元ダンジョン探索者ギルド職員チャップと決め手の冷しきつねそば①
ダンジョン探索者ギルドの職員は基本的に事務員のみで構成されていると思われがちだが、実のところそうではない。確かに大半は事務員だが、中には職員自らがダンジョン探索を行う部署もある。それがダンジョン調査課だ。
ダンジョン調査課の主な仕事は、新たに発見されたダンジョンの調査だ。探索者たちが挑む前に先んじてダンジョンに入り、内部の地図を作成し、魔物の分布や入手可能な素材等を調べる。そして作成した地図や魔物の分布図を探索者たちに配布する。全てはダンジョン探索者たちの死傷率を少しでも減らす為だ。
一口にダンジョン探索と言っても、すでに調査が終わったものと未調査のものとではまるで違う。未調査ダンジョンの探索は危険度が跳ね上がる。ダンジョン自体がどんな構造をしているのか、どんなトラップがあり、どんな特性の魔物が生息しているのか。何も分からない暗闇のような状況で踏み締めるようにゆっくりと歩を進めなければならない。精神も肉体も磨耗する綱渡りのような作業だ。普通のダンジョン探索者では務まらないだろう。
故に、ダンジョン調査課の職員には組織内でもエリートが選ばれる。元ダンジョン探索者のトップ、元騎士団員、元傭兵、ギフトや能力を買われた生え抜き。そういった者たちがダンジョン調査課に集う。
チャップの場合は、そのギフトの有用性を買われてダンジョン調査課に配属された。
チャップのギフトは大量の物品を亜空間に収納する『アイテムボックス』というもの。ダンジョン探索において最も重宝されるギフトのひとつだ。
チャップは元々、田舎町の小さな食堂を営む家に生まれた男だ。その食堂は小さいながらも味が良いと評判で、曽祖父の代から続く由緒ある店だった。店の人気、その理由はギフトだ。チャップの家系の男たちは、先祖代々、料理に関係のあるギフトを授かってきた。父の場合は調理速度の大幅な向上、祖父の場合は塩を任意の調味料に変換する能力、曽祖父の場合は味覚の大幅な向上だったそうだ。長男だったチャップも当然料理関連のギフトを持って生まれることを期待されたのだが、授かったギフトは上記の通りアイテムボックス。料理関連のギフトを授かったのはチャップより3歳下の弟だった。
チャップは料理関連のギフトを授からなかった。だが、料理は好きで、自ら進んで店の手伝いもしたし、厨房にも立っていた。父ほど素早くて正確な調理は出来なかったが、それでも素人ながらにそこそこ食べられる料理を作っていたし、調理の役には立たずともアイテムボックスを生かして食材の仕入れなどで店に貢献していた。
この当時、父も母も弟も、家族全員がチャップが店の跡を継ぐと思っていた。料理関連のギフトはないものの、真面目な働きぶりもあったし、料理の腕も悪くない。弟も店を継ぐのは兄しかいないと認めていた。だが、チャップは15になるとすぐに家を出た。
確かに料理人にはなりたい。それは幼い頃からの夢だ。だが、店を継ぐべきなのは料理関連のギフトを授かった弟であるべきで、料理に関して凡人の自分が家族の優しさに甘え、このまま何食わぬ顔で店に居座るべきではないと、そう思ったが故に家を出る決断に到った。家族は皆、優しい。話せば止められると思ったので、夜中に置手紙を残して1人で家を出て、そのまま故郷の田舎町も出た。
向かった先は、最寄で最も大きな都市、旧王都と呼ばれるアルベイルだ。
アルベイルに到着すると、チャップはダンジョン探索者ギルドに直行した。
チャップには料理以外、手に職がない。しかもその料理もギフトを持つ者には劣る。だから己のギフト、アイテムボックスを活かせる職は何だろうかと考え、ダンジョン探索者ギルドに来たのだ。
ダンジョン探索者は戦士や武闘家といった前衛、弓士や魔法使いといった後衛、治癒魔法使いといった回復役というように、役割分担がある。そしてその役割分担の中に、荷物持ち専門のポーターというものがある。
ポーターは食料や水、薬、予備の武具といったパーティで共有する物資を持ち運び、ダンジョン内で手に入れた財宝や魔物の素材などを回収して持ち歩く役割だ。基本的には戦力に数えられない役割だが、それでもダンジョン内では自衛する必要があるので多少の腕っ節も求められる。
アイテムボックスのギフトはその性質上ポーターに向いている。しかもそれほど数がいないレアな部類のギフトだ。
