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騎士セント・リーコンと郷愁のほうれん草そば①

 セントは農民の子として生まれた平民だったが、メイスのような打撃武器に抜群の冴えを見せるギフト『クラッシュヒッター』を授かったので、成人すると旧王都へ出て兵士になった。上には5人も兄弟がおり、下にも3人の弟妹がいたので家に残るという選択肢はそもそもなかったとも言える。

 セントは昔から頑固だが生真面目な子で、親や上の兄弟に言われたことには素直に従い、家の手伝いも率先して行っていた。その生真面目な性格は兵士という職業には向いていたようで、平民としては出世して己の隊を率いる小隊長にまで昇進した。だが、それ以上の昇進はない、平民ではここいらが頭打ちだということもセントは理解していた。何故なら、兵士から騎士になれるのは基本的に貴族家出身の者だけだからだ。

 昔、まだカテドラル王国がウェンハイム皇国と戦争をしていた頃は、平民の兵士でも武功を立てれば騎士に取り立てられたそうなのだが、今は何処とも戦争などしていない平和な時代だ。だから滅多なことでは武功など立てられないのだが、幸か不幸か、セントは街道の巡回任務中に商隊を襲う盗賊の一団を発見し、これを単独で撃破したことで騎士爵に任ぜられて騎士に昇進、平民出身ながらリーコンの家名を得た。

 騎士爵は子に爵位を継がせることの出来ない一代貴族だが、それでも平民のセントにしてみれば大出世と言える。

 普通は盗賊退治だけで騎士爵に任ぜられることはないのだが、襲われていた商隊が国で最も力を持つタンタラス商会だったこと、そして商隊を率いていた商会の番頭、会頭に次ぐナンバーツーのパノンが上に進言してくれたこともあり、セントは騎士になることが出来たのだ。


 まさしく幸運の星。セントは平民出身の兵士たちの羨望の的であった。無論、幸運だけで騎士になれた訳でもないのだが、セント本人ですらも運が良かっただけだと、そう思っていた。

 先輩騎士たちもセントの実直な人柄と黙々と職務に励む姿勢に一目置いていたので、幸いにして誹謗中傷や嫌がらせを受けるようなこともなく今日まで至っている。

 だが、せっかく昇進したというのに、セントの仕事は一気に暇になった。雑務の多い兵士から上級職である騎士になったことでその雑務がなくなり、兵士時代にもしていた訓練と、城内の警護といったさして危険を伴わない仕事ばかりになったからだ。

 こんなことを言ってはバチが当たるかもしれないが、どうにも仕事にやり甲斐がなくなってしまったような気がしてならない。何せセントの根っこはあくせく働く平民なのだから。


 そんな折、セントは突如として騎士団の団長であるアダマントに呼び出された。

 セントは些か不安だった。別に仕事でヘマをしたりはしていない。やり甲斐こそあまり感じていないが、それでも職務で手を抜いたことはないし、誰かに内心を吐露したこともない。また、酒も飲まないので前後不覚になってうっかり口を滑らせたというようなこともないし、騎士用の独身寮に個室を宛がわれているので寝言で言っているのを聞かれたということもない。

