公爵令息ゴドフリー・ウェダ・ダガッドと天啓の照り焼きチキンそばピザ①
ドワーフたちが暮らすダガッド山の地下都市には、数え切れないほどの工房がある。
ドワーフという人種は、自他共に認める職人の種族だ。故に彼らが暮らす場所は自然と職人の街となり、当然そこは各工房の集合体のような様相を呈する。
そして工房の大きさこそが、イコール工房としての力の強さに繋がってくるのだ。
大きい工房はそれだけ腕の良い職人たちを抱えており、良い仕事をするもの。依頼主の要望を叶え、そこに自身の工夫も加え、料金の範囲を逸脱せず、納期はきっちりと守る。
良い仕事は信頼に繋がり、その信頼は次の仕事に繋がり、そうやって工房は大きくなっていくのだ。
ダガッド山の主、ウェダ・ダガッド公爵家当主ヘイディ・ウェダ・ダガッド。
その息子であるゴドフリーは、母から受け継いだ大工房の現親方である。
ウェダ・ダガッド自治領でも1、2を争う巨大工房『アーガス魔導具工房』は、代々ウェダ・ダガッド公爵家が継承してきた魔導具工房。アーガスというのは、工房を興した初代ウェダ・ダガッド公爵家当主の名である。
ゴドフリーは公爵家を継がぬ次男でありながら、この工房を母から受け継いだ。
ゴドフリーの兄、公爵家次期当主ゴドハルトも職人ではあるのだが、彼が神より授かったギフトは『製薬』というもの。これは文字通り薬品の精製を行うもので、道具を用いず素材に手を触れるだけで薬品を作り出せる優れものである。ドワーフたちは、この『製薬』のギフトを用いることで既存の酒の酒精を高め、特製の火酒をこさえているのだ。
が、このギフトは魔導具の作成に向くものではない。故に、ゴドフリーに工房主のお鉢が回ってきたという次第だ。
ちなみにだが、ゴドフリーの次の工房主は、ゴドハルトの長男ということになっている。
ゴドフリー、そしてゴドハルトの長男は、共に『魔導彫金』のギフト持ちだ。
『魔導彫金』とは、金属に魔力を流し込みながら彫金することが可能なギフトである。
ミスリルをはじめとした魔法銀は、魔力を流し込みながらでないと加工が出来ない。そして魔法銀は、魔導具を制作する際、必ず用いられるものなのだ。
全ての魔導具は、魔力が通されることにより動作するのだが、魔力を貯め込む性質を持つ魔法銀を使用しなければ魔力が通らない。魔法銀ではない、普通の金属、例えば鉄であったり銅であったりは全く魔力を通さないのである。
また、魔法銀に『魔導彫金』によって魔法陣を描き込むことによって、魔導具は複雑な動作を可能にするのだ。
簡単に言うと、魔法銀とは魔導具における中心部、要のようなものである。
つまり、アーガス魔導具工房を継ぐ条件は、ウェダ・ダガッド家の人間であり、かつ魔導具制作に向くギフトを持っているか否か、ということだ。
ちなみにだが、母ヘイディのギフトは『合金』というもの。これは自分が触れた金属同士を、粘土のように手でこねて合金させられるというレアギフトである。
そして更に言うと、母はアーガス魔導具工房の先代親方でありながら、魔導具職人ではなかった。武具専門の鍛冶職人だったのだ。が、母が工房を継いだ当時はウェダ・ダガッド家には母しか子がなく、例外的に親方の地位に就き、実質的な工房の総指揮は遠縁の親戚に任せていたのだという。
母が工房のトップ、親方の地位をゴドフリーに譲ってから、かれこれ5年も経っただろうか。
だが、母は職人を引退したというつもりは毛頭なく、領主としての仕事をしつつも、時間を見つけてはゴドフリーのところ含めた領内の各工房に顔を出す。そして顔を出しては職人の作業を手伝ってみたり、ああでもない、こうでもないと意見を出したり、突拍子もなく新製品のアイデアを出したりする。
そんな母が、無理難題とも言えるような新製品のアイデアを持ち込んで来たのは、去年のことだ。
父を含めた家臣団と一緒に王都へ納品に行き、そこから何故か父と別行動を取り、旧王都アルベイルへと向かった母。
アルベイルから帰って来た母と家臣たちは、終始興奮した様子であった。何でも、ストレンジャーが営む食堂で、この世界にはない酒を飲んだそうである。