チャップは腕っ節に自信はなかったが、それでもアイテムボックスのギフトがあればダンジョン探索者になれるだろうと、そう思っていた。
だが、ダンジョン探索者ギルドはチャップのギフトに目を付け、探索者登録時に職員として引き抜いたのだ。ダンジョン調査課専属のポーターとして。
通常のダンジョン探索者とは違い、ダンジョン調査課職員としてのダンジョン探索は前情報が何もないので危険度が跳ね上がる。だが、収入に浮き沈みがあるダンジョン探索者とは違い、職員は固定給で安定していた。だからチャップのような若輩者でも貯蓄に回せるほど給金がもらえた。ありがたいことだ。
ダンジョン探索中の食事は基本的には保存食だが、まれに簡単な調理をすることもある。探索者も調査課の職員も食事当番は基本的に持ち回りで、チャップが食事当番の時は随分と仲間たちに有り難がられた。実家で磨いた腕を振るい、保存食を少しでも美味しく食べられるように工夫して調理していたからだ。ただの干し肉でも軽く炙って香草を擦り込めば美味しくなったし、ハードタックも少し水を含ませてから焼き直すことで柔らかくなる。チャップが出す食事は他とは違って美味しいと仲間内では評判だった。
チャップには密かな夢があった。それは、いずれ小さな食堂か屋台を開いて自分の料理を旧王都の人々に食べてもらうことだ。実家の跡目は確かに弟に譲ったが、しかし料理人になる夢まで諦めた訳ではない。ギルドの職員は確かに収入面では安定しているかもしれないが、命の危険が付き纏うこの仕事を一生の仕事にするつもりもない。言い方は悪いが、ギルド職員をしているのは将来の為の資金稼ぎの面が強い。
あと5年も働けば下町の隅に小さな食堂くらいは開けるだろう。そう思っていたのに、ある日事件が起きた。仕事中にダンジョン内でトラップに引っかかり、両脚の膝から下を切断されてしまったのだ。
その日のダンジョン調査は、罠師としてダンジョン調査課に入った新人職員の研修も兼ねていた。罠師とはその名の通りトラップの専門家だ。ダンジョン内のトラップを外し、魔物との戦闘では逆にトラップを仕掛けて仲間たちのサポートをする役目である。その新人罠師があろうことかトラップの解除に失敗、風魔法による斬撃が発動し、純粋な戦闘員ではないチャップのみが逃げ遅れてしまい、両足を切断される羽目になった。
かろうじて死ぬことなく、仲間の手を借りてダンジョンから脱出することには成功したが、しかし両足を失ってしまった。
両足を失ったチャップはダンジョン探索者ギルドを辞めざるを得なかった。
技師に依頼して魔導具の義足を作ってもらったので日常生活に支障が出ることはなかったのだが、どうしても瞬間的な反応がコンマ数秒遅れる。刹那の反応が遅れるのはダンジョン内では命取り。この足では危険なダンジョンの中で生き残ることなど出来ないだろう。
しかもその義足代で将来の為にと蓄えてきた貯蓄が空になってしまった。
幸いにしてギルド側がいくらか退職金をくれたので、上手くやりくりすれば2ヶ月くらいは何もせずとも暮せるだろう。が、しかしそれ以上はどうがんばっても難しい。この2ヶ月の間に次の働き口を探す必要がある。
悲嘆に暮れている暇はない。両足を失ったとはいえ、チャップはまだ20代になったばかりの若者。働き盛りだ。貯蓄はほぼゼロになってしまったが、料理人の夢を諦めなければいけないほど老いてはいない。真面目に働けば金はまた貯められる。
次は何処で働けばいいだろうか。ダンジョン探索関連は無理として、やはり商会あたりだろうか。仕入れの時にアイテムボックスのギフトを使える者がいれば重宝がられるだろう。それともやはり食堂だろうか。料理人として厨房に入ることは無理でも、野菜の皮むきのような仕込みだけでも手伝わせてもらえれば将来の為の良い修行になる。
そんなことを考えながら10日も経った頃だろうか、チャップの下宿に、突如ある人物が訪ねてきた。
その意外な人物の訪れに、チャップは「どうしてこの人が?」と首を捻った。
「チャップさん、お久しぶりです」
そう言って現れたのは、顔見知りではあるが友人と言えるほど親しくもない女性、ルテリアだった。
※西村西からのお願い※
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
よろしければブックマークと評価【☆☆☆☆☆】の方、何卒宜しくお願いします。モチベーションに繋がります。