 もしかすると自覚なく知らず知らずのうちに日頃の態度に出ていたのではなかろうか、まさかこれが原因で騎士から兵士に降格されるのではないか。

 そんなふうに不安を抱いたまま、しかし努めてそれは顔に出さず、セントはアダマントの執務室に出頭した。


「団長、セント・リーコン、出頭いたしました」


 執務室のドアをノックし、アダマントの返事を待つ。


「うむ。入ってくれ」


 中からアダマントの声が返ってきたので、ゆっくりとドアを開けて頭を下げる。


「失礼いたします」


 騎士の礼として胸に手を当てたまま深々と敬礼し、顔をあげるセント。すると、セントの目に信じられないものが映った。


「こ……これは閣下!」


 セントは驚きのあまり声を上げてしまった。何と、室内にはアダマントだけでなく、大公であるハイゼンまでもがいたからだ。

 アダマントは自身の事務机の前に座っており、ハイゼンは来客用のソファに座って茶を飲んでいた。

 まさかこの街のトップであるハイゼンまでもが同席しているとは思わず、セントは慌てて敬礼の姿勢に戻った。


「よい、楽にせよ、セント・リーコン卿」


 まるでイタズラが成功した少年のように笑いながら、ハイゼンがそう促してくる。

 いつも眉間にしわを寄せていた大公閣下が何という変わり様だと内心で驚きながら、しかしそれを言葉にすることなくセントは口を開いた。


「しかし……」


 ハイゼンはそう言うが、しかし不敬には当たらないだろうかとアダマントに顔を向けると、彼も苦笑しながら頷いた。


「構わん。楽にせよ、セント。閣下もそう仰られている」


「は……」


 2人が揃って楽にしろと言ってくれたので、セントもそれで若干緊張が和らいだ。どうやら何か、セントのことを試す為に言っているのではなかったようだ。


「かけてくれ」


 アダマントは言いながらハイゼンの対面に置いてあるソファを指差すのだが、自分如きが大公閣下の真正面に座るなど恐れ多いと思い、慌てて首を横に振る。


「いえ、自分は立ったままで……」


 と、セントの言葉の途中にも係わらず、それを制するかのようにハイゼンが口を開いた。


「いや、構わん。かけてくれ。少々込み入った話をする。貴公が立ったままでは話し難いでな」


 大公閣下にそう言われたのでは、立ったままでは逆に不敬。恐縮ではあるが、セントはその大きな身体を縮めるようにそっと座った。


「…………では、失礼いたします」


「すまんな、事前の知らせもなく同席してしまって。許せ」


 茶を飲んでいたカップをソーサーに置き、ハイゼンがセントに対して軽く頭を下げる。

 セントはまたも慌てて首を横に振った。


「いえ! そんな! とんでもございません、閣下!」


 ハイゼンはセントから見れば天上の人物。何せこの国で唯一大公位に就いている貴族の頂点であり、王弟なのだ。そんな天上人がセントのような似非貴族に頭を下げるなど、本来絶対にあり得ないことなのだ。これはハイゼンという身分を笠に着ない人物の人柄によるものだとセントも理解はしているのだが、しかし軽々にそんなことをされてはかえって心臓に悪い。

 普段は生真面目で表情の固いセントがあたふたしているのが面白いのだろう、ハイゼンとアダマントは揃って笑っていた。

 そうして、ややあってから表情を正し、アダマントが表情を改め、本題に入るとばかりに重々しく口を開いた。


「これより話すことはな、セントよ、私と閣下しか知らぬ秘中の秘だと、そう心得よ」


「は。このセント・リーコン、誓って他言はいたしません!」


 騎士団の団長であり、伯爵でもあるアダマントと、国内全貴族のトップに立つハイゼンしか知らぬ秘密の話。そのようなことを聞かされるとあっては、セントの緊張も嫌が応にも高まろうというもの。

 セントが胸に手を当てて宣誓すると、アダマントは「うむ、結構」と頷いた。


「それでは、話をする。閣下、お願いいたします」


 アダマントが顔を向けると、ハイゼンも応じるように頷いた。


「うむ。リーコン卿、貴公は先日私が保護したフミヤ・ナツカワ殿のことを存じておるか?」


 そう問われ、セントはすぐに頷いた。


「はい。私も閣下の護衛としてその場におりましたので、覚えております。確か、食堂を出現させる不思議なギフトの持ち主だったと記憶しております。今は城壁の一角に店を出しているとか」


