表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
164/169

シャオリンの挑戦 朝のまかない編②

 チャップ、アンナ、アレクサンドルの3人と入れ替わるように、シャオリンは朝のまかないを作る為、厨房に入った。

 まず、用意するものは人数分の皿だ。大き目の皿を6枚。大皿におかずを盛って、各々そこから取っていく、という時もあるのだが、今回は1人1皿で用意していく。


 さて、皿を用意した後は、いよいよ調理だ。

 ユキヒラという手鍋にたっぷりと水を張り、そこにカツオブシとコンブを投入、弱火にかける。


 ユキヒラ鍋を火にかけている間に、次の作業へ。

 まな板と包丁を出して、まずはキャベツの千切りを作っていく。

 シャオリンは当初、千切りなどただ単にキャベツを切るだけの単純作業なのだから自分でも楽勝だと思っていたのだが、さにあらず。一定間隔で細く画一的にキャベツを切るには、確かに知識と技術がいるのだ。手本を見せてくれた店長は凄まじい速度で千切りを量産したものだが、シャオリンにそこまでの技術はない。今回は確実に作業を進めていく。

 外側の大きなキャベツの葉を2、3枚取り、それを丸めて切る。いきなりキャベツの玉そのものを切っていくよりも、この方が簡単なのだと店長が教えてくれた。

 店長に比べれば遥かにゆっくりと、しかしシャオリンにしては随分と手早くキャベツを切り進める。

 トン、トン、トン、トン。

 一定のリズムで、一定の幅で。集中を切らさず、テンポを保つ。 

 1皿分終われば、もう1皿分。6人分プラスアルファで大量のキャベツの千切りを切り終えると、次の作業へ。


 次は腸詰めを炒めていく。

 これについても、ただ単にフライパンで炒めるだけではいけない。まずは下拵え。

 腸詰めを1本手に取り、カーブしている腹の部分に包丁で横に3本ほど切れ目を入れる。これをしないと、炒めている時に肉を包んでいる皮が爆ぜ、破れてしまう。炒めている最中に皮が爆ぜると、熱された油が飛んで危ないのだ。まあ、シャオリンは強靭な皮膚を持つ龍人族なので腕や顔に油が飛んだところで大丈夫なのだが、ヒューマンにとっては火傷の危険がある、ということである。それに、切れ目を入れた方が見た目も良い。

 2つのフライパンに油を入れて、同じくコンロをふた口使って熱し、下拵えの終わった腸詰めをそれぞれのフライパンに9本、計18本全て投入、炒めていく。

 調理用の長いハシ、店長によるとサイバシという名称らしいのだが、そのサイバシで適宜腸詰めを転がしながら、均一に火が通るよう炒める。シャオリン個人としては、表面にほんの少し焼き目が浮くくらいじっくり炒めたくらいのものが好きなのだが、今回は皆に食べてもらうものなので、その手前くらいの具合で皿に腸詰めを盛る。1人頭3本。


 さて、次は難易度が上がり、目玉焼きだ。

 フライパンは腸詰めを炒めたものと同じものを使う。調理用油に加え、腸詰めの脂もたっぷり出ているので、更に油を追加する必要はない。

 1人頭2個、計12個の卵を用意し、フライパンの火は最大限弱火に。そこに、12個の卵を次々に割り、投入していく。腸詰めの時と同じく、フライパン片方6個の計12個。卵の真ん中あたりをフライパンの縁で2度、3度とコンコン叩き、十分な亀裂が走ったところで両手を使い殻を割る。店長はこの作業を流れるように、それも片手でやるのだが、シャオリンはまだそこまで出来ないので両手で。

 12個全て割り終えると、フライパンの上がギッチリと卵で埋まってしまった。練習でもこんなに沢山の卵を使ったことはない。ただの卵とはいえ、何とも壮観なものである。

 だが、いつまでも見とれている訳にもいかない。ここでシャオリンは、火の加減を弱火から中火へと強めた。

 途端、チリチリと小さな音を立てていたフライパンから、ジュワジュワと大きな音が立ち始める。

 そして、ここで大さじ1杯の水と、フライパンの上部をすっぽりと覆う蓋を用意するシャオリン。ちなみにこの蓋、ガラス製で中の焼き具合が目視出来る優れものだ。

 この次の作業には、少々の覚悟と勇気を要する。

 まずは深呼吸ひとつ。

 そして左手に蓋、右手に水の入った大さじを構え、


「えい!」


 と、フライパンに水をかけ、すぐさま蓋で閉じる。

 その次の瞬間だ。


 ジュワワワワワワワッ!!


