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三爪王国王女リン・シャオリンと魔族をも魅了する悪魔のおにぎり①

 獣の特徴を持つ人種がビーストだとすれば、魔物の特徴を持つ人種が魔族だと言えよう。

 デンガード連合を構成する一国、三爪王国に住む魔族たち。

 ゴブリンの特徴を持つ小鬼族、スライムの特徴を持つ無形族、ゴーレムの特徴を持つ岩人族といった具合だ。

 そんな魔族たちを従える王は、代々魔王と呼ばれている。何とも仰々しい称号ではあるが、魔王は別に破壊と殺戮を振り撒き人の世を恐怖に陥れるような存在ではない。ただ単に魔族の王だから魔王と呼ばれているだけなのだ。事情をよく知らないヒューマンの国では魔王のことを恐怖の存在だと勘違いしているところもあるらしいが、そういう国は往々にして三爪王国と国交のない国だけだ。

 三爪王国を治めているのは、魔族で最強とも呼ばれている龍人族だ。

 龍人族はその名が示す通りドラゴンの特徴を持つ種族。基本的にはヒューマンに近い見た目だが、身体の一部が龍の鱗に覆われ、臀部に尻尾があり、背中には翼、頭頂部には角が生えている。そして何より長寿だ。流石に1500年近く生きるハイエルフほどではないものの、それでも龍人族は最長1000年は生きる。魔族ではアンデッドの特徴を持つ死霊族に次いで長生きだ。

 国名の三爪王国というのも、国を興した初代魔王が龍人族だったことに起因する。龍の特徴は3本の爪。そして歴代魔王はもれなく龍人族。故の三爪王国。


 さて、その三爪王国の王族には、代々受け継がれる掟がある。それは外界での100年の修行だ。

 三爪王国の王族に生まれた子は100歳になると国の外に出され、それから100年間を三爪王国以外で過ごし、外界のことを学ばなければならない。しかも国からの援助は一切なしで、帰国することも許されない。これは初代魔王が100年間世界を放浪した後に国を興した故事に由来しており、男女の別も王位継承権の上下も関係ない。仮に勝手に帰国しようものなら即刻王族から追放され、王家と関係のない平民として一生を過ごすことになる。


 この掟に例外はない。まだ100歳になったばかりのリン・シャオリンも御多分に洩れず国の外へ修行に出された。


 シャオリンは当代の魔王リン・リンチェイと側妃リン・シーリンとの間に出来た子で、末の娘だ。一応、王位継承権はあるものの最も下位で、将来は恐らく他国か国内の有力な家臣の下へ嫁に出されるだろう。

 そんな下位なら修行などしなくともいいのに、とシャオリン本人は思うのだが、しかし例外は許されない。父王は厳格なので抗議も聞く耳を持ってもらえず、結局は着の身着のまま国を追い出されてしまった。

 これから100年、シャオリンは自分で金を稼ぎ、1人で生きていくしかない。といっても手に職はなく、ギフトも何の仕事にも向かない『解錠』というものだ。これは手で触れた錠を鍵を使うことなく開けられるというもので、日常生活で使う機会はほとんどない。ダンジョン探索者の罠師であったり、或いは空き巣や強盗であれば垂涎のギフトなのだろうが、シャオリンは生憎どちらもやりたいとは思っていない。

 罪を犯すのは勿論御法度。そしてダンジョン探索者というのも気が進まない。ダンジョン探索者は嫌でも魔物と戦わなければならない職業だが、魔族は魔物の特徴を持つ人種。流石に魔物を同族とは思わないが、しかし殺して気分の良いものでもない。特に自分たち龍人族の特徴の元となっているドラゴンとは絶対に戦いたくない。刃を交えることを想像するだけで嫌悪感が湧く。これは本能というか、根源的なものだから仕方がない。


 シャオリンは一計を案じ、現在絶賛修行中の上の兄弟を頼ることにした。シャオリンの上には7人ほど兄姉がいるのだが、すぐ上の五男デュオロンがヒューマンの国、カテドラル王国で修行していた筈だ。デュオロンは5年に1回くらいの頻度ではあるが、定期的に家族皆に滞在先の国から文を出してくる律儀な男だ。4年前に来た文によると、今はカテドラル王国のアルベイルという大きな街にいるそうで、しばらくはそこに滞在するそうだ。


