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伯爵令息ティモシー・ロンダと甘く冷たくピリリと辛い紅生姜アイス④

 3年ぶりに会う、しかしながら3年前と微塵も変わらず、如何にも武人といった厳めしい顔付きをしたアダマントの祖父。

 別に祖父とは仲が悪い訳でも、雷を落とされて怖がっている訳でもないのだが、この怖い顔で睨まれると、どうにも萎縮してしまう。ロンダの祖父が柔和な人なだけに、アダマントの祖父のそれがより際立つのだ。


 背中に硬い鉄の棒を通されたかの如く、自然にピン、と背筋が伸び、直立不動でアダマントの祖父を見上げるティモシー。


「楽にしなさい、ティモシー。かしこまる必要などない」


 そう言いながら、アダマントの祖父がティモシーの頭をさすり、と軽く撫でた。

 分厚く、ごつごつとして、まるで岩のようなアダマントの祖父の手。長年剣を振り続けてきた、尊敬すべき騎士の手だ。ロンダの祖父もこのような手をしているので、どうにも既視感を覚えてしまう。


 意外にも温かな祖父の手に、ティモシーの背中に通された鉄の棒が抜けていくような感じがした。


「はい……」


 祖父は満足そうに頷くと、部屋の中央にあるテーブルを手で指し示す。


「あちらに菓子と茶を用意してある。お前の好きな飴もあるぞ?」


 そう言われて、ティモシーは思わず首を傾げてしまう。


「え?」


 確かにロンダの祖父がくれるショウガ味の飴は好きだが、それをアダマントの祖父に言ったことがあっただろうか。ティモシーの記憶が確かなら、ない筈だ。また、母が言ったということも記憶していない。一体何故、アダマントの祖父がそのことを知っているのか。

 ティモシーが不思議そうな顔を向けると、ここで初めて、アダマントの祖父が、ふ、と微笑を浮かべて見せた。


「ロンダ閣下から聞いたのだよ。お前が剣の稽古の後に舐める飴が好きだとな」


「あ……」


 なるほど、それでか、と納得するティモシー。

 通常、貴族というのはお互いの家を訪れるのに、必ず前もって連絡を入れるものだ。それは手紙の場合もあれば、普通に人を使って先触れを出す場合もあるのだが、どうやら今回の訪問についてはロンダの祖父が自ら先触れとしてアダマント伯爵家を訪ねていたものと見える。飴のことは、きっとその時にでも話題にのぼったのだろう。

 ロンダの祖父は確かに移動に便利なギフトを持っているものの、先代の侯爵であり、王国の英雄とも言われる人物が自ら先触れの役を買って出るとは何とも贅沢なことだ。


「ティモシーは特にショウガの飴が好きでしてな。ショウガは喉に良いと聞いて自分の為に買ったものだったのだが、何時だったか、それを孫たちにあげたところ、大層気に入ったようで。以来、稽古の後は決まってショウガの飴なのだ」


 注釈を足すように、アダマントの祖父に対してそう言うロンダの祖父。

 ティモシーとしては、自分のプライベートをばらされているようで、何だかちょっと気恥ずかしい感じがするのだが、別に隠すようなことでもない。


 ロンダの祖父の言葉を受けて、アダマントの祖父は何故だか思案するよう、顎に手を当てて「ふむ」と唸る。


「甘い飴にショウガの風味が利いたものを、ですか。なるほど……」


 ショウガの飴に何か思うところでもあるのだろうか、アダマントの祖父は何事か考えている様子だ。

 そんなアダマントの祖父に対して、ロンダの祖父が「もしかして」と声をかける。


「最近出るようになった、ナダイツジソバのアレのことを思い出しておられるのか?」


 すると、アダマントの祖父は「おや?」と意外そうな声をあげた。


「ロンダ閣下も御存知で?」


「陛下の一件以来、あの店の味が忘れられませんでな。家族には内緒で、月に数度ほど通っておりますわい」


「ははは、左様でしたか。となると、閣下もアレを味わったのですな?」


 そう、朗らかに笑うアダマントの祖父。正直、意外である。彼がこのように笑うところを、もしかするとティモシーは初めて見たかもしれない。

 アダマントの祖父もこんなふうに笑うことがあるんだな、とティモシーが見つめる中で、2人の祖父は楽しそうに話を進める。


「ええ。まさか辛い筈のショウガが飴以外にもあのように美味なる甘味に変貌するとは。ナダイツジソバ、恐るべしといったところで」


「然り、然り。あくまで私の味覚においてだが、王都で一流を気取るレストランよりも余ほど美味いと思いますわい」


 一体、祖父たちは何について話しているのか。恐らくは料理店か何かについて話しているのだろうが、しかしこの祖父たちの盛り上がり様といったら半端なものではない。彼らがそんなに絶賛するほどの料理店ならばティモシーの耳に届いてもいいようなものだが、生憎とそんな店のことは聞いたこともなかった。3年前、この旧王都に来た時ですらもだ。