何でも、その酒はビールという名称の麦酒で、エールの上位互換とでも呼ぶべきものらしい。
そして母は、その大層美味なビールと共に、ストレンジャーの食堂で数々の魔導具に邂逅したのだという。
来客を感知して自動で開くガラスの扉、楽器も用いず音楽を流す装置、取手を回すだけで火が点く調理台、内部を低温に保ち食材を長く保存する棚。いずれもストレンジャーの世界の魔導具で、そのストレンジャーのギフトによってこのアーレスに顕現したのだそうだ。
他にも色々な魔導具があったそうだが、母はゴドフリーに、自動で開く扉の再現を命じた。この発明が実現すれば国を問わず広く普及し、必ず人々の生活に浸透する筈だ、と。
それからずっと、年を跨いで今に到るまで、ゴドフリーは延々と自動で開く扉の制作に取り掛かっているのだが、状況は芳しくない。何度試作品を造ってみても、母が首を縦に振らないのだ。
今日も今日とて、ゴドフリーは工房で最新の試作品を母に見せている。
家屋の扉ではないのだが、以前から自動で城の門を開閉する魔導具というものは存在した。従来は滑車と歯車、それに鎖を使い人力で開け閉めしていた門。その鎖をレバーひとつで巻き取るものなのだが、これがドワーフを5人は束ねたくらいに大きかった。
今回はその機構を応用し、バネの力で閉じる扉を、鎖を引いて開けるものを制作してみたのだが、やはり母の反応は芳しいものではない。
終始しかめ面のまま動作テストを見守っていた母は、ゴドフリーが作業を終えると、腕組みしたまま静かに口を開いた。
「…………ゴドフリー」
「何だい、おふくろ?」
「こいつは駄目だね」
ふう、と残念そうにため息をつきながらそう言う母。
もうお馴染みになってしまったこのやり取りだが、自身が力を注いだものを「駄目だ」と言われて心穏やかではいられない。何より、残念なのは母よりゴドフリーの方だ。今回は、いや、今回も渾身の出来だったというのに、一体、母は何が気に入らないというのか。
「どうしてだよ!?」
「デカ過ぎるよ、こいつぁ」
母がそう言って指差した装置は、ドワーフの背丈ほどもある柱がふたつ。扉を挟む形で左右に設置してある。片方が鎖を巻き取るもので、もう片方が扉の前に来たものを感知するものだ。当初は大柄なヒューマンほどもあったものを、ゴドフリーと工房の職人たちの創意工夫で約半分にまで小型化成功したのだ。
しかしながら、この渾身の作を母は駄作だとでも言わんばかり。ゴドフリーとしては、母の要求が理不尽極まるとしか思えない。
「つったって、小型化するにしても限界ってもんがあんだろうよ!」
ゴドフリーが苛立ちを隠さずに言うと、母は「ふん!」と鼻から太い息を吐いて口を開いた。
「そこを工夫すんのが職人の腕の見せどころってもんさね。あんたも一端の職人なんだ、だったら腕を見せな、腕を。そして工夫を見せな。やれることはまだまだあるはずだよ」
母はそう言うが、腕はこれで見せているつもりだし、工夫も惜しみなく詰め込んでいる。アイデアとて、工房の皆が侃々諤々の会議を繰り返して絞り出し、注ぎ込んだのだ。これ以上どうしろと言うのだろうか。
「だから、当初の半分にまで小型化したじゃねえか。半分だぞ、半分? 十分すげぇじゃねえかよ!?」
そうゴドフリーが訴えても、母はまだまだ足りないとばかりに、無慈悲にも首を横に振って見せる。
「全然デケェってんだよ。それにこれ、人間の感知が完璧じゃねえだろ?」
言ってから、母は卓上にあったペーパーウェイトを手に取り、それを扉の前に放り投げた。そして、そのペーパーウェイトが床に落ちた瞬間である、近くに誰もいないというのに装置が作動して扉が開いたのだ。
ペーパーウェイトに反応して開いた扉を見て、ゴドフリーは思わず渋面を作る。
確かに、この装置では人間とそうではないものを区別することが出来ない。装置の検知範囲で動体を感知すると、扉が開く仕掛けになっているのだ。人間だけを感知する、というのは不可能であるというのがアーガス魔導具工房の総意である。実際に人の目で見なければ、そんなことは不可能であると。
それに、ゴドフリーは別にそれでもよかろうと、そう思っている。
