ギフト研究者茨森のテッサリアと天ぷらそば①
一般に、エルフという人種は排他的であるとされている。それはヒューマンやビーストといった他人種が街を造り大勢で生活基盤を形成するのに対し、エルフは辺鄙な山奥や鬱蒼とした森の中、小さな孤島といった人があまり足を運ばない僻地に少数の氏族のみで暮しているからだ。
実のところ、それは誤解であって、エルフは別に排他的な種族などではない。まず少数で暮しているのは、単純にエルフの出生率が他人種に比べ低いからだ。エルフは長寿で何百年も生きる。もう絶滅したとされるエルフの上位種、ハイエルフなどは最長で1500年も生きたとされている。だが、長寿であるが故なのだろう、極端に子が出来難く、夫婦間に生涯で2人も子が出来れば多産であるとされるほどだ。
それに僻地で暮しているのは人足を遠のける為ではなく、魔素の濃い場所を居住地に選んだ結果そうなっただけだ。魔素とは大気の中に漂う魔力のことなのだが、エルフはこれが濃い場所を好む。エルフという人種は何故だか魔法に関連するギフトを授かる確率が非常に高く、故に自然と魔素の濃い場所を好むようになった。
自然界には魔素が濃く溜まる場所があるのだが、そういうところは何故だか人里離れた辺鄙な場所に点在している。それが森の奥や辺鄙な山奥といった僻地なのだ。
更に言えば、エルフは別に他人種を自らの里から排斥してはいない。それどころかむしろ他人種が里に住むことを歓迎している。だが、居住地が僻地であるが故に他人種の来訪自体が少なく、ごくごく稀に他人種が同じ里に住み着いたとしても寿命の違いからすぐに死んでしまうので、結局のところエルフしか里に残らないという悪循環に陥っている。
そういう次第で、エルフが自分たちの里から出ることは滅多にないのだが、しかし全くないのかというとそういう訳でもなく、中には里を出て旅の暮しをしたり、人里で暮す者もいたりする。何を隠そう、テッサリアもそういうエルフの1人だ。
エルフは基本的に家名を持たず、出身地を氏族全体の名として名乗る。故に、テッサリアは自身を『茨森のテッサリア』と名乗っている。カテドラル王国東部にある広大な茨森、そこがテッサリアの故郷だ。
テッサリアは子供の頃から好奇心旺盛な少女だったのだが、授かったギフトは魔法に関連するものではなく、自身の目で見たものを1枚の絵のように記憶していつでも引き出せる『完全記憶』というものだった。テッサリアはこのギフトを授かったことで魔素の濃い場所にいる必要もなくなり、また、持ち前の好奇心を後押しする形となった。
たまに里を訪れる旅人の話に胸をときめかせ、小遣いを貯めて行商人から買った本の内容に驚き、里の外はどうなっているのかと想いを馳せる日々。特に外界から訪れる他種族のギフトには大いに興味を引かれていた。エルフは基本的に魔法関連のギフト持ちばかりなので、それ以外のギフトが妙に気になるのだ。世の中には人の数だけギフトがある。もう亡くなった先人たちのものも含めれば、その数は夜空に輝く星の如きものとなろう。そういう広大な夢想は、いつしかテッサリアの心の大部分を占めるに至った。
狭い里の中で外の世界に想いを馳せるだけの無味乾燥な日々は100年も続かず、テッサリアは好奇心に背中を押されて里を出た。
頼る者もいなければ行くアテもない流浪の旅。夢はギフトの研究で身を立てることだが、まずは日々を生きる為の銭を稼がなければ早晩野垂れ死ぬ。だからテッサリアは最寄の街に辿り着くと探索者ギルドに赴き、ダンジョン探索者となった。エルフは狩猟民族であるが故に魔法だけでなく弓など武器の扱いにも優れ、また、テッサリアの出身地である茨森には小規模ながらダンジョンが存在した為、これに潜り狩猟では得られない資源を得ることもあった。生活の一部としてダンジョンに潜り、魔物と戦う。それはテッサリアにとっても例外ではない。テッサリアも同年代の若衆と一緒に狩猟やダンジョン探索に赴き、そこでエルフ流の弓術と短剣術を磨いた。
戦い方を習熟しており、ダンジョン探索経験もある。テッサリアは新人ながらも早々にダンジョン探索者として生活の糧を得ることに成功した。
ダンジョン探索者を続けて10年も経った頃だろうか、ギルドからの指名依頼でテッサリアは貴族のダンジョン探索チームに加わることになった。王都に居を構える宮廷貴族、カンタス侯爵からの依頼である。