 確か、ナダイツジソバ、だったか。はたして、それはどんな料理店なのだろうか。


 思案顔のティモシーの顔が目に入ったものか、ロンダの祖父が苦笑しながら頭をポンポンと撫でてきた。


「ティモシー、気になるか?」


「え?」


「ナダイツジソバ、気になるか?」


「あ、はい……」


 心の内が丸まんま顔に出てしまったようで、思わず赤面してしまうティモシー。

 そんなティモシーの様子を見て、祖父母たちが揃って笑い声をあげる。

 そうして、僅かばかり笑い合ってから、ロンダの祖父がもう一度ティモシーの頭を撫でた。


「まあ、そうだろうな。しかし、今は我慢していなさい。ここで教えてしまってはつまらんからな」


「え? つまらないって?」


 だが、ティモシーのその質問にロンダの祖父が答える前に、割って入るようにしてアダマントの祖父が口を開く。


「閣下、その話はお茶の後にでも」


「おお、それもそうですな」


 ロンダの祖父と入れ替わるよう、アダマントの祖父がティモシーに向き直った。


「ティモシーよ、残念ながら今日はショウガの飴はないのだが、果物の味の美味しい飴がある。さ、行こう。ロンダ閣下もどうぞこちらへ。ヨハンナ、茶を煎れてくれ。ティモシーの分はハチミツをたっぷりと入れてやってな」


 ティモシーとロンダの祖父をテーブルに案内しつつ、祖母にお茶の準備を指示するアダマントの祖父。

 すると、それまで黙って話を聞いていた祖母も苦笑しながら動き始めた。


「はいはい、只今」


 祖母がお茶を煎れてくれて、しばしお茶の時間となる。

 美味しいお茶に、美味しい果物、美味しいお菓子。特に焼き菓子などは祖母の手作りなのだという。確か、以前旧王都に来た時も、夕食は祖母が作ってくれたものを食べた記憶があるのだが、あの時も料理が美味しかったように思う。きっと、祖母は随分と料理上手な人なのだ。そうに違いない。

 ティモシーはオレンジの味がする飴を舐めながら、話に花を咲かせる祖父母たちを眺めていた。お互いの近況や、王都と旧王都のこと、子供たちのこと、仕事のこと、社交界のことなど、随分と話が弾んでいる様子だ。

 ティモシーが知らなかったというだけで、ロンダの祖父とアダマントの祖父母は、もともと仲が良かったのだろう。まあ、お互いの子供たちが婚姻を結んでいるくらいなのだから、それも無理からぬことである。

 貴族の婚姻には政略結婚という形もあるが、ティモシーの両親は恋愛結婚だったという。察するに、両家は昔から仲が良くて、交流があった故に子供たちが良縁を結び、結婚するに至ったのだろう、そうに違いない。


 しばしの歓談の後、そろそろ昼になるかという頃になって、アダマントの祖父が「うむ」と頷いてから口を開いた。


「そろそろ頃合いかな?」


 アダマントの祖父が顔を向けると、ロンダの祖父も「ですな」と頷く。

 それを確認してから、今度は祖母に向き直るアダマントの祖父。


「ヨハンナ、いいか?」


「大丈夫ですよ。それとも、お化粧を直した方がいいですか?」


 逆に祖母にそう問われ、アダマントの祖父は苦笑いしながら「そのままで大丈夫だ」と返す。


「では、行こう。ティモシー、昼餉だ。出かけるぞ」


 言われて、ティモシーは「え?」と戸惑いの声をあげてしまった。


「外で食べるのですか?」


 ティモシーはてっきり、昼食もゆっくりとこのアダマント伯爵邸で摂るものと思っていたのだが、この分ではどうやら外食をするようだ。

 料理上手な祖母がおり、厨房には恐らく料理人もいることだろう。それでも外食をするというのは、何だか不思議な感じがする。

 まあ、それだけ今日という日を特別だと思ってくれているということなのだろう。確か、この旧王都には、ラ・ルグレイユなる王都にも名が聞こえるほどの名店がある筈だが、もしやそこに行くのだろうか。


