思いがけず看板娘ゲットだぜ(2回目)
施錠していた筈の開店前の店に突然現れた、ボロボロの恰好をした少女。
爬虫類のような鱗や尻尾が特徴的な不思議な少女だが、彼女は腹を減らしていた様子で、まかないとして食べていたおにぎりを分けてあげると泣きながらそれを食べた。そして食べ終わるや、彼女は困惑している文哉たちに自分のことを話して聞かせてくれた。
彼女の名前はリン・シャオリンで、魔族という人種らしい。驚くべきことに三爪王国なる国の王女様だそうで、王族の修行として100年間の外界修行中なのだという。
この旧王都には同じく外界で修行中の兄を頼って来たらしいのだが、彼はもう旧王都から出立しており、その後の行方は分からなかったとのこと。
そして、途方に暮れて歩いているところでこの名代辻そばを発見、店内で朝のまかないを美味しそうに食べる文哉たちを見て、引き寄せられるように店内に入ったそうだ。
ちなみに施錠された入り口を開けられたのは彼女が『解錠』という鍵開けのギフトを持っているからだそうで、ピッキングではないのだという。
魔族という人種がいることは、文哉もルテリアから聞いて何となくは知っていた。ただ、まだ10歳くらいの子供にしか見えないシャオリンがもう100歳で、しかも寿命が1000年くらいあるというのには驚いてしまった。
そして彼女が他国の王族だということにはもっと驚いてしまった。普通、いち国家の王女が他国でこんなにボロボロになっていたら国際問題になると思うのだが、修行中は例外的にどんな目に遭おうとも一切問題にならないのだという。
恐らくは王宮でぬくぬく育った子供たちに世間の厳しさを教えるとか、そういう目的で行われる修行なのだろうが、着の身着のままというのはいささかやり過ぎだろうと文哉は思う。せめて当座の軍資金ぐらいは用意してやってもいいのに、と。
まあ、よその家のことなので言うだけ野暮なのかもしれないが。
シャオリンの話を聞いた3人は、それぞれ違う表情を浮かべた。
文哉は何か考え込むように。
ルテリアは何とも言えない、痛ましいものを見るように。
チャップは憮然とした表情に。
そのチャップが、僅かに逡巡した後に口を開いた。
「……でもさあ、魔族って他の人種よりずっと強いんだろう? だったらダンジョン探索者とかで食っていけるんじゃないか?」
かつてはダンジョン探索者ギルドの職員としてダンジョンに潜っていたチャップである、そう提案するのも無理からぬことだが、しかしシャオリンは口を真横に結んで首を横に振った。
「魔物とは戦いたくない。別に同族とかじゃないけど、神様が私たち魔族を創る時の元になった生き物だから…………」
そう、魔族は魔物の特徴を持った人種なのだ。敵性生物でも生き物を殺すということには常に忌避感が伴う。それが自分たちのルーツとなった魔物であれば一層の忌避感が募るのだろう。
そもそも魔族のダンジョン探索者がほとんど存在していないという点から見てもそれは明白である。
チャップは「ふうむ……」と唸ってから次の案を口にした。
「じゃあ、傭兵とかは?」
ダンジョン探索者とは違い、傭兵は主に人間相手の仕事だ。
戦争のない今の時代、傭兵の任務は主に商隊や自前の騎士団を持たぬ法衣貴族の護衛といったものになる。
どんな時代になっても盗賊や山賊といった悪人共は尽きない。そして武装した護衛がいるのに目先の欲に囚われて襲いかかってくる馬鹿者共も尽きることはない。
故にいつの時代も傭兵の需要は存在する。
だが、これについてはシャオリンは顔を歪めて明確な拒絶の意思を示した。
「人殺しはもっと嫌。殺すんじゃなくても、戦ったり人を傷付けるのは嫌」
それはそうだろう。ごく普通のことだ。魔物と戦うよりも、姿も似通っていて言葉も通じる他人種と戦うことの方がずっと辛い。
「まあ、人としては真っ当な感覚だよな。ファンタジーな世界だからって、俺も別に戦いとかしたくないし」
同意するように頷きながら文哉が言うと、チャップが不思議そうな顔を向けてきた。
「ん? ファンタジーって何です?」
「ああ、気にしないで。こっちの話、こっちの話……」
「そうすか……?」
チャップは尚も不思議そうな顔をしているが、彼のことは放っておいて文哉はシャオリンに向き直った。
「これからどうするとか決めてるの?」
「ううん、何も……」
「じゃあ、どうしたいとかってある? やりたいこととかさ?」
