ヴェンガーロッド特務騎士隊隊員ロラン・マテックとほろ苦いレモンサワー⑧
食堂とはいえ、流石は異世界の店とでも言うべきか、件のナダイツジソバは、その威容からしてロランの想像を超えていた。
壁の中に埋まるように建つ店舗、その全面は高価なガラス張りで、出入口の戸までもガラス。しかもそれが魔導具で自動的に開閉しているのだ。
この国の中枢、華の王都にすらこんな店はない。
まだ店内を見た訳ではないが、出入口を見ただけでも、地球なる異世界が随分と高い文明水準にあるということが窺える。
行列に並び始めてから30分強も待ったところで、ロランとハリードの2人はようやく店内に案内されたのだが、ナダイツジソバの威容に気を持っていかれていたロランにとっては、正直あっという間のことであった。
「いらっしゃいませ、ナダイツジソバにようこそおいでくださいました」
そう言って慇懃に頭を下げて2人を店内に案内してくれたのは、まだ少女に見える魔族の給仕である。
ロランはヴェンガーロッドの騎士として情報を持っているから知っているのだが、彼女の正体は遠くデンガード連合を構成する一国、三爪王国の王女様だ。
何故、他国の王女様が異国で市井に混じり働いているのかというと、何でも故国の王族に伝わる修業の一環なのだとか。まあロランのような下々の者にはよく分からないこと、気にするだけ無駄であろう。彼女自身も王族扱いではなく一般人と同じように接してもらいたいと言っているようだし、無碍に扱いさえしなければそれでいいと、ロランはそう思っている。別に確認した訳ではないが、恐らくはハリードもそう思っていることだろう。
店内に案内され、2人横並びで座らされると、ロランが注文を頼むまでもなく、
「お前はこの店では初心者だから、今回は俺が料理を頼んでやろう。すまない、注文頼む! とりあえずコロッケソバふたつ、コロッケ別皿でお願いしたい!」
と、ハリードがロランの分まで料理を頼んでしまった。
コロッケソバ、コロッケを別皿。
コロッケソバなる料理のことは全く知らないが、メニューを見るに、ソバという料理の上にコロッケという別の料理を載せたものなのだろう。
どういう意図があるのかは分からないが、今回はコロッケを別の皿で。
「マテックよ、俺がいいと言うまでコロッケには手を付けるな? コロッケは後から酒の肴にするんだ」
ロランの不思議そうな表情が目に入ったものか、ハリードはそう説明してくれた。
なるほど、コロッケは酒のアテにするらしい。ソバは麺料理だから、まずはそちらだけ先に食べてしまおう、ということなのだろう。
これだけ店内が込んでいるというのに、10分と待たずに料理が供される。
先ほど店内に案内してくれた魔族の少女が持って来てくれた、コロッケとソバ。
ロランはソバを食べるのは初めてだし、スープに浸かった麺という料理に馴染みもない。
だが、このソバなる料理、これは驚くほど美味かった。
雑味のない、香り高いスープを纏った、噛み応えのある麺。甘やかで、噛めば独特の牧歌的な香りが鼻に抜け、スープだけで飲んでもやはり絶品。外の寒気に晒された身体に優しい温かさが染み渡る。
麺とスープ、それに少しの薬味。それだけのシンプルなものがこんなにも美味い。
地球なる異世界の民は、日頃からこんなにも美味い常食しているというのか。何と文化、文明の進んだ世界なのだろう。
夢中でソバを食べ進め、気付けば器を空にしていたロラン。
最後の一滴までスープを飲み干し、テーブルに器を置くのと同時に「ふう……」と熱い息を吐いたところで、ロランはハッと我に返った。
「ははは、どうだ、初めてのソバは美味かったか?」
一心不乱にソバを啜り、スープまで綺麗に飲み干したロランを見て破顔するハリード。
まるで食べ盛りの青年のようにソバをがっついてしまったロランは、思わず赤面して顔を俯けた。
「は、はい……」
美味かった、それはもう、べらぼうに。恐らく、今まで自分が食べた麺料理の中では一番美味いものだろう。
ハリードは「良い食いっぷりだ」と頷くと、手を挙げて給仕を呼んだ。
「申しわけない、追加の注文を頼みたい!」
そうハリードが求めると、すぐさま給仕の女性が来てくれた。先ほどの魔族の少女ではない、ヒューマンの女性だ。
「はい、ありがとうございます! ご注文どうぞ」
「では、このハイボ……ん!?」
と、メニューのアルコール欄を指差したハリードが、何故か注文の途中で言葉を止めた。そして、メニューをずい、と眼前に近付け、食い入るように一点を睨む。
一体どうしたのだろうか、という視線をロランと給仕の女性が同時に向けるのだが、ハリードはその注目にも気付いていない様子だ。
「どうされました、お客様?」
