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シャオリンの挑戦 朝のまかない編①

 店長は早いと、午前5時には起床して身支度を始める。

 無論、毎日午前5時に起きている訳ではない。が、どれだけ遅くとも午前6時には目覚めるので、どちらにしろ早起きであることには違いなかろう。

 いつもであれば、シャオリンは店長に遅れること1時間くらいで起床していた。店では誰より年上だが、魔族として見ればまだ子供であるということを加味して、店長が自分に合わせる必要はない、もう少しくらいゆっくり寝ていてもいいと、そう言ってくれていたのだ。

 だが、今日は、今日だけは店長の厚意に甘える訳にはいかない。何故なら、今日はシャオリンが従業員全員分の朝のまかないを作らねばならないからだ。

 別に誰に命じられた訳でもない。シャオリン自らが作らせてくれと志願したのだ。少しでも皆の力になりたいからと。

 無論、店長やチャップたちなど、厨房に立つプロの料理人たちほど美味い料理が出来る訳ではないし、技巧を凝らした料理を作れる訳でもない。

 だが、全く何も作れない訳でもないのだ。

 ここ数ヶ月の間、シャオリンはシャオリンなりに料理の腕を磨いてきた。将来、もしも自分1人で生きていかねばならなくなっても困らぬよう自活出来る力を養おうと、店長に教えを乞いながら。

 おかげさまで、今ではある程度の簡単な料理ならば1人でも作れるようになった。店長が晩酌に軽く摘まむような、そこまで本格的でもないちょっとしたものならば。

 これからもその特訓は続けるつもりだが、ともかく、今日はこれまでの集大成を朝のまかないとして皆に披露する。これは、シャオリンが自らに課した、超えるべき壁のひとつだ。店長だけではない、ある程度誰でも美味しいと言ってくれるものを作れるようになろうと。少なくとも、

 否が応にも気合が入ろうというものである。


 店長に合わせて午前5時に起床したシャオリンは、手早く身支度を済ませると、店長と一緒に1階に降り、早速まかないの準備を始めた。

 調理は店に皆が揃ってから。まずは食材の用意だ。

 本日作るものは、目玉焼き、腸詰めを炒めたもの、千切りキャベツ、ミソシル、そしてシャオリンが大好きなオニギリ。オニギリの具材には、ショウユで和えたカツオブシを使う。

 店長が仕込み作業を始めた横で、シャオリンも棚や冷蔵庫から食材を取り出していく。卵、ノリ、塩、ショウユ、カツオブシ。コメはすでに炊かれたものが炊飯器の中にある。

 一旦2階に戻り、腸詰め、キャベツ、ミソを部屋の冷蔵庫から取り出し、再び1階の厨房へ。

 ちなみにシャオリンが起床した時、ルテリアはまだ自分の寝床で寝息を立てていたのだが、食材を取りに2階へ戻った時には、洗面所で大急ぎで顔を洗っていた。察するに、自分が起きた時、部屋にシャオリンと店長の姿がもうなかったのでやばいと焦ったのだろう。

 もう少しゆっくりしててもいいのに、とシャオリンは思ったが、言うだけ野暮だと、あえて声はかけなかった。


「これでよし……」


 全ての食材が揃ったことに満足して頷くと、シャオリンはそのままホールの方に出て清掃作業を開始する。

 清掃作業が始まってすぐ、シャオリンたちに遅れてルテリアが2階から下りて来た。いつもに比べ、襟足がピンと跳ねているので、きっと、必要最低限の身支度だけして急いで来たのだろう。


「ごめんなさい、私だけ遅れちゃって!」


 そう言って、大慌てで掃除に加わるルテリア。


「気にしないでいいよー、別に寝坊したワケでもないんだし」


「私が好きで早起きしただけだから」


 店長とシャオリンが、ほぼ同時に口を開き、ルテリアに声をかける。

 店長の言う通り、ルテリアは別に寝坊した訳ではない。ここでは店長が最も早く起床し、30分か1時間くらい遅れてシャオリンとルテリアが起床するのがいつもの流れだ。

 ルテリアはいつも通りの時間に起床しただけ。悪いところなど何もないのだ。

 が、自分1人だけが遅く起きてきたというのがバツが悪いというのも分からないでもない。


「本当ごめん!」


 そう繰り返し謝罪するルテリアに苦笑を向けてから、シャオリンは作業に戻る。

 まずはテーブルの清掃から始まり、全部終わったら次は椅子。そして椅子も終わり床を掃き清めていると、どうやら道々合流したらしく、チャップ、アンナ、アレクサンドルの3人が揃って出勤して来た。


