表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
166/168

ヴェンガーロッド特務騎士隊隊員ロラン・マテックとほろ苦いレモンサワー①

 マテック子爵家は、王都に居を構える文官系の法衣貴族である。

 まあ、貴族とはいっても、マテック子爵家は元は商家。成り上がり者の家系だ。

 何でも5代前、初代のマテック家当主がやり手の商人で、当時のウェンハイム皇国との戦争に際し、物資が尽きかけて危うかった前線に武具と兵糧を運び、戦線の維持に大きく貢献したこと、そしてその戦争によって潰えてしまった貴族家がいくつか出たことにより、爵位を得たのだという。

 最初は男爵家から始まり、やり手だった初代当主の代で子爵家へ昇爵。しかしながら跡を継いだ2代目からは鳴かず飛ばずの状況が続き、今では本当に貴族かと疑いたくなるほどの貧乏生活。初代が建てたという屋敷は見た目だけは立派だが、美術品や魔導具など金目のものはとっくに売り払われ、庭では花ではなく食卓の足しになるようにと野菜を育てるような始末。貴族家に付きものの執事やメイドは1人もおらず、掃除も調理も家族が手分けしてやっているような有り様だ。

 しかも、貧乏なのに子供ばかり多く、家督を継承する長男以外は成人するなり全員もれなく家を出なければならなかった。長男の予備として次男を家に残しておく余裕すらなかったのである。


 ロランは、そんな名ばかり貴族の末っ子、五男として生まれた。

 そう、五男。成人次第、すぐに家を出て身を立てなければならないことが決定していたのだ。

 次男は騎士団、三男はダンジョン探索者、四男は地頭の良さを活かしタンタラス商会に、2人の姉も他家に嫁ぎ。最後に残ったロランは次男の伝手を頼り、騎士団に職を得た。まあ、騎士ではなく下っ端の兵士ではあるが。

 マテック子爵家に金はなくとも、幸いなことにロランはギフトに恵まれた。『音魔法』というものである。


 『音魔法』とは、その名の通り音を操る魔法だ。

 遠く離れた場所の音を聞く。自分が立てる音を消す。コウモリのように音波を発し、音の反響で空間を把握する。大きな音で対象の聴覚を潰す。そういった便利に使える、汎用性に富んだ魔法だ。


 武術についても弓や投げナイフといったものに適性があったようで、ロランは騎士団内で順調に出世を重ね、あと少し功績を上げることが出来れば、もしかすると騎士になれるかもしれないというところまで来ていた。

 だが、ここから先の出世は運と機会に恵まれなければ成し得ないことも、ロランは何とはなしに分かっていたのである。

 平民出身者に比べ、貴族出身者は出世という面で優遇されてはいるものの、ただの兵士が仮にも貴族である騎士爵に叙任されることは生半のものではない。貴族を増やす、ということに、上は慎重なのだ。貴族出身者であろうと、誰彼構わず騎士になれる訳ではないのである。明確な成果、手柄を立てなければ。

 そして、ロランたち騎士団が守護する王都で、そのような手柄に繋がる大騒動が起こることは滅多にない。

 まあ、難しかろうな、と、誰に言われずともロラン本人がそう思っていた。


 が、意外にも、ロランはその運と機会に恵まれたのである。

 ロランに決定的な出来事、人生の転機があったのは、今年の初頭、側妃キャスリンの実家ハロッズ侯爵家に関する醜聞により、いくつかの貴族家が降爵や取り潰しになった時の騒動だ。

 ハロッズ侯爵家、そしてその傘下にあった貴族の多くは降爵、或いは取り潰しという決定に、不承不承ではあるが従ったのだが、唯一、バラム男爵家だけはその決定に異を唱え徹底抗戦の構えを示したのである。

