いてしまったが、神の話の通りならここはファンタジーの異世界である。これくらいで驚いていては身体が持たないだろう。

 文哉は「コホン」と咳払いをして自分を落ち着かせると、改めて眼前に表示されたステータス画面を検めた。






************************************


名前:夏川文哉


年齢:30


性別:男


種族:人間


レベル:1


筋力:10


体力:10


魔力:0


俊敏:10


器用:30


知力:50


次のレベルアップ:10EXP(現在0EXP)


ギフト:名代辻そば異世界店レベル1(ギフト名に触れると詳細が表示されるよby神)


************************************






「はあ?」


 自分のステータスを見た瞬間、文哉は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。ステータスの値が低いことに驚いたのではない。ギフト名の隣に表示されている『ギフト名に触れると詳細が表示されるよby神』というふざけた文に対して声を上げたのだ。


「何だ、あの神様? もっとこう、雰囲気とか考えてくれよな……」


 先ほどまで途方に暮れていた文哉の陰気を吹っ飛ばすかのような神の一文。全く気が抜けてしまうが、暗く沈んでいるよりはマシなのかもしれない。

 文哉は苦笑しながらそっとステータスのギフト欄を指で触れてみた。






************************************


ギフト:名代辻そば異世界店レベル1の詳細


名代辻そばの店舗を召喚するギフト。店舗の造形は夏川文哉が勤めていた店舗に準拠する。

店内は聖域化され、夏川文哉に対し敵意や悪意を抱く者は入ることが出来ない。

食材や備品は店内に常に補充され尽きることはない。

最初は基本メニューであるかけそばともりそばの食材しかない。

来客が増えるごとにギフトのレベルが上がり、提供可能なメニューが増えていく。

神の厚意によって2階が追加されており、居住スペースとなっている。

心の中でギフト名を唱えることで店舗が召喚される。

召喚した店舗を撤去する場合もギフト名を唱える。


次のレベルアップ:来客1人(現在来客0人達成)

次のレベルアップで追加されるメニュー:わかめそば、ほうれん草そば


************************************






「店舗の召喚? 俺が店長を任された水道橋店がそのまんま現れるのか? マジかこれ?」


 ファンタジーの異世界に現代日本の辻そばの店舗が現れる。しかも食材は無限で2階に居住スペースまである。ギフトという異能が一般的にはどういう認識になっているのか異邦人の文哉には知る由もないが、自分のそれが破格のものであるということは漠然と分かる。どうやら神は文哉にかなりサービスしてくれたようだ。 


「………………誰もいないし、ちょっと試しに店を召喚してみるか」


 そう言いながら、文哉は道から草原まで移動した。道の真ん中に召喚してしまったら、万が一誰かが通った時に邪魔になるからと配慮したのだ。

 文哉は改めて気持ちを引き締めてから声を発した。


「よし! 名代辻そば異世界店!」


 そう唱えた次の瞬間である、まるで魔法のようにボフンと音を立て、それまで雑草しか生えていなかった場所にいきなり辻そばの店舗が出現した。


「お、おお……ッ!? 本当に水道橋店だ!」


 文哉は思わず感嘆の声を上げてしまった。

 眼前に突如として出現した、見慣れた辻そばの店舗。それが思った通り、自分が店長として切り盛りしていく筈だった水道橋店の店舗そのものだったからだ。これで、この異世界でも辻そばをやることが出来る。この場所で本来始まる筈だった人生の第二幕を開始することが出来る。最初はこんな辺鄙な場所に送りやがって、と、ちょっと憤っていた文哉だったが、今は神の粋な心遣いに感謝していた。


「どれ、早速……」


 いつもは従業員用の裏口から入るのだが、今回は堂々と表から入る。文哉が近付くと、一体何処から電力が供給されているのか、人感センサーが反応して自動ドアが開いた。

 誰もいない店内だが、天井のスピーカーから流れる演歌が文哉を出迎える。辻そばと演歌は切っても切り離せないもの。まさか異世界で演歌を聞けるとは思っておらず、文哉は思わず目頭が熱くなった。


「へっ、神様も粋なことなさるね」


 この場に一人きりだというのに、文哉は照れ隠しのように鼻の下を擦る。


「しかし、本当に寸分違わず水道橋店だな」


 特徴的な細長いU字のテーブルに、スクエア型のテーブル。奥は厨房になっており、その厨房の中に従業員用のバックルームがある。店の隅に男女兼用の手洗い用個室。その個室の横にある階段は初めて見るものだが、恐らくはこれが居住スペースになっているという2階へと続く階段なのだろう。本来なら入り口付近に券売機が設置してあるのだが、それは見当たらない。異世界では普及しないと考え、神が排除したのだろうか。卓上のメニューを手にとって見てみると、日本語のメニュー表記の上に解読不能な文字で何か書かれている。恐らくはこれが、この異世界で使われている文字なのだろう。今のところメニューに載っているのはかけそばともりそばのみ。値段はどちらも340コルとなっている。


「コル? 異世界の通貨単位のことか?」


 辻そばのかけそばともりそばはどちらも本来340円。こちらの世界でも同じ340だということは、1コル1円と考えて良いということだろう。円とコルとのレートを考えるような面倒なことにならず文哉としてはありがたいが、実に奇妙な一致である。


「ま、いいか。早速厨房を覗いてみよう」


 2階も気になりはするのだが、やはり最も気になるのは厨房だ。

 カウンターの外から厨房に入ると、見慣れた道具の数々が文哉を出迎えた。

 大きな寸胴の中で湯気を立てる温かい出汁、芳醇な香りを漂わせるかえし、棚に並んだ食器、バットに盛られた薬味のねぎ、巨大な業務用冷蔵庫。


「ああ……本当に辻そばだ………………」


 寸胴から漂う出汁の香りが鼻孔を満たし、抗い難いほどの郷愁を掻き立てる。

 もう辛抱ならんと、文哉は早速生のそばをひと玉手に取り、茹で始める。数分茹でてからてぼを寸胴から取り上げ湯切り、そばつゆを注いだどんぶりにさっとあけてねぎとわかめをひと摘み。長年の手癖でさっと作ってしまったが、ともかくかけそばの完成だ。

 熱々のどんぶりを手にもってテーブル席へ。

 パパッと七味をかけてから割り箸を割り、一息にずぞぞ、と啜り込む。


「美味い……。これだよ、これ、うん…………!」


 そのまま一気にそばを喰らい、つゆまで飲み干す文哉。

 ギフトによって生じたものだったので少し不安だったのだが、これは見事に名代辻そばのかけそばである。コシのある七三のそば、鰹と昆布の合わせ出汁と特製のかえしを合わせたそばつゆ、ぴりりと辛味が利いたねぎ、わかめ、薫り高い七味唐辛子。この温かさも喉を通る感覚も胃に溜まる感覚も全て本物。そこに嘘は何もない。

 これならば大丈夫だ。辻そばをやっていける。

 文哉がそう確信し、思わず笑みを浮かべたところで、不意に、店の自動ドアが開いた。


「すまんのだが、よろしいか?」


 文哉が驚いてどんぶりから顔を上げると、店の入り口付近に一人の男が立っているのが見えた。


※西村西からのお願い※


ここまで読んでいただいてありがとうございました。

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