「「「おはようございまーす!!」」」


 3人揃って朝の挨拶。別に店長がそうしろと言っている訳ではないのだが、これは定番の光景になりつつある。


「はい、おはよう! 今日もよろしくね!!」


「「おはようございます!!」」


 店長、そしてシャオリンたちも挨拶を返すと、3人は制服に着替える為、従業員控室の方に向かった。

 その3人の背に、店長は「あ……」と声をかける。


「そうそう、3人とも、ちょっと聞いてほしいんだけどさ」


「「「?」」」


 3人が一体何だろう、と足を止め、振り返った。


「今日の朝のまかない、シャオリンちゃんが作ってくれるから、楽しみにしてて」


 何故だか不敵そうな笑みを浮かべながら、そう言う店長。

 その言葉を聞いた途端、3人は「えッ!?」と驚きの声を上げた。


「そ、そうなんですか?」


「へぇ~、そりゃあ珍しいね」


「というか、初めてじゃないですか? シャオリンさんが料理を作ってくれるの」


 チャップ、アンナと続き、アレクサンドルにそう言われ、シャオリンは少し気恥ずかしそうに頷く。


「私も、何かみんなのためになることしてみたくて……」


 無論、プロの料理人レベルのものは作れない。あくまでも家庭で出される素人料理。しかも初心者レベルのもの。だが、それでも店長に美味いと認められたもの以外は出すつもりはない。今回出すのは、いずれも店長の晩酌として出した際、合格点をもらったもので、尚且つ朝食向きのものである。


 シャオリンの言葉を受けて、アンナは興味深そうに「ふぅん……」と唸った。


「あんた、料理なんか出来たんだ?」


 訊かれて、シャオリンはやはり気恥ずかしそうに頷いて見せる。


「何か月か前から、店長に習ってちょっとずつ練習してたの……」


 シャオリンがそう答えると、今度はチャップが「え?」と声を上げた。


「営業時間が終わった後から?」


 店の営業が終わり、清掃作業なども終わると、遅い時には11時を過ぎることもある。そんな遅くから料理の特訓などしていては、床に就く頃には日付を跨いでいるだろうことは想像に難くない。

 シャオリンの意外な努力に思い至ったものか、チャップは先ほどよりも更に驚いた表情を浮かべている。

 だが、シャオリンの努力などチャップたち本物の料理人に比べれば微々たるもの。少しくらい寝る時間が減ったところで、頑健極まる肉体を持つ龍人族にとってはさして苦にもならない。


「うん。店長の晩酌用に、おつまみとか作って」


 ちょっとしたものを、ちょっとずつ。いきなり大がかりなものは作らない。が、塵も積もれば山となる、というやつで、ちょっとしたものでも日々作り続け、知識と経験を積み重ねていくと徐々に技術の方も向上していく。もう、生焼けや炭化した焼き魚を作っていた頃の駄目っぷりはとうに卒業している。


「なるほど、それは楽しみだ」


 言いながら、うんうんと頷くアレクサンドル。

 3人とも驚いた様子ではあるが、しかしがっかりしているふうではない。むしろ期待してくれているようだ。

 シャオリンにとって、その期待はプレッシャーではあるのだが、しかしネガティブなものではない。むしろ、この期待に応えようというやる気が湧いてくるというもの。


「本格的な料理じゃないけど、ちゃんと美味しいもの作るから。みんな、待ってて」


 ふんす、と鼻から太い息を吐いて意気込むシャオリン。

 あらかじめ店長と決めていたのだが、皆が出勤してきたら、ホールの作業はルテリアに任せてシャオリンは厨房で調理に入る。店長たちほど手早く調理出来ないので、どうしても多少の時間がかかってしまうからだ。


「ルテリアさん、残りの作業、よろしくお願いします」


「うん、あとはガラス拭きだけだし、任せといて」


 右の拳から親指を立て、ニコリと笑みを浮かべながらウインクするルテリア。

 ホールの仕事では相棒とも呼べる彼女だが、何とも頼もしいものである。


 皆の期待を一身に背負いながら、シャオリンは戦場に向かう兵士よろしく厨房へと向かった。


本日8月19日はコミカライズ版『名代辻そば異世界店』の更新日となっております。

今回はイシュタカのテオ編の続きです。


王都遠征が空振りに終わったものの、テッサリアの直属の上司、カンタス侯爵の計らいにより、旧王都アルベイルに向かったテオ。

風光明媚な古都で情報収集をしたところ、アルベイルにはナダイツジソバなる食堂に通いつめる有名な大食いエルフがいるそうで……。


読者の皆様におかれましては、今回も何卒お楽しみください。

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