 シャオリンは昔見た地図の記憶と太陽の位置を頼りに、ただひたすら北上を続けた。龍人族は背中の翼で飛行出来るので、他の人種のように地上の地形に左右されず高速で移動出来る。眠くなれば適当な木の上で眠り、腹が減れば川で魚を取って適当に焼いて食う。そんな生活が2週間ほど続いた。無論、そんなに楽な生活ではない。木の上は硬くてゴツゴツしていて背中が痛くなるし、蜘やら蛾やらの虫も寄ってくるし、魚は身体能力に任せてどうにか取れるが、ブレスで焼くと黒焦げになってしまって美味くない。だが、焚き火で焼くと今度は生焼けになってしまい腹を壊して苦しんだ。

 肉体が強靭なので今のところどうにか死なずに済んでいるが、箱入り娘のシャオリンにはつくづく生活能力がないことが露呈した。早く兄を見つけねばいずれは死んでしまう。


 シャオリンは必死になって空を飛び、どうにかアルベイルに到着した。過去の記憶と己の勘だけを頼りにした旅だったが、奇跡的に辿り着くことが出来たのだ。

 ようやく兄に会える。これで助かった。これで肩の荷が降りたというふうに安堵したシャオリンは風光明媚な旧王都の景色には目もくれず、兄が逗留しているという宿に向かったのだが、しかし現実はそう甘くなかった。


「デュオロンさんでしょ、あんたと同じ魔族の? あの人、もう1年くらい前に出てったよ。え? 次に何処行ったか? あたしゃ知らないよ、そんなの。これから朝のお客が来るんだ。さ、もう帰っておくれ」


 宿の女将に告げられた絶望的な言葉。兄はしばらくここに逗留すると言っていたから、シャオリンはてっきり2、30年はアルベイルに滞在するものだと思っていたのだ。


 完全にアテが外れてしまった。これからどうすればいいのか。

 シャオリンには他に外の世界に頼れる人もいないし、1人で生きていくだけの金もない。そして自活出来るだけの生活力がないことはここまでの旅で嫌というほど思い知った。

 一体どうすればいいのか。硬い木の上で寝て生焼けの魚を食って腹を壊す生活を100年も続けなければならないのだろうか。

 宿を出たシャオリンは、行くアテもなくとぼとぼと旧王城の城壁に沿って歩いていた。


 ぐうぅ……。


 と腹が鳴っている。昨日から何も食べていない。


「ううぅ………………」


 思わず目元に涙が滲む。こんなふうに空きっ腹を抱えている自分が、どうにも惨めだった。

 三爪王国の王女である自分が何故こんな目に遭っているのか。どうして100年も国の外で生活しなければならないのか。こんなことをして何の意味があるというのか。

 思えば王宮での暮らしは何不自由のないものだった。豪奢な王宮に住み、大きな自室があり、そこには清潔で柔らかい寝床も豪華な服も沢山あり、食卓に着けば豪華な食事を出され、喉が渇けば美味い茶と菓子が出され。そういう至れり尽くせりの生活を当たり前に享受していたことが遠い昔のように思える。

 今なら分かる。あの生活は決して当たり前ではなかったのだ。寝床も服も食べ物も、王宮にあったものは全て国民の血税によって賄われ、侍女や執事といった者たちの献身によって用意されていた。

 察するに、この外界における100年の修行というのは、初代魔王の故事に結び付けてそのことを学ぶ為のものなのだろう。王族は国民によって生かされているのだと、それは当たり前ではなく感謝すべきことなのだと、そして王侯貴族は国民の為に生きねばならぬ義務があるのだと。


「ふう、ううぅ……」


 ボロボロと涙を零しながら目的地もなく歩き続けるシャオリン。

 何処か、住み込みで働かせてもらえるところに頭を下げよう、どんな仕事でも文句を言わずやろう、どんな粗末な食事を出されても感謝して食べよう。

 シャオリンがそんな決意を抱いた、その時だった。


「なに……これ…………?」


 歩いている途中でふと目に入った、とある建物。恐らくは店、食堂だろう。その食堂を見た途端、シャオリンは呆然と立ち止まった。

 三爪王国では見たことのない、前面が透明なガラス張りになった店。

 アーレスにあって、まるで別世界がそこに顕現したかのような不可思議な光景。シャオリンは俄かに、その光景に釘付けになっていた。


※西村西からのお願い※


ここまで読んでいただいてありがとうございます。

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