カンタス侯爵は王宮に勤めるダンジョン研究の第一人者で、研究の一環として定期的に自らダンジョンに赴く、言わばフィールドワークに取り組んでいた。今回の依頼もそのフィールドワークなのだが、探索に赴くダンジョンはテッサリアの故郷、茨森のダンジョンであった。このダンジョンを案内するのにテッサリアほどの適任者はいないということでギルド側から侯爵に推薦、指名が来たという流れだ。
探索の為の拠点は当然ながら茨森にあるエルフの里となり、テッサリアはごく短い間ながらも里帰りを満喫した後、侯爵一行を伴ってダンジョンへと赴いた。勝手知ったるダンジョンではあるが、その時期は不幸にもダンジョン内で変異種の強力な毒蛇の魔物が誕生しており、カンタス侯爵は激戦の末に毒の攻撃を受けてしまった。これは最上級の回復魔法でなければ解毒不可能なもので、その時は折悪しく最高位の回復魔法使いが帯同していなかった。比較的危険性の少ないダンジョンだということで、中位の回復魔法使いしか連れて行かなかったのだ。
侯爵の生命の危機だったが、これを救ったのが何を隠そうテッサリアだったのだ。茨森はテッサリアの故郷。そして、ごく稀にダンジョン内に毒蛇の魔物が誕生することは事前に知っていた。故に、万が一のことを考えて里にのみ伝わる毒の特効薬を持参して来ていたのだが、その用意が役に立ち、何とか侯爵の命を救うことが出来た。
命を救われたカンタス侯爵はテッサリアに甚く感謝し、自分の出来得る範囲で何でも力になってくれると言ってくれた。僅かな逡巡はあったが、テッサリアは素直にこの言葉に甘え、侯爵の協力を得て王都の研究機関に所属することとなり、晴れて望みであったギフト研究者となった。
それから更に10年。テッサリアは水を得た魚の如く精力的に研究に取り組み、席次をぐんぐんと上げ、今や機関内の第3席。役職で言えば室長だ。
研究員となってから10年。今まで数多のギフトに触れてきたし、伝承にのみ残る伝説のギフトのことなども研究してきた。特に力を入れたのが、この世界の人種と比べてかなり異質なストレンジャーのギフト研究だ。
歴史上、ストレンジャーはこの世界に幾人も現れ、多大な影響、そして恩恵を与えてくれた。文明、文化の進歩、危機の打破、動乱の収束。歴史の転換点には必ずと言って良いほどストレンジャーの姿がある。中には世界に破壊と恐怖をもたらした異形のストレンジャー、ムスペルヘイムなる世界から次元の壁を破って現れた炎の巨人スルトのような例外もいたが、それでもストレンジャーはこのアーレスにおいて最も重要な貴人であると言われている。
テッサリアはかねてより、このストレンジャーが持つギフトについての生きた研究がしたいと思っていた。生きた研究、それは記録として残っているものではなく、生きたストレンジャーによって行使される生のギフトに触れてみたいという欲求だ。カテドラル王国に現れた、地球という世界から来た少年のストレンジャーは青年になる前に流行り病で亡くなってしまい、国内からストレンジャーがいなくなってしまった。さりとて研究を優先するあまり辞職して外国へ行く訳にもいかず、テッサリアの憤懣は募るばかり。
そんな時、王都に急報が入った。何と、カテドラル王国内に新たなストレンジャーが現れ王弟ハイゼン・マーキス・アルベイル大公がこれを保護、今は大公の守護を受けつつ領都アルベイルに居を構えているのだという。
この一報が入った時、テッサリアだけと言わず研究機関全体に激震が走った。何せ20年以上ぶりにカテドラル王国内に現れたストレンジャーだ。しかも、聞けばそのストレンジャーは前回と同じ地球なる世界から来た男性で、任意の場所に食堂を現出させて食材を仕入れることもなく異世界の美味なる料理を出せる、古今東西見たことも聞いたこともない奇妙奇天烈なギフトを持っているのだという。
常から異質だと言われているストレンジャーのギフトの中でもとりわけ異質、これを調べずして何が研究員か。しかしながらストレンジャー本人の意向で周辺を騒がせてほしくないのだという。故に、この研究に赴ける者はたった1人。しかも直接の接触は禁じられており、あくまで身分を明かすことなく、1人の客としてさりげなく遠目に観察することだけしか許されていない。
それでも現地に行きたいという研究員たちは大勢いたのだが、テッサリアはここぞとばかりに強権を発揮して他の研究員たちの声を押さえ込み、彼らの恨めしそうな視線を背に意気揚々と旧王都へと赴いた。
※西村西からのお願い※
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