 ハイゼンの護衛として王都へ赴いた復路でのことである。アルベイルへと繋がる街道の途中、往路では何もなかった場所にいつの間にか店らしきものが建っていた。前面がガラス張りになっており、入り口が自動で開く豪奢な店だ。セントはその店に入った訳ではないし、ナツカワ某と会話した訳でもないのだが、そのギフトの特異性と、遠目から見た本人の異質さも相まってよく覚えている。それにどういう意図があるのかセントのような下っ端には分からないが、彼は即日ハイゼンの庇護下に入ることとなった。だからあの場にいた騎士たちの間では、彼のことは結構噂に上るのだ。一体何者なのだろうかと。

 現に、ハイゼンはナツカワ某のことを殿付けで呼んでいる。それに貴族でもなさそうなのに家名を名乗っている。全く以て謎の人物だ。


「おお、そうだったな。貴公も一緒にいたのだったな」


 そう言うハイゼンにセントも頷きを返す。


「はい。ただ、自分は店に入ったことはありませんが」


 ナツカワ某を保護してアルベイルに帰還した翌日、彼はハイゼンの肝煎りで城壁の一角を提供され、そこに例の店を出した。店の中に入ったことはないが、外に用事があって通りかかった際にたまたま見たのだが、どうも利便性に富んだギフトのようで、現出した店は分厚い城壁を貫通するように同化していた。あんなギフトは見たことも聞いたこともない。実に不思議だ。


「何だ、貴公、今まで一度もナツカワ殿の店に行っていないのか?」


 ハイゼンが不思議そうな顔をしてそう訊いてくるのだが、セントはそうだと頷いて見せる。


「はい。食事はいつも宿舎の食堂で済ませております」


 宿舎とは、旧王城内部にある騎士団専用の兵営のことだ。この中に騎士用の独身寮も併設されている。平の兵士たちは全員大部屋だ。そして料理など出来ない者ばかりの男所帯なので、当然ながら内部に食堂もある。


「3食全てか?」


 ハイゼンの問い、これにもセントは頷く。


「は。そうであります」


「これは、何ともまた……」


 半ば呆れるようにしてハイゼンは腕を組んだ。見れば、アダマントもまた微妙そうな顔をしてセントに視線を注いでいた。


「あの……いけなかったのでしょうか?」


 セントはただ単に宿舎の食堂で飯を食っていただけだ。それが何故、呆れたような顔をされなければいけないのか本気で分からない。

 ハイゼンは苦笑しながら口を開いた。


「いや、そのようなことはない。宿舎の食堂は騎士、兵士からは金を取らぬでな。質素倹約は美徳である」


「は……」


 セントとしては別に倹約しているつもりはなく、1日3食をちゃんと食べさせてもらえるのなら何処で食べようが何を出されようが、それこそ毎日同じメニューだとて文句はないだけ。元は満足に食うこともままならない貧しい農民の子。だから硬いパンと薄いスープ、それに質素なおかず一品しか出ない宿舎の食堂でも構わず通い続けている。宿舎の食事に我慢がならず外に食べに行く者を否定する気はないが、少なくともセントはあえて外食をしようとは思わない。それだけなのだ。


「ま、まあそれは別によい……。話の本筋ではないでな」


「はあ……」


 そう生返事をするセント。何だか話をうやむやにされたような気もするが、ハイゼンが話の本筋ではないと言うのなら頷く他はない。

 ハイゼンは仕切り直しとばかりにコホンと咳払いすると、改めてセントに向き直った。


「で、だ、セントよ、重要なのはここからだ」


「は……」


「先ほど言うたフミヤ・ナツカワ殿なのだがな、彼はこの世界に来たばかりのストレンジャーなのだ」


「何と!」


 セントは思わず驚きの声を上げる。

 確かに珍しいギフトを持つ男だとは思っていたが、それだけで大公ともあろう者が平民一人を囲ったりするものだろうかと疑問に思っていたのも事実。それがまさか異世界からの来訪者、ストレンジャーだとは思ってもみなかったが、そう考えればこれまで腑に落ちなかったことも納得出来る。ストレンジャーはこの世界に革新をもたらす貴人。現に過去のストレンジャーもその知識と能力でこの世界を発展させてきた。建築、製鉄、農耕、医術、政策。ともかく例を出せば枚挙に暇がない。その貴重な力を狙う者のことを考慮すれば保護されて然るべき存在である。


