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伯爵令息ティモシー・ロンダと甘く冷たくピリリと辛い紅生姜アイス③

 当然といえば当然のことなのだが、ロンダ侯爵家の屋敷は貴族街にある。そしてこれもやはり当然なのだが、アダマント伯爵家の屋敷も貴族街にあった。

 ただ、ロンダ侯爵邸もアダマント伯爵邸も、旧王都におけるそれは本宅ではない。ロンダ侯爵家の本宅は王都にあり、アダマント伯爵家の本宅は伯爵領の領都にある。

 そう、現当主であるアダマント伯爵が騎士団長として旧王都に常駐しているので失念されがちなのだが、アダマント伯爵家は本来、領地持ちの地方貴族なのだ。

 騎士団の役目があるのでアダマント伯爵夫妻は旧王都におり、領地の経営は男爵位を持つ伯爵の弟が代官として行っている。

 ティモシーがアダマント伯爵家の家督を継げばどうなるものか。祖父と同じように騎士団長の職を務めて領地経営は代官に任せるのか、それとも騎士団長の役目は他者に譲って領地経営に勤しむことになるのか。

 今はまだ、そこらへんの詳細ははっきりしていないものの、いずれにしろティモシーはどんな仕事にも対応出来るよう、文武両道の男とならねばいけないだろう。

 ティモシー本人としては、願わくば祖父や父のように騎士として生きていきたいものだが、人生とはままならぬもの。貴族として生を受けた者が己の望み通りに生きられぬことなど、幼いティモシーにも容易に分かる。何せ、ティモシー自身がすでに望まぬアダマント伯爵家の家督相続を義務付けられているのだから。


 都合のよいことに、ロンダ侯爵邸とアダマント伯爵邸はそう離れておらず、ロンダの祖父とティモシーの2人は、歩き出して僅か10分足らずでアダマント伯爵邸に到着した。

 ロンダの祖父の姿を認めるなり、アダマント伯爵邸の門番は万事心得ているとばかりに頭を下げ、すぐさま門を開いてティモシーたちを屋敷の中に招き入れる。


「すまんな、急だというのに」


 祖父がそう声をかけると、門番の若い兵士はピンと背筋を伸ばし、胸に右拳を置いて敬礼の姿勢を取った。


「いえ、お気になさらず! どうぞ、お入りください!」


「うむ、ご苦労」


 軽く手を挙げて門番に応じると、祖父はツカツカと門の内側に歩を進める。

 ティモシーもその背に続きながら、せわしなくアダマント伯爵邸の庭を検めた。

 前回来た時と同様、やはり簡素な庭だ。花壇は小さく奥まった場所にあり、木も端の方。芝も短く、一部は地面の土が露出しているような有り様だ。きっと、あそこで祖父なり配下の兵なりが訓練をするので、芝が抉れて草が生えなくなっているのだろう。ティモシーが稽古を付けてもらっているロンダ侯爵邸の庭も、稽古に使っている場所はやはり芝が抉れて土が見えてしまっているので分かるのだ。


 庭を通り過ぎ、屋敷の前に到着すると、祖父が手をかけるまでもなく、まるで見計らっていたかのように玄関のドアが開いて執事らしき壮年の男性が2人を出迎えてくれた。


「ようこそお越しくださいました、ロンダ前侯爵閣下、ティモシー様」


 惚れ惚れするほどピッシリとした姿勢を保ったまま、深々と頭を下げる執事。

 彼のことはティモシーも覚えている。確か、この旧王都のアダマント伯爵邸で執事長を務めるヨハンだ。

 祖父も彼のことは見知っているようで、鷹揚に手を挙げ、笑顔で応じる。


「うむ、出迎えご苦労。相変わらずのようだな、ヨハン。お前も歳だろうに、息子に跡目を継がんのか?」


 まるで友達に話すような感じで祖父が訊くと、ヨハンは慇懃な姿勢を維持しながらも、苦笑してこう答えた。


「なあに、主が現役でいるうちは、私も引っ込んでなどいられません。まだまだ働かせていただきますとも」


 祖父と同年代くらいだろうに、胸を張ってそう言うヨハン。

 もう現役を引退している祖父は、そうするしかないとばかりに苦笑してしまった。


「ははは、それは重畳。して、アダマント殿は?」


「奥様とご一緒にお2人の為にお茶やお菓子などご準備されているようですよ?」


「家人に任せておらんのか?」


「ええ、ご自分たちで用意して、ティモシー様に喜んでいただきたいとのことでして……」


 今の会話から察するに、祖父はいきなりここに来たのではなく、ちゃんと事前に来訪を告げた上で来たのだろう。まあ、それくらいは当然といえば当然のことなのだが、豪放磊落に見える祖父にも貴族としてのまめまめしい一面があったことに、ティモシーは少なからず驚いていた。

 そして、それ以上に驚いたのが、アダマントの祖父母が、自らティモシーをもてなす準備をしてくれている、ということだ。

 祖母がそうするのはまだ分かる。彼女はいつも笑顔を絶やさぬ朗らかな人で、貴族女性特有の気の強いところを感じさせない、柔和な空気を纏っているような印象だ。ティモシーのことも「ティモシーちゃん」と呼び、会えば抱きしめて頭を撫で、隠すこともなく愛情を示してくれる。

 しかし、アダマントの祖父はそれとは真逆、常に己を律するような険しい顔で表情を崩すこともなく、言葉数も少ない。別にティモシーのことが嫌いではないのだろうが、あまり興味があるようにも思えなかった。前回の時、母にそのことを言うと「御祖父様は不器用な人だから。照れ臭いだけなのよ」と苦笑されたものだが、本当のところはティモシーには分からない。何せ、祖父の心の内が分かるほど彼の言葉を聞いたことがないのだから。