 王太子サンドルを廃し、第三王子ロダンを新たな王太子にと企んでいたハロッズ侯爵一派。バラム男爵は、その一派の中でもかなり悪質で、ハロッズ侯爵家傘下ではない他家の醜聞を探り、それをネタにハイゼン大公の悪い噂を流す協力をさせていたのだ。しかも、それだけに限らず、バラム男爵は強請りのようなこともしていたのだという。

 悪質であるが故に降爵ではなく取り潰し。しかしバラム男爵はあくまで寄り親であるハロッズ侯爵の命に従ったまで、情状酌量の余地すらないというのなら抵抗やむなし、と態度を硬化させたのだ。

 だが、王家は沙汰を覆すことなくバラム男爵家の取り潰しを決定。これに対し、バラム男爵は剣を手に取り屋敷に立てこもったのである。


 王家はバラム男爵家に騎士団を派遣して上意討ちを決定したのだが、その派遣された兵の中に、ロランもいたのだ。

 派遣された兵たちはバラム男爵に雇われた傭兵やゴロツキといった者たちを蹴散らし、屋敷に踏み入ったのだが、そこに男爵含むバラム家の者たちはいなかった。彼らは、屋敷の地下に密かに脱出用の地下道を掘り、そこを進んでいたのだ。

 だが、彼らがその地下道から無事外へ出ることはなかった。ロランの音魔法によって、屋敷に踏み込む前に地下道を発見、出口側から別動隊を突入させていたのである。

 逃走中だったバラム家の者たちは漏れなく捕縛、バラム男爵本人は失敗を悟りその場で自刃。討手の側に怪我人は出たが死者は皆無。

 危うく対象に逃げられるかもしれなかったところを、ロランの活躍によってピンチを切り抜けたのだ。

 この功が、具体的に言うとそのギフトの有用性と咄嗟の機転がある者の目に留まり、ロランは騎士爵に任ぜられることになったのである。


 騎士爵の位を授かり、正式に騎士となったロランには、爵位の授与と同時に辞令が下った。

 ヴェンガーロッド特務騎士隊への異動である。

 あまりにも意外な辞令であった。


 辞令が出た日のことをロランは今でも鮮明に覚えている。何せ、先日までただの兵士だった下っ端が、いきなり国王陛下の執務室まで出頭するよう命じられたのだから。

 ガチガチに緊張して、石のように固くなってしまったロランに対し、王は苦笑しつつもこう言ったのだ。


「ロラン・マテック。貴公、音を操る魔法を使うそうだな。レアギフトだの」


 それに対し、ロランは緊張のあまり場にそぐわぬ大声で返してしまったことも覚えている。


「は、は、は、はい!! 『音魔法』のギフトでありましゅ!!」


 大きな声に加え、最後に言葉を噛んで、幼い子供のように『しゅ』という語尾になってしまったことは、ロランの生涯最大の恥であろう。あれからもう半年以上経っているというのに、思い出すと今でも顔が赤くなってしまうくらいだ。恐らくは生涯、あの『しゅ』を忘れることはないだろう。


 ロランの返答にしばし笑ってから、王はこう続けた。


「遠くの音を拾い、己が立てる音を消す。武芸の腕も悪くなく、飛び道具の扱いに冴えを見せるか。実に隠密向きだの」


「は、は、は、はい!! ………………はい?」


 国王陛下を前に無礼ではあるのだが、それを思わず失念して、ロランは首を傾げる。

 自分が隠密向き。そんなこと、今の今まで、誰からも言われたことはない。ロランに剣術を教えてくれた父からも、一緒に稽古をした兄弟たちからも、兵士になってから鍛えてくれた指導教官からも、所属する部隊の隊長からも、同僚からも。

 しかし、後から聞いた話ではあるが、ロランの活躍を見ていた者はちゃんといたらしい。バラム男爵討伐の折、騎士団から派遣された部隊の他にも、密かにヴェンガーロッドの騎士たちが幾人か派遣されていたのだという。そしてその中には、闇の男(ババヤガ)と呼ばれる最強の特務騎士が参加していたとも。

