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密偵シンタス・ヴァーリ・ケストレルと恐るべきカレーライスセット①

 シンタス・ヴァーリ・ケストレルは所謂ライカンと呼ばれる狼タイプのビーストだ。

 ビーストは主に大陸の南方、デンガード連合の人口の大半を占める人種だが、カテドラル王国やウェンハイム皇国のようなヒューマンが人口の大半を占める国にも少数だが居住している。新天地や新しい刺激を求めてデンガード連合を出た者たちやその子孫たちが主だが、中には先祖代々ヒューマンの国家に住む者たちもいる。アードヘット帝国から来たシンタスも、そういう珍しいビーストの1人だ。


 ビーストの寿命は平均で50年前後とヒューマンよりも短い。最長1000年は生きるエルフから見れば、ビーストなど一瞬だけ輝く閃光のようなものだろう。

 シンタスは今年で35歳。ビーストとしては高齢の部類に入るが、未だ現役でダンジョン探索者をしている。ダンジョン探索者ギルドは国境を跨ぎ全世界に存在している。故に都合が良いのだ。

 シンタスの都合とは、ダンジョン探索者ではない本業のことだ。シンタスの家、ケストレル一族は5代前の先祖から帝国に仕え密偵をしている。だからヒューマンでないにも係わらず家名が与えられたし、一族はそれを誇りに帝国に仕えてきた。表の仕事としてダンジョン探索者をやるのは、ダンジョンを求めて各国を訪れるのに不自然なことがなく、密偵としての仕事において絶好の隠れ蓑になるからだ。


 風。帝国上層部の、それもごく一部においてただそう呼ばれるビーストの密偵組織。同じ帝国所属でも他の者たちはその存在すら知らない影の集団。ダンジョン探索者として各国を訪れ、その国の情報を蒐集して帝国上層部へ献上する。そして風から受け取った最新の情報を元に皇帝含む帝国上層部は権謀術数の材料とする。

 シンタスはこの風として、帝国上層部からの密命を帯びてカテドラル王国のアルベイル領、通称旧王都と呼ばれる街へ来た。

 旧王都へ来た理由は、領主である大公ハイゼン・マーキス・アルベイルに関するある噂を精査する為だ。別の風が王都で掴んだという『大公ハイゼンと国王ヴィクトルは近頃極めて不仲になりつつある。大公に謀反の兆しあり』というとても重大な情報だ。これはカテドラル王国内の複数貴族が囁いている噂なのだが、この情報は真か否か。それを探り出すのが今回シンタスに与えられた命令だ。


 ただ、その密命とは別に常設の任務というものもまた存在する。それは、訪れた街の規模や流通、経済といった、言わば街の力を測る任務だ。これらを測るのにうってつけなのは飲食店だ。それも貴族が行くような高級レストランではなく、あくまで一般市民が行くような普通の飲食店が良い。その街の市民が普段、何を食べているのか。それを知れば流通している食材の量や質が分かり、そこから先の流通や経済といったものに繋がってゆく。力のない疲弊した街では流通している食材も少なく、一品の盛りも少ない。逆に活気があり力に溢れる街では多種の良質な食材が一般市民の口にも入る。


 シンタスは新しい街に来ると、まずはそこで最も話題になっている食堂に行くことにしている。そしてそこで最も食されている料理を食べ、まずはおぼろげに街の力を測る。

 そんな訳で、今回シンタスが訪れたのは、情報通を名乗る商店主から聞いたナダイツジソバという店だった。


 曰く、何故だか大公家の城壁をくり貫いて出店している。

 曰く、前面が極めて精緻なガラス張りになった店である。

 曰く、大公や騎士団長が頻繁に訪れる店である。

 曰く、何処の国のものかも分からない、しかしながら恐ろしく美味い料理を冗談のような安値で提供する店である。

 曰く、給仕の若い女性が美人で最高。


 などなど、商店主はシンタスが訊いてもいないことまで話して聞かせてくれた。

 給仕が美人云々は別として、その他の情報については本当かどうか眉唾だと、シンタスは話を聞いた時、そう思った。この話の半分でも合っていたら上等だろうと、それくらいにしか考えていなかった。