堪らず、といった具合に給仕の女性が声をかけると、ここでようやくハリードが顔を上げる。
「すまないのだが、このレモンサワーというのは何だろうか? この間まではなかったと思うのだが……」
言いながら、ハリードはアルコールの欄にあるレモンサワーなるメニューを指差した。
レモンサワー。
ロランの知らぬ酒だ。まあ、同じアルコールの欄にあるビールとハイボールという酒のことも知らないのだが。
しかし、名前から察するにレモンを使った酒なのだろう。
レモンというのは、温暖な地域であるデンガード連合から輸入される柑橘系の果実である。輸入品なので当然値が張り、上級貴族か豪商くらいしか口にせぬものなのだが、確か甘味よりも酸味が勝る、とても酸っぱいものだった筈。その酸っぱい果汁を茶に落とすと、味わいが華やかかつ爽やかなものになるらしい。
ハリードの質問に対し、なるほど、というように、給仕の女性は納得した様子で頷いた。
「ああ、レモンサワーですね? つい先日メニューに追加されたばかりの新しいお酒ですよ」
その言葉を聞いて、ハリードもまた納得した様子で頷く。
「ほう、新しい酒?」
「はい。ビールやハイボールと同じように爽快な飲み口のお酒なのですが、名前の通りレモンの果汁を使ったものになります」
レモンの果汁を使っているということは、さぞや酸っぱい酒なのだろう。質の悪いエールも酸っぱいものだが、あれには爽やかさの欠片も感じない。
ハリードは興味をそそられたらしく、顎を撫でながら「ふうむ」と唸った。
「それは興味深い。さぞや美味いのだろうな」
「ええ、勿論です!」
微塵も躊躇することなく、むしろ自信満々に頷く給仕の女性。
まあ、さもありなんといったところか。この店で出るものの品質は、先ほどのソバで証明された。料理だけではなく、きっと酒も一級品が出て来るのだろう。何せこのアーレスより進んだ文明で作られたもの、まず飲んでガッカリさせられるということはあるまい。
「ならばそのレモンサワーとやら、2杯お願いしよう」
そうハリードが注文すると、給仕の女性はニコリと笑みを浮かべる。
「かしこまりました。店長、サワー2です!!」
手元のメモ書きに素早く注文を記入すると、給仕の女性が厨房に向かって大きな声を上げた。
すると、打てば響くというように、
「あいよ!!」
と威勢の良い男性の声が返ってくる。件のストレンジャー、フミヤ・ナツカワの声だ。これだけ大勢の客の注文を休みなく捌き続けているというのに、まだまだ声に疲れた様子がない。むしろ張りがある。
ロランがその働きぶりに感心していると、ハリードが微笑を浮かべながら顔を寄せてきた。
「聞いたろ? 新しい酒だそうだ。楽しみだな」
ハリードは随分と嬉しそうだが、対照的にロランは事ここに及んでもやはり気が引ける。こんな真昼間から人目も憚らず堂々と酒を飲むということに拭い難い抵抗があるのだ。
「……本当に飲むんですか、こんな昼間から?」
ロランが引き気味に確認すると、ハリードは「勿論だろう」と頷いて見せる。
「そうだよ、飲むんだ。こんな昼間からな」
言ってから、ハリードは矢継ぎ早にこう付け加えた。
「昼だろうが夜だろうが、心の傷は時を選ばずジクジク痛む。昔のストレンジャーも言っただろう、酒は百薬の長だ、とな。これは言わば治療、酒という薬を心の傷口に塗り込むんだよ、ロラン・マテック」
言い終わるや、氷の入った冷たい水をグイ、と呷るハリード。
その仕草がまるで酒を飲んでいるように見えてしまい、ロランは思わず苦笑を浮かべてしまった。
昼間から酒を飲むということには未だに罪悪感のようなものを感じるのだが、それはそれとして、レモンサワーなる酒は果たしてどんなものなのか。それが妙に気になり始めてきたロランであった。
新年あけましておめでとうございます。
旧年中は名代辻そば異世界店をご愛顧くださり、まことにありがとうございました。
本年も小説、コミカライズ共にまだまだ名代辻そば異世界店の世界を描いていきますので、読者の皆様におかれましてはお付き合いの程を何卒よろしくお願い致します。
コミックス発売記念として明日もなろう版の方更新させていただきますので、そちらも併せてお読みいただければ幸いです。
さて、本日1月4日はコミカライズ版『名代辻そば異世界店』の更新日となっております。
今回はしばらくぶりの更新、チャップの弟チャック編の続きです。
ついに名代辻そばにたどり着いたチャックの様子が描かれますのでお楽しみください。
そして、明日、1月5日はいよいよコミックス『名代辻そば異世界店』4巻の発売日です!!
新従業員シャオリン加入編から20年後のチャップのエピソードまでが収録された第4巻、皆様、是非ともお年玉を握りしめて書店様でお求めください!!




