大剣豪『修羅』のデューク・ササキと基本のもりそば①
大陸の東の果てに、フラム公国という国がある。アードヘット帝国の属国で、帝都よりも少し小さいくらいの小国だが、この国には世界中に語られる伝説の人物が眠る墓がある。
世界を破壊せんとした炎の巨人スルト。そのスルトを斬った伝説のストレンジャー、大剣豪コジロー・ササキ。
伝説に曰く、彼はヒノモトなる異世界からアーレスに転生し、ただ己が剣を極めんが為、世界を行脚していたのだという。
彼はギフトを持たぬ異端のストレンジャーであった。神は彼にどんなギフトが欲しいかを問うたそうだが、彼は「いらない」と答えたそうだ。愛刀が己の手の内にあるのなら他は何もいらない、むしろ邪魔だと。
そこから始まる快進撃。東に剣の達人がいると聞けば東に赴き達人に勝負を挑み、西に強き龍が出るダンジョンがあると聞けば西に赴き龍を斬り伏せる。全戦全勝、一度たりとも負けることがなかった。
そんな中で次元の壁を破り現れたストレンジャー、炎の巨人スルト。スルトは人の世を破壊し己がものとする為に暴れ回った。街を潰し国を焼き、逃げ惑う人々を殺し回った。まさしく破壊の化身、死の権化。
この強大な敵に、コジロー・ササキはたった1人で立ち向かい、ただ一刀のもとにその巨大な首を刎ね飛ばした。
スルトを倒したコジローはただ一言だけ言ったそうだ。「ムサシより弱い」と。
今は昔の御伽噺。
だが、子供だったデュークは何よりこの伝説が好きだった。ギフトが人生を左右するとまで言われるこのアーレスで、ギフトもなしに伝説を打ち立てたコジロー・ササキ。血気盛んな男の子ならば憧れない訳がない。
何よりデュークの家、ササキ家には傍流とはいえコジロー・ササキの血が流れている。言わば、デュークはコジロー・ササキの末代の子孫なのだ。
それ故なのだろう、ササキ家の男子は代々戦いに関するギフトを授かってきた。最も尊ばれるのは剣のギフトだったが、それでも偉大な先祖を持つ武門の家として、戦いに関連するギフトを持つ男子が代々家を継いできた。
誰に言われるでもなく、少年だったデュークは毎日熱心に木剣を振り続け、剣の技を磨いた。本を読むより、友だちと遊ぶより、デュークは剣を振る方が好きで、それがただただ面白く、飽きることなく熱中していた。自分もいずれは天下無双に、この時代のコジロー・ササキになってやる、と密かな野望を胸に秘めながら。
しかしながら、デュークが授かったギフトは剣に関連するものでも戦いに関連するものでもない『錬金術』だった。家を継ぐ兄は『豪槍』という槍術のギフトを授かった。家族はコジロー・ササキに憧れるデュークのことを大層哀れみ、剣を捨てて錬金術師になることは何も恥ではないと説いた。だが、デュークの耳に家族の言葉は届かなかった。耳を貸さなかったのではない、ただ「別に落ち込んでなどいないのに」と、そう思っていただけだ。
デュークの憧れるコジロー・ササキはギフトすらなく最強の名を欲しいままにし、世界を破壊せんとした巨人までも斬って捨てた。ならば自分もそうなるのみ。ギフトになど頼らず、ただひたすらに己の技を磨く。その果ての天下無双。デュークが何よりも憧れた、あのコジロー・ササキのように。
デュークは15になると、何処にでもある数打ちの剣を1本だけ持ってすぐに家を出た。目指すはコジロー・ササキ。ならばその道程も自然に似通うというもの。北に武術大会で優勝した騎士がいると聞けば北へ赴き剣を交え、南にコジロー・ササキも訪れたダンジョンがあると聞けば南へ訪れダンジョン攻略に挑む。戦いに次ぐ戦いの日々。
デューク自身はコジロー・ササキほど才能がなかったらしく、時には負け、時には死にかけ、時には打ち倒されて泥水を啜ることもあった。だが、一度も逃げたことはなく、止まることもなかった。どれだけ負けても、どれだけ死にかけても、どれだけ倒されようと必ず立ち上がり、勝つまで挑む。そのギラついた執念の宿った目に、デュークを倒した筈の相手は底知れぬ恐怖を抱いたという。