確かに野良猫や野良犬が来ても作動してしまう欠点はあるが、このような装置を設置することが想定される富裕層の家に野良猫や野良犬が来ることはそうそうない。きっと、そんなものが近寄る前に警備の人間が追い払うことだろう。それに、いざとなれば夜間などは装置の火を落としておけば警備がいなかろうと誤作動を起こすことはない。
が、母はそれも気に入らないらしく、眉間に深いしわを寄せている。
「動くもんが近くに来たら、て設定にしてあんだろ、これ? こんなんじゃあ、人間どころかカラスか何かが来ただけで開いちまうじゃないか」
「そうは言うけどな、おふくろ、じゃあ人間とそうじゃねえもんをどうやって区別すりゃあいいんだよ? 生き物みてえに目ん玉で見て自分で判断する魔導具なんかねえんだぞ? そんなもん造れたら歴史に名が残らあな」
究極的には、誰か人が目で見て判断するのが一番間違いがない。が、そこまで高度で高性能な魔導具など、現代には存在しないのだ。大昔、それこそ炎の巨人スルトが世界を焼く前は今よりも遥かに高度な魔導具製造技術が存在し、自立稼働するからくり人形、ゴーレムなども当たり前に普及していたそうなのだが、そんなものはスルトの炎によって全て焼失してしまった。もっと時が経てばそういう技術も復活していくのだろうが、今それを求めるのはないものねだりでしかない。
だからこそゴドフリーたちは現存する技術で母の注文に応えようとしているのに、肝心の母は不満を隠そうともしないのだ。
「だから! そこを工夫しなって言ってんだよ、さっきからさあ!」
ダン、と机を叩きながら、母が声を荒らげる。
だが、ゴドフリーとて苛立っているのは同じだ。こちらも負けじと声を張り上げる。
「工夫ならもうしてんだよ! 無茶言うな!!」
「足らねえよ! 何より、こんなにデカいんじゃあ、普及させられねえじゃねえか!」
「普及すんだろ!? 少なくとも、領地持ちの貴族たちは欲しがるハズだ」
平民の家にまさか扉を開くだけの魔導具を置く訳もなく、先にも触れた通り、これを使用するのは貴族のような富裕層という想定。貴族は基本的に位が高いほど見栄っ張りだし、領地を持たぬ法衣貴族は特にその傾向が顕著だ。ただ扉を開くだけのものでも、真新しいという理由だけで確実に売れる筈なのである。
が、母が言いたいのはそういうことではないらしい。
「貴族だけじゃねえ、平民にも普及させてえんだよ!」
母にゴドフリーがこの魔導具を開発しろと言われた当初から、彼女は平民にもこれを普及させたいと言っていた。
が、ゴドフリーは、平民といっても裕福な豪商や一流レストランなどで使用されているものだと思っていたのだ。決して、一般的な平民の家屋で使われることは想定していなかった。
しかしながら、母はどうも、その一般的な平民の家にもこの装置を普及させたいらしい。
「平民の家には門なんかねえだろが!?」
こんな大がかりな装置を使わなければならない門のある家。そんなものは貴族の御屋敷くらいのもの。一般的な平民の家には、そもそも門などないのが普通だ。
しかし、ゴドフリーのこの発言は、母を更に激高させる結果となった。
「バーロー、門じゃねえ、家の戸を開けるんだよ! 玄関の戸だ! そのための小型化だってんだよ!!」
母のその言葉を聞いて、ゴドフリーは思わず「アホか!?」と心の中で叫ぶ。
「戸なんか手で開けりゃあいいじゃねえか!!」
わざわざ高価な魔導具を設置してまで玄関の戸を開けたいと願う平民などいる筈がない。市井の民は、そんな無駄なことに金を使うくらいなら、もっと日々の暮らしに根差したこと、例えば明日のパンや衣服、家賃や税金の支払いなどに回すだろう。
家の戸など、手で開ければいいのだから。人は昔からそうしてきたのだから。何より、戸の開閉の自動化など優先すべきことではないのだから。
「それを自動化してえってんだよ!!」
だが、母はどうしてもそこに拘る。この執着は一体何なのだろうか。
「どうして!?」
「地球の技術にちょっとでも追っ付きてえんだよ!!」
「またその地球かよ!?」
ゴドフリーは呆れたように吐き捨てた。
地球というのは、この世界のことではない、異世界のことである。
