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コロッケそばは巡る イシュタカのテオ編②

 結果的に言うと、王都ではテッサリアに会うことは叶わなかった。

 彼女が王都の第3研究所なる組織で働いていることは叔母からの手紙に書いてあったのだが、その第3研究所の場所がテオには分からなかった。

 だからまずは街の人に訊ねたのだが、皆一様にそのような名前の組織は知らないと首を横に振る。

 叔母からの手紙によると、その第3研究所というのはギフトの研究を専門にしている国営の研究機関らしい。ならばと、今度は王城まで赴こうとテオは考えた。貴族や役人ならば流石に研究所の場所も分かるだろうとテオなりに推測したからだ。

 だが、王城まで行くどころかその前の前、城に続く大門の時点で警備兵に止められてしまった。テオは彼らに事情を説明したのだが、まともに取り合ってすらもらえず追い返され、途方に暮れていた。が、そこへ声をかけてくれる救いの神が現れる。テオが警備兵と押し問答しているところにたまたま通りかかった、城勤めのとある貴族だ。

 カンタス侯爵と名乗ったその貴族はどうやらテッサリアと旧知の間柄らしく、ここだけの話だと前置きしてから親切に第3研究所の場所を教えてくれた。のだが、しかしここでも問題が起こる。

 尋ねて行った先でようやく第3研究所を発見したと思っていたら、何と、テッサリアは今、王都にいないと対応してくれた職員が言い出したのだ。

 その職員によると、テッサリアは今、旧王都と呼ばれるアルベイルの街に出向しており、いつ戻るのかも分からないのだという。


「今度は旧王都か……」


 テッサリアの行方、その手掛かりを掴めただけまだ救いはあろうが、しかし無駄にたらい回しにされている感は否めない。

 父が長年大事にしていた貴重なパナケイアまで使ってイシュタカ山脈から降りてきたというのに、自分は一体何をやらされているのか。


 そんな鬱憤を抱えたまま飛ぶこと数日、テオは遂に旧王都アルベイルに到着した。

 風光明媚な古都の景色は実に壮観だが、まずはこの街でテッサリアの行方を捜さなければならない。

 ここはヒューマンばかりの街だからエルフの彼女は目立つだろう。王都ほどは苦労せずに探し当てられる筈だ。

 そう思ってまずはたまたまそこを通りかかったダンジョン探索者らしき男性に声をかけると、意外にもすぐさまテオの望む答えが返ってきた。


「女のエルフ? ああ、あのいつ行ってもツジソバにいる大食いの女エルフのことか?」


 男性は心当たりがあるというふうに訊いてきたのだが、テオは一瞬、テッサリアのことを言われているのだと分からなかった。


「え? 大食い?」


 テオの記憶の中のテッサリアは線の細い華奢な少女だ。大食いどころかこちらが心配になるくらい食が細かった筈。

 ヒューマンの街にそう何人もエルフがいるとは思えないが、しかし彼の言っているエルフがテッサリアのことだとも思えなかった。


「それは本当にテッサリアのことなのか?」


「何だ、違うのか? 俺が知ってるエルフっつったら、あのツジソバの常連のネーチャンだけだぞ?」


「ツジソバとは……?」


 ツジソバ。耳に馴染みのない言葉だ。彼の言葉から察するに何かの店、恐らくは飲食店のようなものなのだろうが、はたしてツジソバとは如何なるものなのか。

 テオが不思議そうに眉根を寄せたのが目に入ったのだろう、男性は苦笑しながらこう訊いてきた。


「おめぇさん、最近里から出て来たクチかい?」


「あ、ああ、ちょっと街に用事があってな……」


 唐突な質問に、何処か田舎者臭さでも出ていただろうかとテオが困惑していると、彼はまたも苦笑して言葉を続けた。


「だったら知らなくても無理はないか。ツジソバってのはな、この街で今、一番勢いがある食堂の名前だ」


「ふむ」


「旧王城の城壁沿いに店を構えているから、見たらすぐに分かると思うぜ? すげぇ目立つからな」


「城壁沿いに……」


 城壁の周辺が大公城の敷地だということは分かる。つまり、そのツジソバなる食堂はアルベイル大公が出している店なのだろう。


「ツジソバの常連女エルフがあんたの尋ね人じゃないとしても、もしかしたら、そいつがあんたの探している人のことも知ってるかもしれないぜ? ヒューマンの街にいるエルフ自体がそもそも珍しい存在だからな。案外、知り合い同士ってこともあるんじゃないか?」


 確かに、それは彼の言う通りだ。エルフは基本的に魔素溜まりのある地域からあまり出たがらない。勿論、それ以外の場所でも暮せることは暮せるが、あまり住みやすいと思えないからだ。ヒューマンやビーストで例えるのなら、空気の薄い高地で暮すようなものだろうか。暮せないことはないが平地ほど住みやすい場所とは言えないだろう。

 そんな場所に暮す数少ないエルフ同士であれば、知り合いや顔見知りという可能性はかなり高い。テオであれば、ヒューマンの街で同族を見かければまず間違いなく声をかける。


「分かった。大公城の城壁沿いだな?」


「そうだ。んじゃあ、俺はもう行くぜ」


「ありがとう。世話になった」


 親切な男性と別れて、テオは言われた通りツジソバなる店に向かった。

 まずは街の外からでも見える巨大な大公城へ向かい、そこから城壁沿いに歩いて、彼の言っていたツジソバを目指す。


 あの男性も言っていたが、ツジソバなる食堂に入り浸っているエルフがテッサリアと知り合いだという可能性はかなり高い。どうにもテッサリアが大食いだというイメージが湧かないので本人がいるとは思えないのだが、それでも彼女に繋がる情報が得られる可能性は濃厚だ。仮に今日はいなくとも、店の前で見張っていれば遅くとも明日には会えるだろう。


 都会の人たちの遠慮のない、もの珍しそうな視線を浴びながら、しかしそれを気にする様子もなく大路をゆくテオ。

 まずは大公城まで歩き、歴史を感じさせるその重厚な趣に感心してから、今度は城壁に沿って歩き出す。そうしてしばらく歩いていると、何やら城壁の一角に人だかりが出来ているのが見えた。


「あれは何だ?」


 何故、何もない筈の壁に人だかりが出来ているのか。不思議に思ったテオがその人だかりに向かうと、その理由が分かった。


「これは………………」


 人だかりの手前で立ち止まったテオは、それを呆然と見つめていた。

 彼らは何もない壁に集まっていたのではない、壁に同化するように佇むその店に集まっていたのだ。


「これが……ツジソバ…………?」


 前面がガラス張りになっており、奇妙な異国の文字が書かれた看板を掲げた、明らかに周囲から浮いた雰囲気を纏う不思議な食堂。

 都会に出て来たばかりの田舎者であるテオにも分かる、この店だけがこの旧王都にあって異質なのだ。

 ツジソバなる店の威容を前に、テオはただただ圧倒されるばかりであった。


※西村西からのお願い※


ここまで読んでいただいてありがとうございます。

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