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店長のオリジナルメニュー①

 夜12時少し過ぎ。

 本日の営業が終わり、皆それぞれ入浴も終わり、ルテリアとシャオリンはもう床についている。

 文哉はいつも最後に風呂に入るので、必然的に寝るのも最後になるのだが、それでもいつもは12時くらいにはそろそろ布団の準備をするのだが、今日はまだ起きたまま、ハイボールで晩酌をしていた。店で出すものよりも気持ち薄めのハイボールだ。


 ゴクゴクと、喉を鳴らしながらハイボールを呷る。

 風呂上りの酒、それも冷えた炭酸の酒はとかく五臓六腑に染み渡るようだ。


「かあぁ~、美味い!」


 爽快なハイボールの美味さに思わず唸る文哉。

 ビールもいいが、やはりハイボールにはハイボールの良さがある。ウイスキーという濃い酒をこんなに気軽に味わえるのだから、深酒を避けたい文哉にとっては実にありがたい。


 ジョッキの半分ほどの酒を一気に呷り、ふう、と一息つく。

 そして少し落ち着いてから、文哉はおもむろにスマホを手に取った。

 無論、この世界には携帯電話の電波など飛んでいないので通話などは出来る筈もなし。インターネットも勿論不可能。新しいアプリをダウンロードすることも出来ないし、すでにインストール済のアプリを更新することも出来ない。

 だが、それでもカメラアプリを使って写真や動画を撮ることくらいは出来るし、過去に撮影したものを閲覧することも可能だ。


 最近、文哉はよく、夜になるとこうしてスマホに残っている過去の写真を見ている。特に大学時代の写真や、名代辻そばで働くようになってからの写真を。

 大学時代、そして名代辻そば時代の写真には、自分と共に、ほぼほぼいつも一緒に写っている人物がいる。

 大学時代の同級生にして、名代辻そば時代の同僚、堂本修司。文哉にとって、東京で初めて出来た友人であり、悪友でもある。

 最近、文哉はよく、この堂本修司のことを思い出すのだ。

 珍奇な見た目に反しちゃんと美味いそば、珍そば開発に情熱を燃やす男、堂本修司。

 恐らくは彼が開発したのだろうであろう珍そばが、今年に入ってからのレベルアップで随分とメニューに追加された。それで思い出す機会が多くなったのだが、近頃はただ単に彼のことを思い出すだけではなく、こうして過去の写真を見て、彼に想いを馳せるようになった次第だ。


 今見ている写真の中では、堂本が会社の開発室で試作品のフライドポテトそばを掲げて笑顔を浮かべている。何がそんなに嬉しいのか、白い歯まで見せて満面の笑みだ。


「ふ……」


 文哉の顔にも、思わず笑顔が浮かんでしまう。

 この堂本修司という男は、珍そばに限ったことではあるが、新商品開発にいつも全力だった。

 ただ、直属の上司の理解があまり得られず、ボツになること多数が常。正直、開発した新商品が通る確率は1割にも満たなかったのではなかろうか。


「堂本……見た目のインパクトじゃなくて、もっと一般受けってものを考えろ」


 堂本がそう上司に苦言を呈される姿を何度も見たことがあるが、彼はそれでもめげることなく、次々と新たな珍そばを開発したものだ。


 珍そばはともかくとして、新商品を開発するというその情熱、飽くなき挑戦の姿勢については、文哉も見習わなければならないと、当時はそう思わされたものだが、今年に入ってからメニューに追加された珍そばに見るに、彼は今でも珍そば開発を精力的に続けているらしい。

 相変わらずの情熱である。

 ギフトを介してではあるが、まさか、地球ではない異世界にまでその情熱の結晶が届くとは。


 彼の、堂本のことを想うと、文哉の心にも火が点けられたような気がする。有り体に言うと、触発されていた。

 自分も彼のように、オリジナル商品を開発し、メニューに載せて提供してみたい、と。

 そしていざ作るからには、良い意味で皆の期待を裏切るようなもの、意外性のあるものを作ってみたい、と。


 文哉はジョッキの中のハイボールを全て飲み干すと、立ち上がって台所に行った。

 部屋の冷蔵庫の中には、店の冷蔵庫にもない食材がいくつか入っている。意外性を狙うのなら、部屋の食材を使わない手はないだろう。

 まずは冷蔵庫を開けて中を検める。この冷蔵庫の中身もまた文哉が亡くなった日の状態のまま再現されているのだが、前日にスーパーで買い出しをしていたので、食材は潤沢に揃っていた。無論、何でもかんでもはないので、店の方の食材も考慮に入れるのは必須ではあるが。

 しかし、こうして見てみるといろいろあるものだ。牛肉、キャベツ、海老、鮭の切り身、ちくわ、ブロッコリー、照り焼きのタレ、ピーマン、ほたて貝柱等々。我ながら節操なく色々と買い込んだものだ。