 と、フライパンの内部から激しい音が立ち始め、ガラスの蓋が水蒸気によって一気に曇った。


 実際に自分で料理をするようになるまでシャオリンは知らなかったのだが、水と熱した油は激しく反発するのだ。決して混ざり合うことはない。仮にテンプラを揚げる大量の熱い油にたった1滴でも水を落としたとしたら大惨事になるだろうと、店長はそう言っていた。

 目玉焼きを焼く油の量は、テンプラやコロッケを揚げるほど大量ではない。が、やはりそこに水を加えれば、このように激しく反発するのだ。そして目玉焼きは、この現象を利用して火を通す。焼き上がりの目安は、この激しい音が収まり、投入した水が蒸発してから。

 目玉焼きの焼き加減には各々好みがあるだろうが、シャオリン個人は完全に火を通した完熟が好きだ。だから今回は皆には悪いのだが、シャオリンの好きな完熟の目玉焼きを食べてもらう。


 しばし激しい音を立てていたふたつのフライパンが、徐々に静かになっていく。


「…………よし!」


 パカリと蓋を取り、湯気立ち昇るフライパンの中を検める。

 もうもうと水蒸気が立ち昇り、やがてその白い湯気の中から目玉焼きの姿が現れた。

 きっちりと火が通り、月を連想させるような綺麗な黄色を湛えた黄身に、端の方が少し焦げ、カリカリになった白身。練習でこそ上手くいっていたものの、本番はどうなるかと不安だったが、文字通り蓋を開けてみれば完璧である。ふたつのフライパンどちらとも火の通りにムラはない。


「やった!」


 この出来には、思わず笑みが浮かんでしまう。練習の成果が本番で活きれば、やはり嬉しいものだ。


 シャオリンはフライ返しで目玉焼きを切り分けると、それぞれの皿にふたつの目玉焼きを盛っていく。

 そして最後に、冷蔵庫から取り出したマヨネーズを腸詰めの横にニュッと絞り、その上にシチミを3振りほどかける。店長が教えてくれたマヨシチミだ。炒めた腸詰めをこれに付けて食べると、抜群に美味い。


 おかずはこれで完成。


 と、ユキヒラ鍋に視線を移すと、そろそろ沸騰しそうになっている。

 一旦火を止め、ザルと布巾、ボウルを使ってダシを濾し取り、ダシのみを再び鍋へ戻す。

 正直、すでに店で使う分のダシがあるので、そっちを使った方が楽は楽なのだが、自分でダシ取りも出来た方がいいからとシャオリンはあえて手作業でダシを取った。

 ユキヒラ鍋を火にかけ、次は先ほど余計に切っておいたキャベツを投入、そしてすかさずオタマでミソを掬い、ダシに浸けてサイバシで溶いていく。

 そのままひと煮立ちさせて火を止め完成。

 今日はキャベツのミソシルだ。


 さて、おかずもスープも出来たのなら、最後はオニギリ作りに取りかからねばなるまい。

 炊いたコメ、シオ、ノリ、そして中に入れる具。それらを握り固めたものがオニギリ。何処までもシンプルな料理だが、これを作るのが最も難しいと、シャオリンはそう思っているのだ。

 オニギリの美味しさには、明確に調理する者の技量が反映される。

 まず、そもそもからして綺麗な三角に握るのが難しく、形ばかり意識して強い力でギュッギュッと握り固めるとオニギリの食感が損なわれてしまう。不味くはないが、どうにも固い。イマイチオニギリだ。何度も繰り返された練習の中で、シャオリンは一体何度このイマイチオニギリを握ってきたことか。そして何度店長にイマイチオニギリを食べさせてしまったことか。

