表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
172/175

ヴェンガーロッド特務騎士隊隊員ロラン・マテックとほろ苦いレモンサワー⑦

 とりあえず顔だけ洗わされてロランが連れ出された先は、はたして、アルベイル大公が暮らす旧王城、そこをぐるりと囲む分厚い城壁だった。

 寒風吹きすさぶ冬空の下を、かれこれ30分は歩いている。それもハリードと2人、言葉も交わさずにだ。


「………………」


 ハリードの言う気持ちを切り替えるというのは、まさか散歩のことを言っているのだろうか。

 確かに清閑な場所を歩いて気分転換する、というのは聞いたことがあるが、むさ苦しい男2人で景色を遮るような巨壁の横を延々歩いたところで暗い気持ちに光が差すようなことはない。むしろこの重苦しい沈黙が暗い気持ちを更に沈ませるくらいだ。これなら部屋にいた方がまだマシである。


「あの、教官……」


 もう帰りませんか、と、ロランがそう声をかけようとしたところで、ハリードが何かに気付いたというように「おっ」と少し弾んだ声を上げた。


「見えてきたぞ、マテック。あれだ、あれ」


 そう言ってハリードが指差す先を見るロラン。


 あれは、何だろうか、城壁のとある一角に、街の人々が列を成して並んでいる。5人や10人などという人数ではない、もっと大勢、軽く見積もっただけでも50人以上いるのではないだろうか。


「あれは一体……?」


 確かに城壁の内側、旧王城は観光名所になってはいるが、分厚く高い壁のまん前に立っていたのではその城の威容も見ることは出来ない。また、城壁に何か人目を惹くもの、例えば大きな絵画などが描かれているということも聞いたことがなかった。もしかすると大道芸人などが芸を披露しているのかとも思ったが、その場合は芸人を取り囲むように人が集まるので、このように列を成して並ぶことはあるまい。


 この人々は一体何の為にこんな場所に集まっているのか、とそこまで考えたところで、ロランはふとあることを思いだした。


「ナダイ……ツジソバ…………?」


 呆然と、そう呟くロラン。


 去年の話である。このカテドラル王国に、実に30年振りにストレンジャーが降臨したのだ。その名もフミヤ・ナツカワ。

 フミヤ・ナツカワは世にも珍しい食堂を召喚するギフトを持ち、自身の故郷である地球なる世界の料理を振る舞っているらしいのだが、その場所が確か、旧王城を取り囲む城壁の一角だった筈だ。

 フミヤ・ナツカワを密かに守護し、彼が自己解決出来ない問題が起きればヴェンガーロッドが動く。そう、国王陛下から命令が下されており、ある程度の特務騎士がこの旧王都の拠点に常駐しているのだ。

 今のところ彼の素性に気付き、身柄を奪取しようとするような悪党や他国の間者などは現れていないようだが、もしそのような者たちが動き出せば、仲間の隊員たちが不届き者を排除することだろう。また、彼に関する良くない情報を耳にすれば、すぐさま報告するようにも言明されている。


 そんな貴人たるストレンジャー、フミヤ・ナツカワが営む食堂の名が、確かナダイツジソバ。


 ロランの呟きが耳に入ったのだろう、ハリードが歩きつつもこちらに振り返った。


「おお、覚えていたか。その通り、この行列はナダイツジソバで食事をしようと並ぶ人たちだ」


「教官、もしかして、ナダイツジソバに行くつもりなんですか? あのストレ……」


 その先の言葉を口にしようとして、しかしロランは慌てて口を噤んだ。

 うっかりしていた。フミヤ・ナツカワがストレンジャーであることは極秘事項に相当する。何処に他国の間者や非合法組織の者がいるか分からないのだ、そんな状況で秘匿された情報を口外することは許されない。


 ハリードはロランのミスに一瞬だけ顔をしかめたが、すぐに表情を改め、そうだと頷いた。


「ナダイツジソバの料理は相当美味いぞ」


「は、はあ……」


 心ここに在らず、といった感じでロランは頷く。

 フミヤ・ナツカワがいたという地球なる世界の料理、この人気ぶりから察するに確かに美味いのだろうが、しかし今は美味いものを食いたいという気分ではない、それで気分転換を図ろうという気にもなれないのだ。気を使ってくれるのはありがたいのだが、今は正直、放っておいてほしい。


 が、そういう気持ちはちゃんと口にしなければ伝わらないもの。

 ハリードはロランの内心など知る由もなく言葉を続ける。


「今年は何度か旧王都の付近で任務に就くことがあってな、私もナダイツジソバに足を運んで食事をさせてもらったのだが、どの料理も実に美味い。他の何処でも食えん味だ、絶品だよ、絶品」


「そ、そうですか……」


「それにな、料理もさることながら、酒がこれまたべらぼうに美味い!」


 ギュッと拳を握り、そう力説するハリード。


 彼のこういう姿を目にするのは初めてなので、ロランは少し驚いてしまった。


「え? さ、酒ですか……?」


 その言いっ振りからすると、ハリードは中々の呑兵衛なのだろう。

 教導期間の中で、ハリードに同席して食事をすることは何度かあったが、彼が酒を飲んでいるところは一度たりとも見たことがなかった。

 酒を飲んで酔うということは、酒飲みにとっては大層心地のよいものだが、しかし酒精による酔いは人間の心身を著しく鈍らせるもの。そして隠密は厳しく己を律する者。つまり、酒と隠密は相反するということ。

 故に、己を律するべくハリードも酒を飲まないと、ロランはそう思っていたのだが、実際は見えないところでも相応に飲んでいたのだろう。恐らく彼は、年季の入った酒飲みだ。


 ロランに対して、ハリードは「そうだ!!」と力強く頷いて見せる。


「酒だ! 嫌なことは酒を飲んで忘れるに限る!! 俺も若い頃は落ち込む度に酒をグイグイとやったものだ!!」


「いや、でも、まだ昼間ですよ……?」


 任務のない時くらいは酒を飲んでもよいとは、確かにロランも思う。そこは個人の裁量だ。酒の酔いを任務にまで持ち込まなければ、プライべートの時間に酒を飲もうと自由である。

 が、今はまだ昼間なのだ。それもバリバリの正午。巷の人々はこれから昼食をかっ込んで英気を養い、まだまだ働こうという時間帯だ。まともな大人であれば、酒を飲むのは憚られる。


 しかしながら、ハリードはそんなこと気にした様子もなく、にこやかにこう宣言した。


「今日は仕事はない! 明日の朝まで潰れていたとて大丈夫だ!!」


 言ってから、ハリードは「まあ、他の仲間たちには白い目で見られるだろうがな!」と付け加え、豪快に笑って見せる。


 これはもしかしたらとんでもないことに付き合う羽目になったのではないかと、ロランは先の鬱屈とした気持ちも忘れてげんなりとしてしまった。


以上、年越しそばとなります。

本年も小説家になろう版、そしてコミカライズ版と名代辻そば異世界店をご贔屓にしてくださり、まことにありがとうございました。

来年は年明け早々のコミカライズ更新、そしてコミックス4巻の発売が決まっておりまして、まだまだ皆様に名代辻そばの世界をお届けさせていただけることを嬉しく思っております。


2025年、今年も1年大変お世話になりました。

読者の皆様におかれましては、2026年、来年も小説家になろう版、コミカライズ版共々名代辻そば異世界を何卒よろしくお願い申し上げます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