「お……ッ」


 と、冷凍庫を漁っている最中に手が止まる。ある食材に目が留まったのだ。


「……チーズだ」


 半分ほど使われた大袋のシュレッドチーズ。

 文哉が日本で亡くなる前のこと、1週間くらいだろうか。その時期はどうにも手作りピザトーストにハマっていて、朝には必ずピザトーストを食べてから出勤していたのだ。このシュレッドチーズはその時の残りである。


 シュレッドチーズを手に取り、それをまじまじと見つめる文哉。


「これ、使えるかも……」


 呆然と、文哉が呟く。

 ただ単に、ピザ用のチーズを手にしただけ。しかしながら、たったそれだけのことで、文哉の頭の中にはムクムクと料理のアイデアが膨らみ始めていた。

 ピザ用のチーズはここにある。これで1枚はピザも焼けるだろう。

 ピザ生地の作り方はどうだったか。確か本棚の料理本に作り方が載っていた筈。強力粉も薄力粉も店の厨房にあるし、確かドライイーストも台所の棚の中にあった筈だ。


「こうなってくると、鶏肉が欲しいな……」


 生憎と、部屋の冷蔵庫にも店の冷蔵庫にも、鶏肉の在庫はない。以前ルテリアから聞いた話によると、そもそもこの世界では家畜の肉を食べること自体が稀で、乳を出さなくなった牛や卵を産まなくなった鶏といったものしか食べないのだという。当然、そういう家畜の肉質はあまり良くない筈。固かったりパサパサしていたりといったことは想像に難くない。それならまだ、野鳥の肉の方が美味かろう。


「………………鳥の魔物とか、食べられるのかな?」


 しばし考えてから、そう疑問を口にしてみる。

 これもまたルテリアから聞いたことなのだが、魔物の中には肉が食用に向く種がおり、意外なことにこれが普通の家畜の肉よりも美味かったりすることもあるらしい。場合によっては地球の高級肉に匹敵するほど美味いこともあるのだという。

 ただ、文哉がルテリアから聞いた時には、彼女は豚の魔物を例に挙げてそう言っていた。

 果たして、その例は鳥の魔物にも当て嵌まるのだろうか。

 魔物肉が望み薄なら、やはり野鳥の肉でいくべきか。しかしながら、この世界の野鳥とはどういったものなのだろう。地球のように鳩や鴨などいるのだろうか。少なくとも、文哉はこの旧王都で鳩も鴨も見たことがない。もしかすると、地球には存在しない、この世界にのみ存在する野鳥などもいるのかもしれない。


「………………」


 ルテリアに詳しく訊いてみたいところだが、しかし彼女はもう床の中。まさか今から叩き起こすような無体な真似は出来るものではない。


「う~ん……」


 どうにも悩ましくて唸るものの、ここはやはり明朝、彼女が起きるまで待つしかなかろう。

 となれば、今はまず出来ることをすべきだ。

 台所から離れると、本棚から小麦粉料理の本を取り、座りもせず立ったままピザのページを読み始める文哉。どんなものを作るにしろ、まずは生地の作り方を確認しておかなければ。

 もうそろそろ寝なければ明日に響くというのに、文哉は湧き上がる情熱に身体を突き動かされていた。

 自分で新たなメニューを考案する。そして、そのことに少なからず興奮している。こんなことは久しぶりだ。


「明日の朝、ちゃんと起きられるかな……?」


 本を読みつつも、文哉はそうひとりごちて苦笑を浮かべた。


実は以前、X(旧ツイッター)におきまして、富士そば有識者のフリーライターなかやま様から、


「小説発の創作メニューに期待している」


というお言葉を頂きまして、それに対して私は、


「がんばってみます」


とお返事させていただいたのですが、その言葉に対して、何と名代富士そば様を運営するダイタングループの丹有樹代表から、


「面白そう」


とのありがたいお言葉をいただきました。

それからどんなオリジナル珍そばを出そうか、下手なものは出せないぞ、どんなものなら意外性があるか、という試行錯誤が始まり、遂に考えがまとまり今回のエピソードの執筆となった次第であります。

次話では遂にその料理が登場し、更に店舗で料理を出した際のエピソードも執筆していきます。

私渾身の珍そば、皆様、何卒ご期待ください。


それと合わせてご報告なのですが、本日5月19日のコミカライズ版名代辻そば異世界店の更新はお休みとなっております。

次回のコミカライズ版更新は6月4日予定となっておりますので、読者の皆様におかれましては、何卒ご注意くださいますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。


そして更に併せてご報告がございます。

コミックス『名代辻そば異世界店』3巻の発売日が7月4日に決定いたしました!

小公子マルス編から剣豪デューク編までが収録されております。

読者の皆様におかれましては、どうぞ楽しみにお待ちくだされば幸いです。


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