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女公爵ヘイディ・ウェダ・ダガッドと最高に美味いビール①

 カテドラル王国は大陸でも屈指の国家だが、実は国土の中にひとつだけ自治領を抱えている。ウェダ・ダガッド自治領だ。

 このウェダ・ダガッド自治領を治めるのはヒューマンではない種族、ドワーフである。


 酒を愛し、職人仕事を愛する剛毅の種族、ドワーフ。その見た目は、一言で言うのなら『小さいおじさん』である。

 見た目としてはヒューマンとほぼ変わらず、背丈はヒューマン換算で10歳の子供くらいしかない。だが、前にも横にも大きな腹は樽のようだし、手足は短いが老いも若きも筋骨隆々、幹が詰まっている。そして、最も特徴的なのはひげだろう。彼らドワーフは皆、子供だろうが老人だろうがたっぷりとひげを生やしている。ヒューマンやエルフでは考えられないことだが、女性にまで立派なひげが生えるのだ。しかも種族の特性として若い頃から老け顔、更には子供時代から浴びるように酒を飲むので声が酒焼けしており、見た目で若者と老人の区別がつかないときている。同じドワーフ同士だと区別もつくらしいのだが、他の種族にはさっぱりだ。


 ドワーフは主に大陸の南、連合国家であるデンガード連合の一国、フォーモーリアという小国を中心に栄えている種族なのだが、500年近く前に内乱があり、その結果として、それまで国内で力を持っていたウェダ氏族が国を追われることとなった。

 国から追放され、放浪するウェダ氏族。流れ流れて行き着いた先は、当時まだ勃興したばかりの新たな国、カテドラル王国だった。カテドラル王国の北東にはダガッド山という大きな岩山があるのだが、木もあまり生えず、動物もあまり生息しておらず、有用な鉱床も発見されなかった為、人も寄り付かず国に捨て置かれていた。

 永き旅の果て、遥かな故郷フォーモーリアから地の果てのような荒涼としたダガッド山に辿り着いたウェダ氏族。国外から来て人里やその付近に勝手に住み着いては諍いの種にもなろうが、彼らはこのダガッド山を終の棲家と決め、腰を下ろした。

 岩山をくり貫き地下都市を築き、ヒューマンの調査では見つけられなかった各種の鉱床を、剛毅の範疇を逸脱した驚異的な執念で発見した。

 ウェダ氏族のドワーフたちは、僅か100年足らずでこの不毛の土地を職人の街に造り替えた。


 しかも、ここで更にウェダ氏族の地盤が磐石になる出来事が起こる。エールの発明だ。

 ドワーフは種族の特性として製鉄や鍛冶をはじめとした職人仕事に特化したギフトを授かりやすいのだが、ある時、ウェダ氏族の中に酒造のギフトを授かった者が現れた。その者が後にエールという新たな酒を発明した。

 粉に加工してから調理して食べるか、そのまま家畜の飼料にするものだとしか思われていなかった麦。その麦を使って酒を作るという偉業を成し遂げた。

 その当時の常識では、酒といえばワインのような果実から造る酒が当たり前で、穀物を酒にしようなどという発想はそもそも存在していなかった。そんな凝り固まった常識を打ち破り、天才的な発想で新たな酒を創造したウェダ氏族は、特許料と引き換えに全世界にエールの製造方法を公開し、今日に到る莫大な利益を生み出すことに成功した。

 国を問わず大陸全土、いや、世界中で作られる麦である。その麦を酒の原料に出来るのだから、これが広まらない筈がない。


 これはウェダ氏族のドワーフでも上層部の者しか知らないことなのだが、実はこのエールを発明した者はドワーフではない。ミドルアースという異世界から転生してきたヒューマンのストレンジャーである。彼はダガッド山の付近で転生し、困っていたところをウェダ氏族のドワーフたちに保護された。自身の存在を騒がれたり担ぎ出されることを嫌い、王国に自分の存在を秘匿したままドワーフたちに紛れて暮すことを選択した。彼は純血のヒューマンだったが背が小さく小太りのおじさんだったのでドワーフには抜群に馴染んだ。傍目からは普通にドワーフの一員としか見えなかったくらいだ。

 彼は保護してくれたお礼として、神から授かった酒造のギフトを使いエールを造り、ドワーフたちに振舞った。その原初のエールが抜群に美味かったのでドワーフたちは彼に頼み込み、エールの造り方を教えてもらったという次第だ。ドワーフたちは結局彼のようなレベルのエールを造り出すことは出来なかったのだが、それでもエールそのものの醸造には成功し、製法の確立に至ったという訳だ。

 今から約400年前の話だが、事実を知るドワーフたちは今でも彼に、そして彼を自分たちのもとに遣わしてくれた神に多大なる感謝を捧げている。

 

