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シャオリンの挑戦 朝のまかない編③

「みんな、まかない出来たから座って座って!」


 店内の隅々まで届くようなよく通る声で、店長が皆を呼ぶ。

 出来上がった料理の皿を持って、シャオリンと店長が厨房から出て来ると、残りの皆が作業の手を止め、いそいそと席に着いた。

 そして、テーブルの上に置かれた料理の皿に、皆の注目が集まる。

 シャオリンが初めて作ったまかないということで、皆、期待の色を滲ませている様子。


 まずは「へえ」と、アンナが口を開いた。


「腸詰めの炒めに、目玉焼き、キャベツのサラダか」


「オニギリとミソシルもありますね」


 アンナの言葉に合わせるようにそう言ったのは、アレクサンドルだ。

 オニギリとミソシルについては、これまでのまかないで店長が何度も出してくれているので、アレクサンドルだけでなく店の皆が既知である。シャオリンがコメ好きということで、ちょくちょく作ってくれるのだ。


「キャベツの緑が差し色になっていい感じだね、シャオリンちゃん」


 ルテリアにそう褒められ、シャオリンは思わずはにかんでしまう。おかずについては肉、卵ときて、そこにバランスを考えて野菜を、とキャベツを一緒に盛ってみたのだが、それが功を奏した形である。


「腸詰めと目玉焼きは朝食の定番だけど、でも何回食べてもいいモンだよね」


 チャップもうんうんと頷きながらそう言ってくれた。

 シャオリンの生国、三爪王国ではそうでもないのだが、カテドラル王国やアードヘット帝国といったヒューマンの国では、こういう朝食が定番だということは、この店で働くようになってから知ったことだ。

 彼らにとっては、特に驚きもない見慣れた定番。しかしながら、定番ということは広く親しまれ愛されている証拠。この場の誰も、決して落胆した様子を浮かべる者はいない。


「このマヨネーズってソース、美味しいんだよね……って、これ、シチミかい?」


 言いながら、アンナが思わずといった感じで首を傾げた。マヨネーズにシチミが振りかけられていることが不思議なのだろう。シャオリンも店長からこの組み合わせを聞くまでは知らなかったことだから、彼女の気持ちも分からないでもない。


「七味マヨだね。ウインナーに付けて食べてると絶品なんだ」


 シャオリンに代わり、店長がそう答える。

 そして、店長の言葉に合わせるよう、今度はルテリアが口を開いた。


「これ、日本独自ですよね。フランスではマヨネーズはあっても七味はありませんから」


 ルテリアの言葉を聞いた途端、彼女と店長を除く4人が揃って「ん?」と首を傾げる。彼女が発したある言葉に引っかかりを覚えたのだ。


「フランスって?」


 皆を代表するよう、チャップがルテリアにそう訊いた。

 そうそのフランスなる言葉なのだ。皆、それが気になっていた。

 彼女の言い方から察するに、恐らくは地名なのだろうが、シャオリンには聞き覚えがない。以前、ざっと目を通したカテドラル王国の地図にも、そんな地名はなかったように記憶している。


 皆があまりに不思議そうな顔をしているもので、ルテリアは苦笑いしながら口を開いた。


「あ、私の生まれ故郷」


 やはり地名だったが、店長を除くこの場の誰も、やはり聞き覚えがない。


「フランス? 聞いたことある?」


 アンナがチャップにそう訊いた。

 チャップは元ダンジョン探索者ギルドの職員だ。きっと、職務の中で国中を色々と巡ったチャップであれば何か知っているかもしれないと思ったのだろう。

 だが、生憎とチャップも何も知らないらしく、首を横に振る。


「さあ? カテドラル王国にそんな地名はなかったと思うけど……」


「アードヘット帝国にもない地名ですね」


 チャップに続くよう、アレクサンドルもそう言った。

 カテドラル王国ではない、アードヘット帝国出身のアレクサンドルも、やはりフランスなる地名は知らないようだ。


 謎の土地、フランス。はたして、それは何処に存在するのだろう。もしかすると、意外なところでウェンハイム皇国あたりだろうか。シャオリンの記憶では、デンガード連合にそのような名前の国はない。もしかすると国ではなく、もっとローカルな地名なのかもしれないが、少なくともシャオリンの知るところではなかった。


 皆の視線がルテリアに集中する。

 その注目を受けて、ルテリアはあたふたと慌て始め、取り繕うように苦笑いしながら口を開いた。


「ま……まあまあ! その話はいいじゃない! さ、みんな、折角の出来立てが冷めないうちに食べましょうよ!!」


 パン、パン、と手を叩き、強引にフランスの話を終わらせるルテリア。

 何故かは分からないが、きっと、故郷のことには触れてほしくないのだろう。彼女の過去に何があったか、それは余人の知るところではないが、ともかく、それについてしつこく追及すべきではないと、皆、理解した次第。


「あ、ああ、そうすね……」


 チャップがぎこちなく頷き、それに倣うよう、他の皆も頷く。店長はどういう訳か、ホッとした様子だ。


 まあ、出来立ての料理を前に、手も付けずダラダラと喋り続ける馬鹿もない。せっかくの料理が冷めてしまう。


「それじゃ、いただきます!」


 店長が音頭を取り、


「「「「「いただきます!!」」」」」


 と、皆がそれに続く。


 シャオリンはまず、ミソシルの椀を取って口を湿らせた。

 ずずず、と椀に口を付けて、ミソシルを啜る。

 まさに手前味噌ではあるが、ちゃんと美味い。流石に店長ほど上手くは出来ていないものの、それでもミソとダシ、そしてキャベツの滋味が調和したこのミソシル、ちゃんと及第点くらいには達しているだろう。