「分からない。今まで働いたことないから……」
顔を俯け、沈んだ様子で首を横に振るシャオリン。
彼女は今、誰の目から見ても人生に迷っている。頼る者はおらず、さりとて家に帰ることは出来ず、己の力のみを頼りに100年も生き抜かねばならない。100年とは人間、この世界風に言うのならヒューマンだろうか、そのヒューマンの生涯と同じだけの長い長い時間だ。
いくら身体能力がずば抜けているといっても、これまでお姫様として至れり尽くせりで暮して来た彼女に1人で生活出来るような力はない。
そして、この修行というのはその生活力を養う為の期間でもある。
ならば文哉がその生活力を鍛える役割を担っても構わない訳だ。
「店長……」
文哉と同じことを考えていたのだろう、言葉にこそ出さないものの、ルテリアも懇願するような目を向けてくる。
そういうルテリアに、文哉も同意を示すよう頷いて見せる。
「そうだね、このまま放り出すわけにもいかないしな……」
言いながら、文哉はおもむろにシャオリンに向き直り、彼女の肩に両手を置いた。
「これはちょっとした提案なんだけどさ、うちで働いてみるかい、シャオリンちゃん?」
シャオリンにとって、その言葉は意外なものだったのだろう、彼女は驚いたというふうに顔を上げた。
「え?」
と、シャオリンが呆けた声を出す横で、チャップがなるほど、と言うように手を叩く。
「あっ、店長、それ名案ですよ! うちは新しい従業員を探していて、シャオリンちゃんは自分で稼いで食ってかなきゃならない。お互いの求めることが一致している」
文哉はチャップに「そういうこと」と返してから言葉を続ける。
「まあ、この子の立場が立場なだけに、大公閣下には話を通さないといけないだろうけどね」
「ですね。何せ他国のお姫様ですしね」
チャップの言葉に頷いてから、文哉はシャオリンに向かって微笑んだ。
「もし、君が良ければなんだけど、うちで住み込みで働いてみるかい? うちはね、3食まかない付きで給金もまあまあいいよ?」
元々はルテリアを社員寮代わりに同じ部屋に住まわせようとしていたのだ、子供1人住まわせるくらいの空きはあるし、予備の寝具もある。
金の方もあと2、3人雇っても問題ないくらいには余裕がある。
きっと考え込んでいるのだろう、しばしの沈黙の後、シャオリンは静かに口を開いた。
「…………いいの?」
「ん?」
「私、ここにいていいの?」
そう言うシャオリンの目が赤くなり、見れば今にも零れ落ちそうなほど涙が浮かんでいる。
文哉は勿論だと頷いた。
「一緒に働いてくれるならね」
「またオニギリ食べさせてくれるの?」
「おにぎり以外にも美味しいものはあるけど、でも、おにぎりも作るよ、君が食べたいなら」
文哉が優しくそう言うと、シャオリンは大きく目を見開き、遂にボロボロと涙を零して泣き始めた。
嗚咽を洩らしながら泣く彼女の背を、ルテリアが優しく撫でている。年齢的にはシャオリンの方が上だが、今の2人はさながら姉妹、ルテリアが姉でシャオリンが妹のように文哉の目には見えた。
この2人が一緒に働いてくれれば、きっと似合いのコンビになるだろう。
シャオリンはひとしきり泣き続けてどうにか嗚咽が収まってから、目元の涙を拭って改めて文哉に向き直り、深々と頭を下げた。
「分かった。働く。ううん、働かせてください……」
その姿を見て、文哉、ルテリア、チャップの3人はお互いに顔を見合わせてから頷いた。
「よし、決まりだ! よろしくね、シャオリンちゃん。俺はこの名代辻そばの店長、夏か……と、フミヤ・ナツカワだ」
「私はルテリア・セレノよ。よろしくね」
「俺はチャップだ。俺も新入りだから一緒に頑張ろう、シャオリンちゃん」
3人は口々に自己紹介しながらシャオリンに笑顔を向ける。
シャオリンはそれが何だか嬉しくて、初めて受け入れてもらえたような気がして、思わず笑みが浮かんでしまう。
「よろしく、お願いします……」
見ず知らずの自分に優しくしてくれたこの3人の為、そして暖かな場所であるこの店の為に働こうと、シャオリンはそう決心した。
※西村西からのお願い※
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
よろしければブックマークと評価【☆☆☆☆☆】の方、何卒宜しくお願いします。モチベーションに繋がります。




