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店長のオリジナルメニュー②

 文哉がオリジナルメニューを作ってみようと思い立ってから、1週間が経った。

 あれから幾度か試作を重ね、文哉はこれぞというオリジナルメニューを完成させたのだが、その味を知るのは今のところ文哉本人以外には、ルテリアとシャオリンのみ。何せ、試作をしていたのは、店の営業が終わってからのことだったから。


 今現在、時刻は午前8時すこし前。

 そしてフロアに集合した皆の前には、Lサイズ相当のピザが2枚置かれ、美味そうに湯気を立てていた。


「「「………………ッ」」」


 チャップ、アンナ、アレクサンドルの3人が、声も発さず、驚愕した様子で卓上のピザを注視している。

 ルテリアとシャオリンはこの1週間、幾度となく試作品を食べてきたのでさして驚いてもいないのだが、それでも飽き飽きとした様子ではなく、美味そうなものを見つめる目を向けてくれていた。


「店長、これは……?」


 しばしピザを見つめた後、そろそろと顔を上げたチャップがそう訊いてくる。


「これね、ピザっていう料理なんだ」


「「「ピザ?」」」


 文哉の答えに、3人が揃って不思議そうに首を捻った。


 ルテリアから聞いたところによると、この世界に、少なくともカテドラル王国にピザという料理は存在しないとのこと。

 平焼きのパンを皿代わりに、肉や魚、野菜を載せて食べること、そしてドライフルーツやナッツ等の木の実を混ぜ込んだパンは存在するらしいのだが、しかし生地に具とソースを載せて一緒に焼き上げる料理はないということだった。

 つまり、この世界の人間にとって、ピザとは未知の料理ということだ。


「ピザって言っても色々あるんだけど、これはね、照り焼きチキンそばピザ」


「「「照り焼きチキンソバピザ?」」」


 またも3人が首を捻る。

 ピザという概念がそもそもないのに、そこに照り焼きチキンだなどと言われて、すぐさま理解出来る訳もなし。

 しかもだ、文哉はただ単に普通のピザを作ったのではない。文哉の認識としては、あくまで珍そばの一種としてこのピザを作り上げたのだ。


 その名も照り焼きチキンそばピザ。


 このピザは、名代辻そばの要素、そしてこの異世界、アーレスの要素を融合させたものである。

 ピザ生地には強力粉と薄力粉の他に、1割ほどそば粉を混ぜ込み、照り焼きチキンについては、鶏肉ではなく鳥の魔物の肉を使った。シャオリンをお使いに出し、肉屋で買って来てもらったのだ。これは何気に、文哉が初めて異世界食材を使った料理ということになる。


 旧王都の東、アードヘット帝国へ繋がる街道から外れた場所に洞窟タイプのダンジョンがあるのだが、そこでは鳥型の魔物が数多く生息しているらしく、中でも分裂鳥なる小型の魔物の肉が美味いのだという。

 この分裂鳥、姿も大きさも軍鶏に似ているらしく、さして強い訳でもないのだが、死の間際に卵を産み落とし、その卵がものの数秒で孵化し、これまた数秒で成鳥となり襲ってくるのだそうだ。つまり、孵化する前にその卵を破壊せねば、延々分裂鳥と戦う羽目に陥るという訳である。

 そしてこの分裂鳥の肉は、やはりその姿の通り、味も食感も軍鶏に酷似していた。

 おまけに、ともかく数が手に入るので、比較的安価に、そして安定的に手に入る。この旧王都において鳥の肉といえば、鶏肉よりも分裂鳥の肉と言う者も少なくはない。つまり、庶民にとってお馴染みの肉ということだ。


 そば粉を練り込んだピザ生地に、そば用のかえしを混ぜた照り焼きソースを塗り、分裂鳥の照り焼きを載せる。そしてその上にたっぷりのねぎとマヨネーズ、シュレッドチーズを散らし、最後にやはりたっぷりのきざみ海苔と七味を振りかけ、オーブンで焼き上げる。