 そんな貴人であるフミヤ・ナツカワの秘密を何故、自分のような立場の低い騎士に洩らすのか。セントがそんなふうに疑問に思っていると、アダマントがとんでもないことを言い出した。


「セントよ、貴公にはこのナツカワ殿を守護する任務に就いてもらいたいのだ」


「私がですか!?」


 またしても驚きの声を上げるセント。本日何度目だろうか。


「そうだ。貴公は誠実な人柄で腕も立つ。そして爵位を得たばかり故に変に貴族ぶったところもない。彼を護るという任務にはうってつけだ」


「しかしながら、私でよろしいので? もっと適任の方がおられるかと思うのですが……」


 セントは一介の騎士でしかない。それも似非貴族でしかない騎士爵。戦いの腕はそれなりにあるし、大公閣下という貴人の護衛も勤めているが適任だとは思えない。もっと影に紛れる、それこそ隠形の業を収めた暗部の人間や、そういうギフトを持つ者に任せた方がいい筈だ。

 が、アダマントは首を横に振る。


「この任務、適任なのは貴公を措いて他にはいない。それについては閣下も同意されている」


「閣下が!?」


 セントが顔を向けると、ハイゼンは無言で頷いた。


「別に驚くことでもなかろう? 貴公は単身で盗賊団と戦い商隊を護り抜いた義に厚き男。誰かを護るのにこれほど適した者もおるまいて」


「そう……でしょうか?」


 確かに戦うことは出来る。そういうギフトだし訓練も欠かしたことはない。義侠心も人並みにはあるだろう。だが、それでもストレンジャーのような特級の貴人を自分だけで護るというのは荷が重い。正直、自信がない。

 だが、そんなセントを鼓舞するよう、アダマントはわざわざ席から立ち、彼の肩を強く叩いた。


「自信を持て、セント。暗部からも密かに護衛を付けておる故、貴公1人に全てを背負わせようとも思っておらん」


 すでに暗部が影ながら護衛に付いている。そう聞いてセントの気持ちは若干軽くなったが、しかしならば何故自分までもが護衛をしなければならないのか。それはいささか過剰なのではないか。

 セントがそう疑問に思っていると、アダマントに代わってハイゼンが話し始めた。


「別に、門番のように店の入り口に陣取って監視の目を光らせるようなことをせずともよい。ただ、それとなくナツカワ殿の周囲を警戒してくれればそれでよいのだ。普段は店の周辺をうろついて、たまに客として店にも入ってみたりな。要は、貴公という腕の立つ騎士が頻繁に店を出入りしていると、周囲にそう認識させればよいということだ」


 確かに騎士が頻繁に出入りしている店で不埒なことをしようと思う輩は少ないだろう。下手をすればその場で即お縄なのだから。


「はあ、左様ですか……」


 そんなものなのだろうかと、セントは思わず生返事をしていた。一応、話の筋は通っているように思うが、それにしてもその役目が自分である必要があるのだろうか。名誉なことではあるのだろうが、もっと腕が立ち、爵位も高く、名も通った騎士は他にいくらでもいる。彼らでは駄目なのか。

 他ならぬハイゼンとアダマントの指名なので表立って断ることはしないが、どうにも気が進まない。


 セントは嘘がつけぬ実直な男。だからそんな内心が顔に出ていたのだろう、ハイゼンもアダマントも苦笑していた。


「不満か、セントよ?」


「いえ……」


「だが、貴公はきっと、この任務について心から良かったと思うようになるだろう」


「え?」


 唐突に予言めいたことを言われて困惑するセント。

 そんなセントに、ハイゼンとアダマントは何故か不敵な笑みを向けていた。


「ツジソバのソバは絶品だぞ? 正直に言うて、宿舎の食事とは比べものにならん」


「は?」

※西村西からのお願い※


ここまで読んでいただいてありがとうございました。

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