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伯爵令息ティモシー・ロンダと甘く冷たくピリリと辛い紅生姜アイス①

『名代辻そば異世界店』コミックス2巻の方、好評につき重版が決定いたしました。これも本作を手に取ってくださいました読者の皆様のおかげでございます。ありがとうございます。

 ティモシーは王都に居を構えるロンダ伯爵家の次男として生まれた。

 父は王都の騎士団に所属するキース・ロンダ伯爵。

 母は旧王都アルベイルのアダマント伯爵家から嫁いできたジェシカ・ロンダ。

 そして騎士見習いとして父に師事している6つ上の兄、エース・ロンダ。

 それがティモシーの家族たちだ。


 ロンダ伯爵家は父の代からの新しい伯爵家である。というのも、父は元々ロンダ侯爵家の次男であり、その兄、つまりは現侯爵が家督を受け継ぐのと同時に、侯爵家が所有していた伯爵位をいただき、新たにロンダ伯爵家として独立したのだ。


 ロンダ伯爵家としての歴史は浅いが、しかしロンダ一族としての歴史は深い。何せ、ロンダ家は代々騎士団所属の勇猛な騎士たちを輩出してきた武門の家系。騎士としてお城に勤める父も、当然武人である。


 王都の、そしてカテドラル王国という国家の守護者たる騎士。その血を受け継いでいることは、幼いティモシーにとって誇りであった。自分もいつか、父のような、伯父のような、そして数々の伝説を持つ祖父のような立派な騎士になるのだ、と。


 ティモシーの祖父、パーシー・ロンダ前侯爵。

 瞬間移動の魔法を使う剣の達人で、ティモシーが生まれる前に行われたウェンハイム皇国との戦争では神出鬼没の戦法で猛威を振るい、次々と敵将の首級を挙げたのだという。

 そして付いた通り名が亡霊騎士。武人にとって、通り名が付けられるほど勇名を馳せるのは名誉なことであり、憧れでもある。まあ、当の本人はその通り名を気に入っていないようだが。


 同じ王都に住んでいるので、ティモシーも従兄や祖父たち親戚に会いに、ロンダ侯爵家にはよく遊びに行っている。そして遊びに行く度、従兄と揃って尊敬する祖父に剣の稽古を付けてもらうのだ。

 父によると、祖父の稽古は大層厳しくて、伯父と揃っていつも泣きながら剣を振らされていたのだという。

 ティモシーにとっては信じられない話である。まるで別人の話を聞いているのではないかとすら思う。

 ティモシーの知る祖父は、確かに剣の達人ではあるが、いつもニコニコと朗らか、温和で優しく、稽古はきついもののそこに泣きたくなるほどの理不尽さはなく、剣の振り方ひとつ取ってもちゃんと出来るまで懇切丁寧に教えてくれる。

 そして稽古が終わると、必ず自分と従兄にひと粒の大きな飴玉をくれるのだ。王都の有名な菓子店で作られている、ほのかに生姜の香りを感じる飴玉だ。飴を作る際に、生姜の絞り汁を入れているのだという。

 何でも、生姜というものは喉に大層良いものだそうで、祖父は喉の調子を気遣ってその飴玉を常用しているとのこと。砂糖を沢山使う菓子を常用出来るというのは、流石、侯爵家の財力とでも言うべきか。


 ともかく、ティモシーも祖父がくれるその飴玉が大好きだった。

 甘くて美味しい、そしてちょっとだけピリリと辛い大粒の飴玉。別に貧乏という訳ではないのだが、侯爵家よりは実入りの少ない伯爵家では出て来ることのない、たっぷりと砂糖が使われた甘い菓子。

 どんなに厳しい稽古の後でも、甘い飴玉を舐めれば疲れなどすぐに吹き飛んでしまう。そしてティモシーと従兄が飴玉を舐めて笑顔を浮かべると、祖父も嬉しそうにその顔をくしゃりと綻ばせるのだ。


 こんな日々がずっと続けばいいのにな。

 ティモシーはいつもそう思うのだが、しかし、今の生活がそう遠くないうちに終わることは確定している。ティモシーは現在9歳。6年後、15の年に学院を卒業すれば、ティモシーは王都を出て旧王都アルベイルに行き、アダマント伯爵家を継ぐことになっているのだ。


 母方の祖父の家、旧王都のアダマント伯爵家。

 こちらもまた、ロンダ侯爵家同様、古くから続く由緒正しい武門の家系である。

 王都と旧王都、お互いに住んでいる場所が遠く離れているので、ティモシーも数えるほどしか母方の祖父母には会ったことがないのだが、向こうの家はきっちりかっちりとした貴族の見本、という印象だろうか。

 祖父、ガッシュ・アダマントは老齢でありながら現役の騎士団長、そして伯爵家当主としてアルベイル大公閣下に仕えている。本来であれば、もうとっくに家督を後継者に譲っているような年齢だ。