 だが、ティモシーの予想に反して、アダマントの祖父はこう答えた。


「そうだ。この街で一番の食堂に案内しよう」


「食堂……」


 まさか、食堂とは。

 通常、市井の食堂とは平民が利用するものである。平民の家庭料理に近いものを、ある程度手頃なお値段で。

 ティモシーの認識では、食堂とは平民が主な客層であり、貴族が利用することはまずない場所である。

 そんな平民向けの場所にこれから行こうとは、どういうことなのか。アダマントの祖父には、何か考えがあるのだろうか。


 ティモシーが不思議そうな表情を浮かべていると、アダマントの祖父は自信ありげに「うむ」と頷く。


「ナダイツジソバだ。前にお前がアルベイルに来た時にはなかった店なのだがな、これが大層美味い料理を出すのだ」


「あ、先ほど言っていた……」


 お茶を飲む前、祖父たちが随分と盛り上がっていた、ナダイツジソバなる店の話題。

 ティモシーはてっきりレストランだとばかり思っていたのだが、まさか食堂だったとは。

 ロンダ侯爵家もアダマント伯爵家も、決して家格は低くない高位、中堅どころの貴族である。そういった貴族が平民も利用する食堂に行き、彼らに混じって食事をするというのは、王都ではまず見ない光景だ。恐らくは王都や旧王都だけでなく、地方貴族の領都であってもそこらへんの事情は同じであろう。

 ティモシーの認識として、貴族というものはとかく貴賤を気にする。特に王都の貴族などはその態度が顕著で、下賤な平民と同じ卓に着き、下賤な料理を口にするなど耐えられぬと臆面もなく口にするのだ。流石にティモシーの親類縁者はそんなことを言わないが、他の貴族はそういうことを平気で言う。


 ロンダの祖父やアダマントの祖父母がそんなことを言っていた記憶はないが、しかし平民と食卓を共にする姿は見たことがない。特段口には出さないだけで、彼らも心の中では貴族として貴賤を気にしているのだろうと、そう思っていたのだが、どうやらそれはティモシーの思い違いだったようだ。


 またもや祖父たちの意外な姿を見たと、そういう目を向けているティモシー。

 アダマントの祖父が席から立ち上がり、ティモシーの肩に手を置いて口を開いた。


「ショウガの飴が好きだというお前に、是非ともアレを食べてもらいたいのだ」


「アレ……?」


「そう、アレだ。ナダイツジソバ初の甘味、ベニショウガアイスだ」


「アイス、ですか……?」


 アイスとは一体何だろうか。祖父によると甘味の類らしいが、少なくともティモシーの知らぬものである。名前からしてショウガを使用したものなのだろうが、しかしベニショウガとはこれ如何に。まさかとは思うが、ティモシーが知らぬだけで、赤いショウガが存在するのだろうか。

 それに甘味とはいっても、アイスとはどんなものなのかが分からない。飴ではないのだろうが、だとしたら焼き菓子か。とすればジンジャークッキーのようなものか。


 ティモシーがあれこれと頭を悩ませていると、アダマントの祖父は、ふ、と笑顔を浮かべてこう言った。


「楽しみにしていろ、ティモシー。きっとお前の想像も付かぬ斬新なものだ。絶対に気に入るぞ」


 ティモシーでは想像も付かないらしい謎の甘味、ベニショウガアイス。

 未知なるその味を想像すると、ティモシーの喉は意識せずともゴクリと鳴った。


 本日はコミカライズ版名代辻そば異世界店の更新日となっております。

 今回もドワーフの女公爵ヘイディ・ウェダ・ダガッド編の続きとなっております。

遂に旧王都へドワーフたちが襲来!ビールを求めて名代辻そばに雪崩込む!!

是非ともお楽しみください!!


それと、もうひとつお知らせを。

次回(3月19日)のなろう版名代辻そば異世界店はお休みさせていただいて、久しぶりに名代辻そば鶴川店の新作を投稿させていただきます。

こちらの方もお読みいただければ幸いです。


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