 ドワーフたちの思わぬ偉業に頭を抱えたのは、他ならぬカテドラル王国である。

 というのも、カテドラル王国は当初、ドワーフたちがダガッド山に住み着くことを正式に許可していなかったのである。自分たちの国に異種族であるドワーフが外から大量に流入してきて住み着くなど混乱の元になるだけだと思っていたのだが、彼らは何故か不毛の地であるダガッド山に腰をすえた。あの場所には資源も何もない。ドワーフたちは早晩枯れ果てて朽ちるだろうと思い、あえて放置していたのだ。言わば棄民だ。だから自由にさせていた。

 それが偏執的とも言える根気で次々と鉱脈を掘り当て、エールという金の卵まで手に入れ、カテドラル王国内で1、2を争う産業地帯へと成長した。いや、成長してしまったと言った方が良いだろうか。


 カテドラル王国内で力を高めたドワーフたち。しかしながら彼らは王国が認めていない不法滞在者。しかも彼らはカテドラル王国内で資源を採掘し、それを金銭に替え始めた。更にはエールという新たな酒の特許料でガンガン外貨を得ている。この金がカテドラル王国に1コルたりとも入らないのが何より痛い。

 問題はそれだけではない。ウェダ氏族が内乱でフォーモーリアの地から追放された者たちだということはカテドラル王国側でも掴んでいるが、しかしその事件からもう100年も経っている。ドワーフの寿命はヒューマンとそう変わらないから世代交代が済んでいるということだ。彼らが本国と和解してカテドラル王国内にフォーモーリアの飛び地など造られては一大事。さりとて力で強引に従属を求めれば確実に内戦が起きる。下手をすればフォーモーリアがその内戦に介入してくる恐れさえあった。


 この由々しき事態を解決する為、当時のカテドラル王国はウェダ氏族を正式に王国の民と認定、ダガッド山一帯をウェダ氏族の自治領とし、未来永劫他の貴族たちがダガッドの地に干渉しないことを約束、そして氏族の長に爵位を与えた。貴族としては最高位の公爵。更には土地から名前を取り、新たな家名ダガッドを与えた。無論、税は取るが、それも常識の範囲内となった次第だ。


 カテドラル王国としてはかなり譲歩した苦渋の決断だったが、それでも落ち着くべきところに落ち着いたと言えよう。少なくとも内戦や他国の飛び地にはならずに済んだ上、税の上納も約束させたのだから。


 それから400年。ウェダ氏族と、そしてダガッドの地は未だ自治を保っている。エールの特許によって外貨で潤い、領地外からの依頼で職人仕事も尽きず。さりとて国政には興味がないので王都の権力闘争には参加せず。過去の約束により他からちょっかいを出されることもなく。カテドラル王国内にありながら独立独歩を貫いている。王都から遠い、各辺境伯たちが治める地よりも自由にやっていると言えるのではないだろうか。


 今やウェダ・ダガッド公爵家はカテドラル王国内における力の象徴。先のウェンハイム皇国との戦もウェダ・ダガッド公爵家の協力がなければ負けていたとまで言われているほどだ。具体的には、ウェダ・ダガッド自治領で作られた良質な武器がなければ、だ。カテドラル王国内の武具製造を一手に担うウェダ・ダガッド自治領は、軍事の面で今日なくてはならないものになっている。


 ウェダ・ダガッドに悪意を向けてはならない。末永く友誼を保つべし。


 それは、ウェダ氏族をカテドラル王国に併合した当時の国王の言葉だ。この言葉はカテドラル王家で子々孫々語り継がれ、歴代国王が守るべき戒律としてきた。無論、今代の王であるヴィクトル・ネーダー・カテドラルもそれは心得ているし、国王でこそないものの王弟であるハイゼン・マーキス・アルベイルも兄と共に当時の国王だった父からその言葉を聞き、忘れることなく胸に刻み込んでいる。


 当代のウェダ・ダガッド領主は女公爵ヘイディ・ウェダ・ダガッド。カテドラル王国内では女傑として恐れられているドワーフだ。

 そんな彼女が、どういう訳か旧王都アルベイルに来ることになった。


 ウェダ・ダガッド公爵がこれより数日以内にアルベイルへ向かう。

 王家からの通達でそのことを知ったハイゼンは、400年前の王家のように頭を抱えることになった。

 予想だにしていなかった突然の、それも不意打ちのような通達。この通達文を読んだハイゼンは、慌ててアダマントを呼び付けて相談する羽目になった。


「兄上、無体なことをせんでくれ……」


 アダマントが来るまでの間、執務室で1人、ハイゼンは深いため息を吐いていた。




※西村西からのお願い※


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