 煮込んだことで多少くったりとはしているものの、キャベツの食感も死んではいない。噛めば確かにシャッキリとした歯触りを感じる。甘味の強い、良いキャベツだ。


 次はオニギリに手を伸ばす。


 と、先にオニギリから食べたアンナが、意外そうに口を開いた。


「お、このオニギリ、美味いじゃん」


 同じく先にオニギリから手を付けたチャップが、同意するように頷く。


「ええ。ふっくらとした口当たりで、ノリもパリッとしてて、塩の加減も丁度良くて……」


 食事中ではあるが、思わず口元に笑みが浮かんでしまう。美味しいと、そう言ってもらえることが、作った者にとってどれほどうれしいことか。

 彼ら本職の料理人たちに美味いと言ってもらえるのなら、シャオリンの素人料理も捨てたものではない。


 心の中でガッツポーズを取るシャオリンの姿が見えたものか、店長がこちらを見ながら、うんうん、と頷いて見せる。


「練習の成果、ちゃんと出てるね、シャオリンちゃん」


「はい……!」


 これまでずっとシャオリンを指導してくれた店長がそう認めてくれることもまた嬉しい。

 正直、もしかすると「こんな素人料理……」とガッカリされるかもしれないとずっと心配だったのだが、そんな不安は払拭され、逆に褒められたことで自信へと繋がった。シャオリンの料理はちゃんと食べられる、美味いのだ、と。


「ふむ、目玉焼きは固焼きですか。私は半熟派ですが、たまには固焼きもいいものですね。塩コショウがよく合う」


 器用にハシで切り分けた目玉焼きを食べながら、アレクサンドルがそう感想を述べる。

 目玉焼きの焼き方、味付けには個人の好みが如実に出るものだ。どうやらアレクサンドルは半熟派かつ塩コショウ派らしい様子。シャオリンも味付けは塩コショウが好みだが、焼き方はやはり固焼きに限る。これも好みの違いであろう。


「あら、アレクサンドルさん、塩コショウ派なんだ。俺は目玉焼きには断然醤油なんだよね」


 そう言いながら店長が目玉焼き論議に参戦すると、自分も、と言わんばかりにルテリアも口を開いた。


「私はケチャップが好き! 何だかんだ、タマゴとケチャップって合うじゃないですか」


「あたしはなんにも付けないのがいいかなあ。その方がタマゴの味がよく分かるし」


 ルテリアに遅れじと、今度はアンナがそう言う。

 そしてアンナに続き、チャップも発言する。


「俺は塩だけですかね? コショウとかも祖父のギフトのおかげで実家にありましたけど、あれはあくまで店の厨房で使うものであって、気軽に手を伸ばせるようなものじゃなかったからなあ……」


 言いながら実家のことに思いを馳せているのだろう、チャップは感慨深げな表情で腸詰めにハシを伸ばし、それを齧った。


「腸詰めも丁度の炒め加減だね。皮がパリッとしてて美味いよ。にしてもこれ、いい腸詰めだなあ」


 口内のものを咀嚼しながら、チャップは半分ほど食べた残りの腸詰めを見つめてそう呟く。

 彼の言う通り、確かにこの店の、というか店長の部屋、その冷蔵庫にある腸詰めは美味いのだ。三爪王国にも腸詰めは当然あるのだが、店長の腸詰めは正直、王宮の厨房にあるものよりも美味い。流石に店長が自作しているものではないらしいのだが、一体、どんな凄腕の職人がこの腸詰めをこさえているのか。


 チャップの言葉に同意するよう、アンナとアレクサンドルも深く頷く。


「な? ちょっと悔しいけど、うちで仕入れてるのより随分上等なやつだよ、これ」


「仕入れ先は……まあ、教えてはもらえないのでしょうね」


 美味そうに腸詰めを食べながらアレクサンドルが視線を向けると、店長はバツが悪そうに苦笑する。


「あはは、まあ、企業秘密ってことで…………」


 食材の仕入れ、その詳細については、従業員の誰にも明かされていないし、仕入れの様子を見た者もいない。これは店長のみが知るナダイツジソバの秘密である。


 皆で言葉を交わしながら、なごやかに食事は進む。美味くない食事であれば、こんなふうになごやかな雰囲気にはならなかったことだろう。不味いものを食べながらでは言葉が弾まない。つまり、シャオリンが作った料理はちゃんと美味かったということだ。

 シャオリンのような素人に毛が生えた程度の腕でも、良い食材を使い手順を守って調理すれば、ちゃんと美味いものが作れる。それはシャオリンの大きな自信に繋がった。自分も、微力ながら皆の助けになれたのだと。


 この後、皆は手早く食事を済ませ、早々に業務を開始したのだが、シャオリンは激務の中にあっても終始ご機嫌であった。

 小さなことであっても、皆が喜んでくれるのが嬉しい。

 これに満足せず、もっと精進を重ねようと改めて決意するシャオリンであった。


本日9月19日はコミカライズ版名代辻そば異世界店の更新日となっております。

今回はイシュタカのテオ編の最終回です。


無事、名代辻そばにて再会したテオとテッサリアは一緒に食事をすることに。

勝手の分からないテオに対し、得意満面でコロッケそばを頼むテッサリア。

農家として普段じゃがいもを育てているテオは、しかし普段とは違う、コロッケという美味なるじゃがいも料理に驚くことに……?


今回は美味しそうなコロッケそば、そしてテオとテッサリアの仲睦まじい様子にご注目ください。

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