そして母は、その地球なる異世界から転生してきた人物、ストレンジャーに出会ったことをきっかけに、こうしてゴドフリーに無理難題をふっかけてくるようになった。
何でも、母によるとそのストレンジャーは神から与えられた特別なギフトによって地球の食堂をこの世界に召喚しているらしいのだが、その店舗には、アーレスよりも遥かに進んだ革新的技術がこれでもかと詰め込まれていたのだそうだ。
今、ゴドフリーが取り組んでいる、自動で開く扉がそう。次に造りたいと言っていた歌と楽器の演奏を奏でる装置もそう、水で汚物を流し尻をも水で清める便器もそうだし、兄が取り組んでいるエールの改良もそう。
他にも色々と構想があるらしいのだが、それら全部を実現するのに、一体どれだけの職人と時間、資金が必要になると母は思っているのだろうか。まず間違いなく母の代では無理だろう。ゴドフリーの代だとて怪しいところだ。
明らかにすぐ実現するのは不可能な、恐らくは技術が進歩した未来にならないと確立出来ないだろう魔導具。そんなものをすぐに造れと言われても、ゴドフリーとしては現実味が湧かない。まるで、御伽噺の中に出て来る、実在したかも怪しいものを再現しろと、そう言われているみたいだ。
母の話だけを頼りに、その御伽噺の道具を造り出す。まるで雲を掴むような話である。しかも、そんな霧の中を進むような手探りの状況で、それでも精一杯のものを造っているというのに、それに文句ばかりつけられるのではたまらない。フラストレーションが溜まってくる。それが自分の母であろうともだ。
母にもゴドフリーのそういう憤懣は見て取れるのだろう、ヒートアップした様子だったものが、ふん、と鼻から太い息を吐くと、腕を組んで静かに口を開いた。
「…………茹で上がっちまってるねえ、あんた」
母はそう言うが、これだけ駄目だ駄目だと言われ続ければ考えが頭が茹で上がりもするというもの。正直、これでも駄目なら考えの方向が袋小路に迷い込んだと言っても過言ではない。この方向の考え方で進んでも、正しい答えが出ないのではなかろうか。
「そりゃ茹で上がりもすんだろうよ? あれもダメ、これもダメじゃあよう」
ゴドフリーがそう訴えると、母はひげを撫でながら「ふむ……」と鼻を鳴らした。
「こりゃあちょっと、このまんまじゃいけないかもしれないさね」
言いながら、母は机上に置かれた、もう随分前に冷めてしまった茶をグビリと呷る。
さして美味そうな素振りも見せず残った茶をひと息で飲み干してから、母は数瞬思案して続きの言葉を口にした。
「………………ゴドフリー、あんた、しばらく休みやるから旧王都まで行ってきな」
いきなりそう言われて、ゴドフリーは頭上に疑問符を浮かべる。
「旧王都? アルベイルに行けってのか?」
旧王都アルベイル。まだゴドフリーが生まれる前、このカテドラル王国の首都だった街だ。ゴドフリーは行ったことがないのだが、兄は小さい頃に行ったことがあると、そう言っていたような記憶がある。何でも、今はもう売りに出してしまったものの、かつては旧王都にもウェダ・ダガッド公爵家の屋敷があったのだという。
それにしても何故、母はいきなりそんなことを言い出すのか。
不思議そうな顔をしているゴドフリーに対し、母は説明するよう言葉を続けた。
「旧王都で、実物を見てきな」
「実物?」
「ナダイツジソバだよ、ナダイツジソバ。ストレンジャーの店だ。そこで、あたいが言っている魔導具の本物を見てきな」
そこまで聞いて、ゴドフリーはそういうことか、と得心する。
「……実物を見て、そっから逆算で図面を引いて再現しろってか?」
つまりは逆算作業。魔導具の計算機を使う算術の学者たちが反転工学などと呼んでいるもの。
すでに完成品として存在している道具を分解したり、動作を解析して構造を分析し、そこから動作原理や製造方法を調査することを指す言葉だ。
母は思考のどん詰まりに入ってしまったゴドフリーに対し、今とは別のアプローチ、そのヒントを実物から得ろと、そう言いたいのだろう。
ゴドフリーの言葉に対し、母はそうだと頷いて見せる。
「そんなところだね。鍛冶職人のあたいと違って、魔導具職人のあんたならもっと細かいところまで気付くところがあるはずさね」