 オニギリというものは、手数をかけずに握るほどふんわりとした食感に仕上がる。店長が作ってくれるオニギリは、この握り具合が絶品なのだ。口の中でふんわりとコメがほぐれ、得も言われぬ調和した美味さを醸し出してくれる。

 正直、シャオリンは今でもオニギリ作りを練習中で、3回に1回はイマイチオニギリになってしまう。しかも、上手くいった時でさえ店長のオニギリには全く敵わないのだ。

 失敗などする兆候すらなく、毎回完璧なオニギリを握る店長の技術がどれだけ凄いか。自分でオニギリを握るようになり、シャオリンは毎度そのことを思い知さられている。


 今回は上手く握れるだろうか。緊張が高まり、不安が募る。


 心を落ち着けるよう、


「ふう……」


 と静かに息を吐き、いよいよオニギリの作業に取りかかるシャオリン。

 まずは新しく取り出したボウルに水を張り、続いて小皿に塩を盛り、茶碗ひとつとオニギリ用の皿を人数分用意。更に別の小さなボウルにカツオブシを盛り、そこにショウユを垂らしてサイバシで混ぜていく。このカツオブシをオニギリの具とするのだ。店長によると、オニギリの中に入れるカツオブシのことはオカカと、そう呼ぶのだという。つまり、今日作るのはオカカのオニギリということになる。


 水道で手を清めてから、シャモジを右手に、炊飯器というコメを炊く魔導具の前に立つ。

 炊飯器の蓋をパカリと開けると、温かな湯気がもうもうと昇り、シャオリンの顔を包んだ。


「ううん……」


 濃厚なコメの香りである。炊き立てのコメというのは、特別に良い匂いがするものだ。コメのひと粒ひと粒がキラキラと白く輝き、しっかりと立っている。上手く炊けている証拠だ。

 流石は店長、と感心しつつ、シャモジを炊飯器に入れ、まずは炊けたコメを切るような手付きで混ぜていく。炊いたコメにはまず、この作業をするのだと店長が教えてくれたのだ。

 従業員が食べる分だけではない、店で出す分も含まれるので大量のコメを混ぜていくシャオリン。この大量のコメを混ぜる作業がまたひと苦労なのだが、シャオリンは身体能力に優れる魔族。ヒューマン以上の腕力にもの言わせてコメをかき混ぜ終えると、次は茶碗にコメをよそう。

 ボウルの水で手を清め、人差し指で茶碗に持ったコメの中央に窪みを作り、そこにオカカを詰め、新たによそった少量のコメで窪みに蓋をする。

 ここでまたボウルの水で手を清め、更に塩をひと摘みして両掌に塗り込み、茶碗のコメを手に移す。

 そして、ここから一気にオニギリの形を整えていく。


「いち、に、さん、し、ご、ろく、なな……ッ」


 合計7回だけのタッチでオニギリを三角に仕上げるシャオリン。

 オニギリの形、それ自体は多少不格好でもいい。最も重視すべきものは食感だ。頬張った時にふっくらと感じ、咀嚼すれば口内で解けていく。それが至高である。

 店長は形も食感も最高のオニギリを作るが、シャオリンはまだその域にまで達していない。形は綺麗な三角形ではなく歪だし、ちゃんと握るのに7手もかかる。店長は5手で済ますところをだ。

 これからも修業あるのみである。


 7回のタッチでどうにかオニギリを形にすると、シャオリンは素早くノリを巻いてそれを皿に置いた。

 三角、と言うには歪な楕円だが、ともかくまずはオニギリひとつ完成。残りは11個。先はまだまだ長い。


 シャオリンはボウルの水で手を清めると、再び掌に塩を付けて次のオニギリを握り始めた。


本日9月4日はコミカライズ版『名代辻そば異世界店』の更新日となっております。

今回もイシュタカのテオ編の続きです。


旧王都アルベイルにてようやくテッサリアと再会したテオ。

彼女の元気な姿に安堵するテオだったが、テッサリアは訳あって名代辻そばで毎日たっぷりと食事をしているのだという。

そんなテッサリアの勧めで、テオも一緒に食事をすることになり……?


読者の皆様におかれましては、今回もお楽しみください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