そんな飽くなき戦いの日々を続けること30余年、デュークの執念は結実し、彼は大陸に名を轟かす剣豪となった。もう、戦いに関連するギフトを持つ者ですらデュークには敵わなくなっていたが、それでもデュークは満足していなかった。デュークはまだ、コジロー・ササキの域に届いていない。それは彼のように巨人を斬っていないからだ。だが、あの巨人は異世界から現れたストレンジャー。斬るどころか会うことすら叶わないもの。だからデュークは代わりに魔物を斬ることにした。それも最強の魔物を。
どの魔物が最強かということは、未だ議論が続いており、明確な答えは出ていない。数多の強力な魔法を駆使するエルダーリッチか、瞳が合った者を問答無用で石化するゴルゴーンか、狼王フェンリルか。デュークが選んだ相手はドラゴンだった。魔物でも随一の巨体に鉄より硬い鱗、岩をも砕く怪力、飛行もすれば炎も吐く。特にカテドラル王国のダガッド山にあるというダンジョンには数多のドラゴンたちが巣食い、その最奥にはドラゴンたちの王、ブラックドラゴンが待ち構えているのだという。ダガッド山のダンジョンは未だ完全攻略が確認されていないダンジョン。相手にとって不足はない。
デュークがダガッド山のダンジョンに乗り込んだその日、ダンジョン内には先客がいた。
上級探索者パーティー『ニムロッド』。
彼らは最上級の探索者に昇進する試験として、このダンジョンの王、ブラックドラゴン討伐を所属するダンジョン探索者ギルドから指示された。この龍の王を倒すことが出来れば晴れて最上級ダンジョン探索者だと。
どうにかドラゴンたちが巣食うダンジョンを攻略し、ブラックドラゴンが待つ最奥まで辿り着いたニムロッドの面々だったが、しかし肝心のブラックドラゴンには全く歯が立たなかった。強靭な鱗に剣は弾かれ槍は折れ魔法が効いている様子もない。それなのにブラックドラゴンが尻尾を振るえば受け止めた盾が砕け、炎で鎧は溶かされ、1人また1人と仲間たちが死んでゆく。残ったのは回復役の魔法使いのみ。
これは勝てない。人間が勝てる相手ではない。殺される。恐怖で動けない魔法使いは死を覚悟したが、そこに1人の男が悠々とした足取りで現れた。
歳の頃は50そこそこ、年齢の割に恐ろしく鍛え込まれた肉体だったが全身傷跡だらけ。盾どころか鎧すらも着ておらず、腰には使い込まれた粗末な鉄剣1本だけ。
「逃げろ! 殺されるぞ、おっさん!!」
その言葉が届いているのかいないのか。そう叫んだ魔法使いに顔を向けることもなく、男は足取りも軽やかに彼の横を通り過ぎる。
「とかげでもこれだけ大きければ壮観だな」
誰にともなく言いながら、男が粗末な剣を抜いたその時だった。
まるでこれまで鞘の中に封印されていたかのように溢れ出した、圧倒的な強者の圧。
「ひ……ッ!」
魔法使いの口からみっともない悲鳴が洩れた。
ブラックドラゴンの比ではない、人とも思えぬ強者の気を纏うその男は、さながら修羅であった。
これまで傍若無人に暴れていたブラックドラゴンですら、男に気圧されて怯んでいた。
「デューク・ササキ、参る」
両手で柄を握って上段に構え、大きく一歩を踏み込みそのまま剣を振り下ろす。どこまでも基本に忠実な一撃、しかしながら極限まで研ぎ澄まされ、練り上げられた技がそこにあった。
たったの一振り。その一振りを振っただけで男は剣を鞘に収め、踵を返してドラゴンに背を向けた。
「…………こやつではない。弱すぎる」
そう呟いた男の背後で、巨大な龍が真ん中から真っ二つに両断され、地響きを立てながら地面に沈んだ。
魔法使いはわなわなと身体を震わせながら、しかし一度の瞬きもせず、食い入るようにその様子を見つめていた。
デューク・ササキが大剣豪の名を欲しいままにし、そして『修羅』の二つ名で呼ばれるようになる、そのきっかけとなった出来事であった。
この度、ありがたいことに本作の書籍化が決定いたしました。詳細は追ってまた後日報告させていただきます。
また、大変申し訳ないのですが、書籍化作業や他のお仕事の作品執筆等が重なっておりまして、これからは毎日更新が難しい状況になります。取り敢えず日曜日は毎週更新とし、それ以外は余力がある日に不定期更新とさせていただきたく存じます。
本作をお読みいただいている読者の皆様におかれましては、何卒ご理解の程をよろしくお願い申し上げます。