確かに、実物を見ることで得られるアイデアはあるだろう。それは認める。
しかしながら、ゴドフリーは思い立ったが吉日とばかり気軽に遠くへ行けるほど身軽ではない。仕事もあれば立場の重さもあるのだから。
「つったって、親方の俺が工房をほったらかすワケにゃあいかねえだろ?」
そう、ゴドフリーは親方、この工房のトップなのだ。工房で抱えている仕事は多々あるし、下の職人たちに指示を出さねばならぬこともあるし、見習いたちの指導もある。職人たちと顔突き合わせての会議など日常茶飯事だ。
1日2日ならまだしも、旧王都はそんな短時間で行き来出来るような近場ではない。どれだけ急いでも、向こうに行くだけで最短1週間はかかるだろう。往復で2週間。現地に滞在して研究する日数を考えれば少なく見積もっても1ヶ月は必要になる筈だ。
ゴドフリーも人間だ、休暇を取って、あるいは体調不良で1日か2日くらい工房の仕事を休むこともある。だが、流石に1ヶ月も親方が工房を留守に出来るものではない。そんなことをすれば工房そのものがストップしてしまう。
が、そんなゴドフリーの考えなどお見通しとばかりに、母はニッと笑みを浮かべて口を開いた。
「バーロー、そんぐらいあたいと父ちゃんで見ててやるってんだよ」
まあ、確かに母は先代の親方だから、職人たちに指示を出すことくらいは出来るかもしれない。現役であるゴドフリーほど十全に、とは言わないが、ベテランの職人たちと力を合わせれば滞りなく工房を稼働させられる程度には。
解せないのは、父のことまで引っ張り出そうとしていることだ。
「おふくろはともかく、親父、魔導具と関係ねえ革細工職人じゃねえか」
そう、ゴドフリーたちの父、ポトマックは、魔導具ともアーガス魔導具工房とも全く関係ない革細工職人なのである。
革細工は革細工で別の工房があり、父は工房を退いて母の補佐に就くまで、そこの親方を務めていた。正直、革細工職人では魔導具工房で役に立つことはあるまい。職人としての作業は勿論無理だし、会議で専門的な意見を出すことも無理だろう。せいぜいが見習いでも出来る雑務くらいのもの。母はそんなことを、このウェダ・ダガッド公爵領のナンバーツーとも言える父にさせるというのか。
「ごちゃごちゃ抜かさず行ってきな! 行って、本物見てこい!!」
怪訝な表情を浮かべるゴドフリーに対し、ふんぎりをつけろ、とばかりに怒鳴る母。
「………………」
随分と強引なことだが、こうなると母は梃子でも意見を曲げぬだろう。母は昔からこうなのだ。
「ついでに、ナダイツジソバのうめぇ料理と酒喰らってくるといいさね。きっと得るものがあるはずさ」
いまいち納得がいかず怫然としているゴドフリーに対し、さも良いことであるかのように母は言い切る。
いきなりとんでもないことになってしまったものだが、今さら何を言ったところで、ゴドフリーのアルベイル行きがなくなることはないだろう。
工房の皆、すまん、苦労をかける、と心の中で職人たちに頭を下げながら、ゴドフリーは旧王都アルベイル、そしてナダイツジソバなる店に行くことに対し思考を回し始めた。
本日6月19日はコミカライズ版名代辻そば異世界店の更新日となっております。
今回はシャオリン編の後編となっております。
長旅の末、空腹のまま名代辻そばに訪れたシャオリン。見ず知らず、しかもお金も持っていない彼女に店長たちは快くまかない料理を差し出し…?
人の優しさ、温かさに溢れる本エピソード、読者の皆様におかれましては是非ともお読みくださいますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。
そして、併せて告知がございます。
名代辻そば異世界店コミックス3巻の発売日が来月、つまり7月4日に迫って参りました。
小公子マルス編から大剣豪デューク編まで、更には10年後のチャップを描く特別編までが収録されたボリュームたっぷりの1冊となっておりますので、読者の皆様におかれましては、是非とも本巻をお手に取ってお楽しみくださいますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。