 そんな祖父が、まさかティモシーを喜ばせる為に何かしてくれるとは思ってもみなかった。


 驚いているティモシーを他所に、大人2人は話を進める。


「ふむ、左様か。ならば無粋なことは言わぬがよいか」


「そうしていただけると」


「アダマント殿と奥方は応接間か?」


「はい。只今、ご案内を……」


 と、ヨハンが最後まで言い切る前に、祖父が片手を上げて彼の言葉を制した。


「いや、結構。勝手知ったる何とやらだ。お前は仕事に戻るがよい」


 その言葉から察するに、どうも祖父はこのアダマント伯爵邸の造りをよく知っているようだ。ティモシーが知らなかったというだけで、ロンダの祖父とアダマントの祖父は親しく付き合いがあるのかもしれない。まあ、自分たちの子供同士が結婚しているので、それもさもありなん、といったところか。


「左様でございますか。では、私はこれで……」


「おう」


 変に食い下がることもなく、ヨハンは深々と一礼してから家中の何処かへ行ってしまった。

 しばしヨハンの背中を見送ってから、祖父はティモシーへと視線を移す。


「それでは行くか。ティモシー、私に付いて……」


 と、そこまで言ってから、祖父は照れ隠しのように苦笑した。


「いや、お前もこの家には何度か来ているのだったな。うっかりしていた。アダマント殿たちは応接間で待ってくれているらしい。きっと、美味い茶と菓子でも用意してくれているのだろう。期待しておくといい」


「はい」


 2人は連れ立って屋敷の廊下を歩き、奥にある応接間を目指す。

 そしていざ応接間に姿を見せると、ロンダの祖父とティモシーが口を開くより早く、アダマントの祖母が素早く駆け寄って来て、満面の笑みを浮かべながら力強くティモシーのことを抱きしめた。


「まあまあ、ティモシー! 大きくなったわね!!」


「お……御祖母様…………」


 実に3年ぶりの祖母による抱擁である。3年前にも思ったことだが、祖母は実に愛情深く熱烈な人だ。貞淑を絵に描いたようなロンダの祖母とは対照的だが、しかし愛情深いという点ではこちらも負けてはいない。

 将来、ティモシーがアダマント伯爵家を継いだ後も、少なくとも祖母とはギクシャクせずやっていけるだろう。


 ティモシーを抱きしめたまま、祖母がロンダの祖父に顔をやる。


「ロンダ閣下も遠いところを御足労いただきまして、ありがとうございます」


 その言葉を受けて、しかし祖父は何でもないというふうに笑みを浮かべた。


「なあに、お気になさるな。私に限っては、屋敷の周りを散歩するのも、旧王都へ来るのもそう変わらん」


「お羨ましいことで。私も閣下と同じギフトを持っていましたら、毎日でもティモシーや子供たちに会いに行きますのに」


 そう、ロンダの祖父母にとっての子供たち、ティモシーの母と伯父はどちらも王都で暮らしている。同じ街、或いは隣町に出かけるような、気軽に会いに行ける距離ではない。

 ただ、仮に近くに住んでいたとして、はたして、あの厳めしいアダマントの祖父とは仲良く出来るのか。それについてはどうとも言えないと、ティモシーは内心でそんなことを思っていた。


「ははは、まあ、私だけの特権だ。許されよ」


 祖母の言葉に、今度は苦笑を浮かべるロンダの祖父。瞬間移動の魔法はまごうことなきレアギフト。それも一時代に世界中で1人いるかいないかというほどの超希少なものである。祖父の言う通り、彼だけの特権なのだ。

 祖母の気持ちも分からないでもないが、それはないものねだりでしかない。故の苦笑なのだろう。


 大人2人の会話をじっと聞いていると、不意に、ティモシーの頭上から影がかかる。

 一体何だと顔を上げると、はたして、いつの間にそこにいたものか、アダマントの祖父が立っていた。

 騎士団という武人の集団を束ねる長だけあって、相変わらず厳つい顔だ。見ているだけで妙な圧がかかるのを感じる。


 アダマントの祖父はティモシーに一瞥をくれた後、すぐにロンダの祖父へと顔をやり、深々と頭を下げた。


「ようこそお越しくださいました、ロンダ前侯爵閣下。本日はティモシーを連れて来てくださり、ありがとうございます」


 慇懃に頭を下げるアダマントの祖父とは対照的に、ロンダの祖父はまるで親しい友に対するよう、鷹揚に手を挙げて笑顔を向ける。ティモシーが知らぬというだけで、もしかすると本当に2人には親交があるのかもしれない。まあ、お互いの子供同士が婚姻を結んでいるのだから、少なくとも仲が悪い、ということはなかろう。


「おう、アダマント殿。先日お会いしたばかりだが、また世話になるぞ」


「は……」


 アダマントの祖父が再度頭を下げる。

 現役の伯爵と、家督を譲って隠居した元侯爵。貴族の序列としては現役の伯爵の方が上だろうが、ロンダの祖父はアダマントの祖父から見れば騎士としての偉大な先達。きっと、今でも若き頃に覚えた敬意を失っていないのだろう。


 アダマントの祖父は顔を上げると、今度はティモシーに向き直った。


「よく来た、ティモシー。息災であったか?」


「はい……」


 実に3年ぶりになる、孫と祖父の再会である。

 しかしながら、ティモシーは緊張のあまり、ゴクリ、と息を呑んでいた。

本日(2月19日)は、コミカライズ版名代辻そば異世界店の更新日です。

今回もドワーフの女公爵ヘイディ編の続きとなっております。

王様により、遂に名代辻そばの酒、ビールの存在を知ってしまったヘイディは居ても立っても居られず…?

今回もご期待ください。

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