 この闇の男(ババヤガ)こそが、ロランを特務騎士に、と王に推挙したのだそうだ。ロランのギフトは影の仕事に適した才能だ、と。

 まさか、自分のことをそのように評価してくれる人がいるとは、思ってもみなかったことだ。腐らず真面目に仕事をしてきてよかったと、この当時はしみじみそう実感したものである。


「騎士として身を立てるのが目標だと、そう聞いているが間違いはないか?」


「は……はい!! そうであります!!」


 返事をしつつも、しかし恐れ多くも国王陛下がどうしてこのようなことを知っているのかと、ロランは頭上に疑問符を浮かべずにはいられなかった。

 確かに、ロランは目指せ騎士爵、と立身出世を叫んだことがある。が、それは同僚たちとの飲みの席でのことだ。上司に面と向かってそのようなことを言った覚えはない。

 一体、何処に王へと繋がる目と耳があったのか。何時、何処で誰に見られているか分からない。これからは迂闊なことは言えないだろうなと、思わず息を呑み込むロラン。


 そんなふうに冷や汗を掻くロランに対し、王は「ロラン・マテックよ」と、改まった様子で語りかける。


「貴公、その才をヴェンガーロッドで活かしてみぬか?」


「え!? は、はい!! …………ええ!? はい!?」


 ロランは驚愕しつつも、思わず我が耳を疑った。今の王の言葉は聞き間違いではないのかと。


 この王都には、3つの騎士団が存在している。

 王族、他国からの来賓を守護する近衛騎士団。

 王都の治安を護るカテドラル王国騎士団。ロランの現所属騎士団である。

 そして最後は、王家の隠密、ヴェンガーロッド特務騎士隊だ。

 ヴェンガーロッドの騎士は駐屯地も所属する人員も全てが秘匿され、任務の内容も秘密。ただ、噂では王国に仇なす者たちを密かに消し去り、闇に紛れて王国を守護しているのだという。

 宵闇の中に身を隠す、影の騎士たち。それこそがヴェンガーロッド。

 そんなエリート中のエリートのような騎士団に、まさかロランが勧誘されるなどとは、思ってもみなかったことだ。何故、自分のような、下から数えた方が早い末端の兵士がヴェンガーロッドに誘われるのか。自分は夢でも見ているのではないかと、ロランはそのようなことを考えていた。


「………………!?!?!?」


 驚愕と混乱で言葉を失うロランに苦笑しつつも、王は言葉を続ける。


「貴公も噂くらいは聞いておろう? 王家の隠密、ヴェンガーロッド特務騎士隊だ。ヴェンガーロッドは貴公のその才能を欲しておる。どうだろう、余の隠密として力を貸してはもらえぬか?」


「は、は、は、はひ!!!」


 是非もない。一生に一度、あるかないかの大チャンスである。これを逃す馬鹿はない。

 ロランは勢いのままに了承の返事をしたのだが、緊張のあまり声が上擦って思わず「はひ」と噛んでしまった。

 最後のシメでこのような失敗をするとは。シメだったのにどうにも締まらない。何ともロランらしい失敗だ。

 国王陛下の苦笑いした表情と共に、ロランはその失敗を生涯忘れないだろうと、そのように思った。


 ともかく、ヴェンガーロッドの騎士、ロラン・マテックは、このようにして誕生したのである。


本日10月4日はコミカライズ版名代辻そば異世界店の更新日となっております。

今回からチャップの弟チャック編が始まります。


小さな田舎町の料理人一家に生まれたチャック。

兄チャップと一緒に切磋琢磨する充実した日々を送っていたチャックだったが、兄は料理のギフトと才能に恵まれたチャックに跡目を譲る為、家を出奔、そのまま行方知れずに。

兄の出奔より時は流れ、6年後。

チャックの家が営む食堂に、旧王都からダンジョン探索者ギルドの面々が訪れ……?


読者の皆様におかれましては、今回も是非ともコミカライズ版名代辻そば異世界店をお楽しみください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