 だから今、目の前に鎮座するナダイツジソバの店舗を見つめたまま、シンタスは信じられないというように、あんぐりと大口を開けていた。


「………………本当にあった」


 ややあってから、シンタスはかろうじて声を絞り出した。

 あの商店主が言っていた通り、大公家の城壁を貫通する形で店が建っており、前面がガラス張りになっている。しかも気泡や歪みもなく、全く濁りのない一枚ガラス。何という豪奢な造りなのだろうか。こんな店は帝都にすら存在しないし、そもそもこのような一枚ガラスを製作可能な工房もなく、職人もいない。つまり、少なくともガラス細工においてはカテドラル王国がアードヘット帝国よりも進んだ技術を有していることが分かった。これは上に報告すべき情報だろう。

 店が建っている場所から考えて、この店は恐らくはハイゼン大公自らが事業として出店しているのだろう。それもガラス細工の技術の粋を集め、大金を投じてだ。でなければわざわざ店の前面をガラス張りになどする筈がない。


「これは、とんでもない店が出て来たものだな……」


 店の看板には見たこともない謎の言語が書かれているが、恐らくはこれも演出。馴染みのない外国語で店名を書くことにより、何処となくエキゾチックな感じを醸し出すことに成功している。 

 ここまでの店だ、美味い料理が出てくるのは間違いなかろうが、しかしそれが商店主の話のように安いということはないだろう。ここはきっと料金も高い一流店だ。平民が来る店ならば、こんな豪華絢爛な店構えにする筈がない。


 シンタスがそのような考えを巡らせていると、彼の脇をすり抜けて2人連れの客が店に入って行った。


「な……に…………ッ!?」


 その客の風体を見て、シンタスは驚いた。

 何と、革鎧を着て腰に剣を差したままの若い男と、軽装で矢筒と弓を背負ったままの若い女性、明らかにギルド帰りの駆け出しダンジョン探索者といった恰好の2人が躊躇なく店内に入ったからだ。

 普通、一流店にこういう人種は来ないものだ。平民でも入れる一流店もあるにはあるが、そういう店でも正装していない客は追い返す。明らかにひと仕事終えた帰りのダンジョン探索者など入店拒否されるのが関の山。だが、2人は別に追い返される様子もなく店内で席に座っていた。

 ということは、ここは本当に一般大衆向けの店なのだ。

 しかも誰かが手をかけることもなく、戸が自動で開いた。たかだか戸を開けるのに魔導具を使っている。それも人を感知するものと戸を開け閉めするものの2種もだ。


「嘘だろ……?」


 豪奢な造りの店舗と、それに反するような客層。こんなチグハグな店は古今東西見たことも聞いたこともない。異質。明らかに異質だ。

 何だかこの店が常識の埒外にある存在のような気がして、シンタスは急に背中に薄ら寒いものを感じ始めた。

 この店には触れない方が良いのではなかろうか。しかしこんな店を調査もせず放置する訳にはいかない。調べるのなら最初に発見した自分がすべきだ。それこそが自分の役目。風の矜持。

 そんな葛藤を脳内で繰り広げながらも、シンタスは覚悟を決めた。この店に入る。そしてただ食事をして帰る。それだけだ。それだけのことなのだ。まるで暗示をかけるよう、自分で自分にそう言い聞かせる。


 ゴクリ……ッ。


 と緊張に喉を鳴らし、いよいよ店へと踏み出す。1歩、2歩、3歩、4歩、5歩。もう少し心を落ち着かせる時間が欲しかったが、僅か5歩で店に到達してしまった。


「………………」


 さして大きな音を立てることもなく、魔導具によってガラス戸が開く。そして来客を認めたヒューマンの女性給仕がやって来る。


「いらっしゃいませ!」


「…………俺はビーストなんだが、入ってもいいだろうか?」


 シンタスが訊くと、給仕の女性は笑顔で頷いた。


「勿論です。店内へどうぞ。お好きなお席に座ってください」


「ああ、ありがとう……」


 内心の緊張を努めて顔に出さぬよう意識しながら、シンタスは壮絶な覚悟を持って店内に足を踏み入れた。



※西村西からのお願い※


ここまで読んでいただいてありがとうございました。

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