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公爵令息ゴドフリー・ウェダ・ダガッドと天啓の照り焼きチキンそばピザ③

 ゴドフリーが旧王都に来てから、1週間ほどが経過しただろうか。

 あれから毎日、ゴドフリーは朝一からナダイツジソバに赴き、閉店まで店内で粘り、その間ずっと自動ドアを観察するという生活を送っていた。

 無論、何も頼まず席を占有している訳ではない。

 出勤前にさらっと朝食を摂ろう、という客が大半の中、ゴドフリーは朝から水のようにガブガブと酒を呷り、ガツガツと料理を貪りながらだ。

 ドワーフという人種は、身体の小ささに反し、驚くほど胃袋が大きく、他人種の2倍も3倍もメシが入る。酒については倍どころではない、底なしだ。まずどれだけ飲んでも酒に飲まれることがない。酔ったところで泥酔などしないのだ。これもまた人種的な特性であろう。


 普通、朝から晩まで居座るような客は、店にとっては大変迷惑なものである。それも毎日そんなことを続けられては堪らない、すみませんがお帰りくださいますか、と注意されてもおかしくはない。

 だが、ゴドフリーの場合は酒でも料理でも途切れることなく注文し、残すことなく全て平らげるので店としては追い出す理由もないのだ。むしろ客単価としてはトップであろう。


 この1週間で、ゴドフリーはすっかり顔も名前も店の給仕たちに覚えられ、立派な常連の一員と化していた。

 まあ、これだけ奇行じみたことをしていればさもありなん、といったところか。


 まあ、とにかくゴドフリーは現状、自分に与えられたこの時間を可能な限り全てナダイツジソバに注ぎ込んでいる。

 今日も今日とてゴドフリーは早朝に目を覚まし、朝イチから店の前に並んだ。当然の如く先頭である。

 ガラス戸の向こう側で、開店準備中の店員たちがせっせと動き回っている店内。こちらの姿に気付いた魔族の給仕がペコリとお辞儀をしてきたので、ゴドフリーも軽く手を挙げてそれに応える。

 開店まであと30分くらいだろうか。普通であればこの時間は暇なのだろうが、ゴドフリーはこれも無駄にしない。


「………………」


 太く短い腕を組み、無言で閉まったままの自動ドアを睨む。

 目の前にゴドフリーがいるというのに、今は微動だにもしない自動ドア。人の来訪を感知するあの赤い光が発せられることもない。これはここに通うようになって気付いたことなのだが、どうやら物理的に鍵をかけることで機能のオンオフを切り替えているようだ。スイッチやレバーではないのである。

 凄いものだ。

 人を感知し、戸を開閉するという、そのふたつの機能を連動させ、それをこんなにも小規模な装置で実現している。

 人を感知する仕組みもさることながら、恐らくはレールの内部に仕込まれているであろう、戸を開閉させる仕掛けはどうなっているのか。可能であれば中身をバラして見てみたいものだが、そんなことは出来る筈もなし。だから観察するに留めているのだが、その正体は杳として掴めず。

 ただ、戸が開閉するウィーン、という何かの駆動音が聞こえてくるので、少なくとも魔法によって何かしているのではないことは間違いない。純粋な装置による動作だ。

 歯車を使うにしろ、チェーンか縄で引っ張るにしろ、あんな細いレールの中に仕込めるものだろうか。地球なる世界の職人たちは、きっとドワーフすら凌駕する技巧を秘めているに違いない。

 叶わぬ夢とは分かっているが、可能であればゴドフリーも是非とも地球の職人に弟子入りして学んでみたいものである。


 と、ゴドフリーがそんな埒もないことを考えていると、ヒューマンの女性給仕が自動ドアの方に寄って来て、鍵穴に鍵を挿し込んだ。

 どうやら、ゴドフリーがあれこれと考えている間に時間が過ぎ、開店時間が来たらしい。

 自動ドアのロックが外れ、ウイィーン、と開く。


「皆様、おはようございます! 名代辻そば、本日も開店いたします!!」


 給仕の女性が大きな声でそう宣言した瞬間、いつの間にかゴドフリーの後ろに並んでいた他の客たちがワッ、と歓声を上げた。

 この歓声を聞く度にゴドフリーは思うのだ、この街の人々は本当にこのナダイツジソバという店を、そしてそこで供される美味なる料理の数々を愛しているのだな、と。

 今現在、ゴドフリーの後ろには30人くらいの人が並んでいるだろうか。早朝からこれだけの人数が熱心に行列を作るのだから、その愛されっぷりは本物である。決して一過性の流行ではない。

 確か、ナダイツジソバという食堂がこの街に出現してから1年半くらいだっただろうか、もうすっかり市民たちにとってなくてはならない、お馴染みの店になったということだろう。