 そうして出来上がったのが、今、皆の目の前にある照り焼きチキンそばピザだ。

 ちなみにピザが2枚なのは、チーズの分量が2枚分しかないからという、ちょっと世知辛い事情だったりする。

 更にちなみになのだが、照り焼きソースもピザ2枚分はなかったので、苦肉の策としてそばのかえしで伸ばしてみたのだが、これについてはよりそばの要素が強調されたので結果オーライであった。

 余談ではあるが、焼成には厨房のオーブンを使用している。何故そば屋にオーブンがあるのかというと、そういう社風だからとしか言えない。そば屋なのに何でも作る、それが名代辻そばの心意気である。


 照り焼きチキンピザというのは、日本においてはメジャーなピザのひとつと言えようが、そこにそばの要素がミックスされたものは珍しい筈だ。つまり、これもまたひとつの珍そばだということ。

 

 文哉の悪友、堂本修司も、流石にそばの開発でピザを作り上げるようなことはなかった。その点において、文哉は今回、珍奇な発想で彼を上回ったと言ってもいいだろう。


 心の中で「どうだ見たか堂本!」と高笑いを上げながら、文哉はピザを見て驚いている3人に声をかける。


「このピザって料理はね、熱いうちに食べるのが醍醐味なんだ。すぐに切り分けるから、みんな、取り皿を持って」


 言いながら、事前に用意しておいた皿を皆に持たせる文哉。

 全員がそろそろと皿を手に取ったことを確認してから、文哉はピザを切り始めた。ピザカッターなどという洒落たものはないので、包丁で、1枚のピザを6等分に。1人頭2枚のピザが当たる計算になる。

 ちょっと少ないかな、とは思ったのだが、昼食や夕食ならまだしもこれは朝食だし、ピザのサイズもMではなくLだし、肉も沢山載せているので、彼らにはどうにかそれで納得してもらうしかない。


「はい、じゃ、これ、まずはチャップくんの分ね……」


 と、切り分けたピザを皆の皿に取り分けてゆく。


 文哉はこれで彼らが皆揃って「美味い!」と太鼓判を押してくれれば、いよいよこの照り焼きチキンそばピザを正式に期間限定メニューとして販売するつもりだ。

 一緒に暮らしているルテリアとシャオリンにはすでにこのことを伝えているが、彼ら3人にはまだ伝えていない。あくまでも新たなまかないという体でピザを出し、忖度なく素直な感想を聞きたかったからだ。


「じゃ、食べようか。いただきまーす!」


 全員にピザが行き渡ったことを確認してから、皆を代表して音頭を取る文哉。


「「いただきまーす!」」


 文哉の音頭に合わせ、ルテリアとシャオリンも軽快に声を合わせる。


「「「い、いただきます……」」」


 が、ピザというものが何なのか知らない残りの3人は、恐る恐るといった感じでそう声を絞り出した。


 まあ、初めて食べるものに警戒心が湧くのは無理もないこと。食べればきっと良さを分かってくれる筈。

 文哉が苦笑しながら、ルテリアとシャオリンはニコニコしながら、チャップとアンナとアレクサンドルの3人は少し緊張した様子で、それぞれピザを口に運ぶ。


「うん。ちゃんと美味い」


 頷きながら、文哉が言う。

 薄っすらとした灰色の生地の外側はパリッと、中はもちっと、そばの香りもほんのりと。チーズも伸びるし、肉はジューシーさを保ちつつも歯応えがある。火を通してしまうとほぼほぼ軍鶏肉だ。照り焼きの甘辛さが実に合う。海苔、ねぎ、七味がまたグッと味を和風に寄せてくれている。

