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三爪王国王女リン・シャオリンと魔族をも魅了する悪魔のおにぎり②

 早朝。ガラス張りの不思議な食堂で美味しそうに食事をしている3人のヒューマン。極度の空腹も手伝ってか、シャオリンはその光景から目が離せなかった。

 お互いに笑顔を浮かべながら、本当に美味しそうに麺を啜り、何か三角形のものを食べる3人。店の外にも微かに会話が洩れてくるのだが、しきりに美味しいと感動の声を上げている。


「なんだろう、あれ…………」


 言いながら、シャオリンはゴクリと生唾を飲み込んだ。

 薄茶色に色付いた三角形の何か。遠目に見た限りでは、何かの粒の塊のようにも思える。その塊を一口齧って頬張り、麺が入っている器からスープを啜る。そうすると、3人はえもいわれぬ表情で笑顔を浮かべるのだ。

 何という幸せそうな光景だろうか。

 人にもよるのかもしれないが、家族や友人のような大切な誰かと一緒に食べる食事はそれだけで美味しいし、楽しいし、嬉しい。シャオリンはそういう賑やかな食事の風景が好きだ。


 自分もあの楽しそうな、温かそうな、そして美味しそうな食卓の輪に入りたい。そう思うと、シャオリンの身体は意識せず勝手に動いていた。

 ふらふらとした足取りのまま施錠されたガラス戸を解錠のギフトで開け、そのまま中に入る。

 きっとまだ開店時間ではないのだろう、まさか自分たち以外に店内に人がいるとは思っていないらしく、3人はシャオリンの存在に気付いていない。

 そんな3人の背後で、シャオリンは静かに口を開いた。


「美味しそう………………」


 店内に漂う温かく柔らかな料理の香り。茶色いスープに沈む麺も美味しそうだが、シャオリンが特に目を引かれたのは、3人が口々に「美味しい」と絶賛しながら食べている謎の三角形だ。恐らくは穀物の粒を握り固めたものだろうが、どうやら麦の粒ではないらしい。初めて見るものだ。が、その初めて見る筈のものが何故だかとても美味しそうに見える。


「え?」


 突然、背後から声をかけられた3人がギョッとした様子でシャオリンの方に振り返る。シャオリンの姿を確認した3人は混乱している様子だ。それはそうだろう、今はまだ店が開く時間ではないだろうし、入り口の戸は施錠されていた。本来人など入って来る筈がないのだ。彼らにしてみればシャオリンはいきなり現れた謎の侵入者。

 しかしながら上手く思考力が働いていない今のシャオリンには、3人の様子を気に留める余裕はなかった。


「その三角のやつ、とっても美味しそう………………」


 言いながら、シャオリンは皿の上に乗っているあの三角形の穀物の塊を指差した。先ほどから視線はずっとその三角形に釘付けになっている。


 3人は驚いているようだが、しかしシャオリンのことを殊更警戒している様子はない。普通なら突然侵入者が現れれば捕まってもおかしくはない。それなのに捕まえるどころかこちらに触れてくることもなく、ただただ不思議そうな表情でシャオリンのことを見つめるばかりだ。


「お嬢ちゃんは……どっから来たんだい?」


「というか何処から入ったんでしょう?」


「俺、店に入った後にちゃんと施錠しましたよ?」


 三者三様に口を開くが、その声は空腹でボーッとしているシャオリンの耳から耳へ抜けてゆく。

 今考えられることは、ただただ、目の前の三角形を食べてみたいという、それだけのシンプルな欲求だけだ。


「三角のやつ……」


「三角? ああ、おにぎりかい?」


 黒髪の青年が、茶色い三角形が乗った皿を手に持ち、そう訊いてきた。


「オニギリ?」


「そう、これ、おにぎりっていうんだ。食べるかい?」


「いいの……?」


「いいよ。食べな、ほら」


 そう言って、青年はオニギリが乗った皿を差し出してくる。

 だが、僅かな逡巡の後、シャオリンは首を横に振った。


「……でもわたし、お金持ってない」


 本当は食べたい。喉から手が出るほど食べたいし、今も口の中から生唾が湧いて出て止まらないくらいだ。だが、ここは食堂だ、何かを食べるにしても金がかかる。着の身着のままで三爪王国を出て脇目も振らずアルベイルへ来たシャオリンには1コルの持ち合わせもない。欲望に負けてここでオニギリに手を出せば無銭飲食で捕まってしまう。今は修行中の身であれど三爪王国の姫として犯罪者になる訳にはいかない。


「お金はいいよ。これはメニューにも載ってないまかないだからね。さ、食べな」


 しかし、シャオリンの心配を他所に青年は柔らかい微笑を浮かべたままオニギリを勧めてくれた。

 優しそうな笑顔だった。この旅で初めて触れた人の温かさに、シャオリンは思わず泣きそうになってしまった。


「うん……」


 目元に涙を溜めながらオニギリを手に取り、震える手でそれを一口頬張るシャオリン。

 そのたった一口を咀嚼しながら、シャオリンは滂沱のような涙を流していた。


 美味しい。


 穀物の優しい甘味、醗酵調味料のしょっぱさ、サクサクとした何かの歯触りと油のコク、濃厚な魚介の風味。歯で感じる食感、鼻で感じる風味、舌で感じる味、その全てがシャオリンにオニギリの美味を伝えている。

 この2週間ばかりで初めて食べるまともな料理。しかしてそれはシャオリンがこれまで出会ったこともない未知の料理。そんな未知の料理がこんなにも美味しい。その優しさが、その温かさがボロボロになった身体に、疲弊した心に染み渡る。


「おいしい、おいしい…………」


 人目も憚らず泣きながら、シャオリンは次々にオニギリを頬張り続ける。

 そんなシャオリンの姿を見て、3人はそれぞれ動き出した。


「よっぽどお腹減ってたんだね。ほら、これ、俺の分も食べていいよ」


 茶髪の青年がそう言って自分の分のオニギリも差し出す。


「私、この子のお水持ってきます。おにぎりだけじゃ喉詰まっちゃう」


 金髪の女性は立ち上がって厨房の方へ行く。


「お嬢ちゃん、もっと食べられるよね? ちょっと待っててね、今、コロッケそば作ってくるから。ああ、そうだ、おしぼりもあった方がいいな」


 黒髪の青年もそう言って厨房へ行った。コロッケソバとは何なのだろうか。シャオリンは見当もつかないが、ともかく美味いものなのだろう。何せ、この温かい店の料理なのだから。

 直感的に分かる。この店は温かさと優しさに溢れたとても良い場所だ。出来ることならずっとここにいたい。

 頭ではそんなことを考えながらも、オニギリを食べる手と口は止まらない。両手にオニギリを持って黙々と食べていると、不意に喉が詰まった。


「んぐッ!?」


 穀物を握り固めたものを水もなしに一心不乱に貪っていたのだ、こうなることは火を見るよりも明らかだった。


「あッ! この子、喉詰まりした! ルテリアさん、水、水!」


「はいはい今持って来るからちょっと待って!!」


 金髪の女性が苦笑しながら小走りで水を持って来る。

 喉にオニギリを詰まらせ、息が出来ず青い顔をしながら、シャオリンは何だか賑やかでいいな、何だか家族みたいだな、とそう思った。


※西村西からのお願い※


ここまで読んでいただいてありがとうございます。

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