 そして彼らを最初に迎えるこの自動ドアも、もうすっかりお馴染みになったのだろう。

 出来ることならば、ゴドフリーがこれから造ろうとしているウェダ・ダガッド製自動ドアも、同じように皆が受け入れてくれる、お馴染みのものになってほしいものだ。


「ゴドフリーさん、おはようございます。今日も一番乗りですね」


 自動ドアに思いを馳せていたゴドフリーに、給仕の女性がにこやかに微笑みながらそう声をかけてくる。確かルテリアだったか、この1週間通い詰めているうちに、もうすっかり顔と名前を憶えられてしまった。

 まあ、ゴドフリーの方も彼女の顔と名前は憶えてしまったので、お互い様といったところか。


「おう、おはようさん。今日も世話んなるぜ」


「ええ、今日もいっぱい食べて飲んでいってくださいね」


「おう、あんがとよ」


「それでは、どうぞ店内へ。あちらのお席へどうぞ」


「うん」


 壁際の席に案内されたゴドフリーは、そのまま座って何を頼もうかとメニューを取ろうとしたのだが、ふと、あるものに気が付いてそこに目を向けた。


「ん? これ……」


 壁に、貼り紙が貼ってあるのだ。

 ゴドフリーの記憶が確かなら、昨日まではなかった貼り紙である。

 何か円盤のような平焼きパンの精緻な絵が描いてあり、その上にこう文字が書いてあった。


 『期間限定メニュー 照り焼きチキンソバピザ 1日2枚まで 先着順』


 と。


「期間限定メニュー?」


 その文言に、思わず首を傾げるゴドフリー。

 卓上のメニューには載っていない料理だ。これまでゴドフリーが知らなかったというだけで、この店では定期的に期間限定のメニューを供しているということだろうか。

 照り焼きのチキン、そのソバピザ。

 鶏肉を用いたものだとは分かるが、しかし照り焼きとは一体如何なる料理なのだろう。そしてソバピザとは一体何なのだろうか。ただのパンではないということか。

 ゴドフリーの中で、ムクムクと好奇心が膨らんでいく。


 まさか、こんなサプライズまである店だったのか。

 だが、感心しているゴドフリーを他所に、後から入店してきた他の客たちが、


「お、おい、あれ、あの壁のやつ!?」


「期間限定メニュー!? あんなの今までなかったよな!?」


「1日2枚!? しかも早い者勝ちってか!?」


「おいおいマジかよ!? 絶対食いたいじゃん!!」


 と困惑も露にどよめき出した。


 この客たちのどよめきを見るに、どうも、これは定期的に行われていることではなく、この街に住む常連たちにとっても完全なサプライズであるらしい。

 まさか、完全な新しいナダイツジソバの試みに、こんなタイミングで巡り合えるとは、何たる僥倖だろうか。


 入店してから席に着くまで、今日は何から食おうか、などと考えていたゴドフリーは、ゴクリと息を呑む。

 ゴドフリーは今日、一番に入店した。つまり、この中の誰よりも先駆けて注文をする権利を得たということだ。

 そして、この照り焼きチキンソバピザとやらは完全なる先着順。

 つまり、ゴドフリーは1日に2枚しか供されない、そして一定期間が過ぎれば消えてしまう幻のようなメニューを優先的に注文出来る権利を得たということになる。

 それは喉も鳴ろうといもの。


 緊張のあまり手に汗を握るゴドフリーの側に、笑顔を浮かべたままルテリアが寄って来た。


「ゴドフリーさん、注文お決まりですか?」


「あ、ああ……。まずはビールと…………」


「はい、ビールと……」


 ペンとメモ書きのようなものを取り出し、それにすらすらと注文を書き込むルテリア。


 いつの間にか、店内からどよめきが消え、静寂が漂い始めていた。皆、黙ってゴドフリーが何を頼むのか、まさか1日2枚しか出ない照り焼きチキンソバピザを頼むではないかと、その去就、一挙手一投足に注目している。


 彼女がまずビールと書き終わるまで待ってから、ゴドフリーは恐る恐る口を開いた。


「それとあの、照り焼きチキンソバピザってやつを頼みたいんだが、いいか?」


 震える指で壁の貼り紙を指しながらゴドフリーが訊くと、ルテリアは満面の笑みを浮かべ、勿論だ、と頷いて見せる。


「ええ、かしこまりました。店長、注文入りました! ビール1、ピザ1です!!」


「あいよ!!」


 と、厨房から店主の声が返ってきたところで、それまで静寂に包まれていた店内が、再び「おおッ!?」という騒めきで満たされ始めた。ゴドフリー同様、彼らもやはり照り焼きチキンソバピザが食べたくて仕方がないのだ。


 騒めきに包まれながら、ゴドフリーは自分の気持ちが何時になく高揚していることに気が付いた。


コミックス『名代辻そば異世界店』3巻発売記念の連続更新でした。

読者の皆様におかれましては、もうコミックス3巻はお手に取っていただけましたでしょうか?

紙の本に加えて、電子書籍版も発売されておりますので、この機会に是非ともお読みくださいますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。


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