 まごうことなきそば屋の和風ピザ。


 ルテリアとシャオリンが美味しそうに食べる横で、チャップたち3人は驚愕の表情を浮かべていた。


「美味い!」


「この味わい! これ……」


「魔物食材!?」


 三者三様に言葉を発する。

 どうやら彼らもこのピザの美味さ、そしてその秘密に気付いたようだ。


 流石、舌は確かだな、と満足そうに頷きながら、文哉はそうだと頷いた。


「これね、生地にはそば粉を混ぜていて、肉は分裂鳥のものを使ったんだ」


 文哉がそう教えると、3人はなるほど、と言わんばかりに深く頷く。


「生地にソバ粉を……。どおりで普通のパンとは味わいが違うわけだ」


「それにこのピザってやつの味付け、これ、ソバのカエシだよね? いつもより随分甘く香ばしい感じだけど」


「ラ・ルグレイユから離れてすっかり失念していましたが、そうですよね、確かに魔物の肉も立派な食材だ。ナダイツジソバで使われたところで何の不思議もない……」


 やはり三者三様の言葉が出る。

 たったひと口食べただけなのに、彼らはこのピザに使われた食材を正確に言い当てた。鋭敏な味覚は料理人の武器である。

 元々それぞれが別々の料理店で働いていた彼らではあるが、名代辻そばでの勤務もまた、彼らにとってしっかりと身になっているようだ。

 文哉としては、そのことが純粋に嬉しい。何せ彼らは、修業も兼ねてこの名代辻そばで働いているのだから。


「これ、美味かった?」


 思わずにやけてしまいそうになる顔をどうにか引き締めながらそう訊くと、3人は揃って頷いた。


「「「勿論」」」


「店で出しても売れると思う?」


「「「勿論!!」」」


 当たり前だ、とでも言わんばかりに一層強く頷く3人。

 ルテリアとシャオリンも「これは絶対に売れる!」と言ってくれていたのだが、厨房で調理を担当する彼ら3人が太鼓判を押してくれたのなら、これほど心強いことはない。


 良かった、と安堵して、文哉が小さくガッツポーズを取ると、それを見ていたルテリアが思わずといった感じで苦笑を浮かべた。


「ね? だから昨日言ったじゃないですか。心配ないって」


「ま、そうだけどさ」


 同じように苦笑を浮かべながら、文哉もそう言う。

 そう、昨日試作品を食べた時点でルテリアとシャオリンも絶対いけると太鼓判を押してくれていたのだが、ともかくこれで名代辻そば従業員全員のお墨付きをもらえたという訳だ。


 これならば名代辻そばのグランドメニューと並べても恥ずかしくない、きっとこの世界の人たちにも喜んでもらえる筈だと、文哉は改めて自信を持った。

 名代辻そば異世界店初のオリジナルメニュー、照り焼きチキンそばピザ。

 販売は明日から。

 1ヶ月の期間限定。

 そして1日2枚限定。注文は早い者勝ち。

 この条件で出す。


 明日のことを思うと今からドキドキしてしまうのだが、照り焼きチキンそばピザを食べたお客様の笑顔を想像して、文哉は心軽やかにこの日の営業に臨んだ。


という訳で、私が考えたオリジナルメニューは、そば粉を混ぜ込んで焼いた照り焼きチキンピザでした。

最初から珍そばの枠で考えており、どんなものなら意外性があり驚いていただけるかということを考えた結果、ピザという答えに辿り着いた次第であります。

次回からはこのピザのエピソードが始まりますので、読者の皆様におかれましては、楽しみにお待ちいただければ幸いです。


そして、本日はコミカライズ版名代辻そば異世界店の更新日でもあります。

今回から魔族の王女シャオリンのエピソードが始まります。

前回の特別編で先行登場した彼女。魔族の国から修行という名目で外界に放り出されてしまったシャオリンは、長い旅の末、名代辻そばに辿り着き…?

今回も林ふみの先生渾身のエピソードとなっておりますので、読者の皆様におかれましては、是非ともお読みくださいますよう、何卒よろしくお願い致します。

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