 その家督を、誰あろうティモシーが受け継ぐことになっている。本来であれば伯父、同じく王都に住むパルパレオス・アダマンドが継ぐ筈だったのに。


 一体何故、そんなことになってしまったのか。

 原因は王太子殿下である。


 次代の国王、王太子サンドル・ネーダー・カテドラル。

 彼が、パルパレオス伯父を側近として召し上げ、あろうことか爵位を与えて独立させてしまったのだ。


 サンドル王太子とパルパレオス伯父は同い年で、同じ歳に同じ学び舎で学んだ仲である。慣例として、王太子はこの学び舎で将来的に側近となる者に目を付けるのだが、普通は王都に住む法衣貴族の息子か、地方の出身だとしても家督を継ぐことのない次男や三男といった者たちを選ぶ。地方出身の長男はその家の跡継ぎであり、それを召し上げれば後継者がいなくなるからだ。

 が、王太子は伯父の抜きん出た優秀さを買い、これを側に置かぬは国益を損じると爵位を与えて召し上げてしまった。

 アダマント伯爵家の子供は伯父と母の一男一女のみ。つまりは、アダマント伯爵家の後継者が突如いなくなってしまうという、予想外の事態に陥ってしまったのだ。

 このまま後継者が不在のままでは、アダマント伯爵家が消滅してしまう。

 故に、そのアダマント伯爵家の血を継ぐ者の中から、家督を継ぐ長男ではなく、かつ婚約者もいないティモシーに白羽の矢が立ったのだ。

 本来であれば、伯父が家督を継げないのであれば伯父の子が継げばよいとは思うのだが、残念ながら伯父夫婦には1人しか子がいなかった。しかも女の子だけ。このまま男子が誕生しなければ、向こうの家もまた困った事態に陥るという訳だ。


 ティモシーは幼い頃から、それこそ言葉というものをようやく理解出来るような年齢の頃から、両親、そして伯父にずっと謝罪の言葉と、そして15になれば家を出なければならないと言われ続けてきた。

 今はその理由も、そして祖父の家に行く覚悟も出来たが、まだ幼かった当時は、その言葉を言われる度に、我慢をすることもなくわんわんと泣いたものだ。父上も母上も伯父上も、きっとみんな僕のことがいらないんだ、だから御爺様の家に行けって言うんだ、と。

 ティモシーが泣く度、両親も伯父も悲痛そうな表情を浮かべ、すまないと謝罪する。

 違う、そうではない、謝ってほしいのではなく、ずっとここにいていいのだと言ってほしいのだ。

 泣いているのでちゃんと言葉に出来ないのがもどかしいが、心の中ではずっとそう叫んでいた。それをどうにか分かってほしかったのだ。伝わってほしかったのだ。

 だが、彼らは終ぞその言葉だけは口にすることがなかった。

 つまり、申し訳ないとは思っているが、決定を覆すことはないと、そういうことだ。

 それがようやく分かった時、ティモシーは泣くのを止めた。世の中には、泣いてもどうにもならないことがある。それがどれだけ理不尽なことであろうと、己の意思を無視したものであろうと。そう学びを得たのだ。


 だが、何もかも諦めて無気力に、ただただ流されるように生きるのは違う。まだ幼くとも、それだけは分かる。

 だからティモシーは剣を学ぶのだ。力なき自分が身に付けられる、数少ない力のひとつとして。これから何度も訪れるであろう人生の理不尽に抗う為に。己の力で己のことを決められるよう、選択肢を増やす為に。

 それに、現役の騎士団長である祖父の跡を継ぐのだから、何かしらの武術は出来た方がいいだろう。


 学院に通うようになるまでにはまだ時間がある。

 家庭教師から勉学を学び、ロンダ侯爵家で祖父から剣術を学ぶ日々。

 そんな日々にほんの少しだけ変化が訪れたのは、ティモシーが9歳になってからのことだ。


 ティモシーが9歳の誕生日を迎えた翌日のこと。

 その日は珍しく、本家の祖父、パーシーがティモシーの住むロンダ伯爵邸を訪れたのだ。

 父と兄は王城に出仕し、家には母と自分だけ。だが、様子を見るにどうも祖父はいきなり来た訳ではなく、事前に来ることになっていたようだ。

 そして祖父は、ティモシーの姿を見つけるなり、こう言ってきた。


「ティモシーよ、これから一緒に、アルベイルへ行こうか?」


「え?」


 いきなりのことに戸惑うティモシーに苦笑いしながら、祖父はこう答える。


「アダマント殿に会いに行くのだよ」


「え!? アダマントの御爺様にですか!?」


 思わず驚きの声を上げるティモシー。


 普通であれば、いきなり何を言い出すのだ、と驚くところだ。街道が整備されているとはいえ、王都から旧王都へ行くのにはいささか時間を要する。馬車を使ってもまず10日くらいは見なければならないし、徒歩で行けば、特にティモシーのような子供の足に合わせるのであればひと月以上はかかるのではなかろうか。

 が、祖父は彼我の距離を無視して一瞬にして遠方へ移動可能な瞬間移動の魔法を使う。しかもその瞬間移動に幾人かを帯同可能なので、彼にかかれば今すぐにでも遠く離れた旧王都へも移動出来るのだ。


 旧王都へ行くというのは分かったが、それにしても何故、いきなりアダマントの祖父に会いに行くことになるのか。

 驚いて唖然としているティモシーに、祖父は「うむ」と頷いて見せる。


「そうだ。あまり私ばかりが孫を独占しても申しわけないからな」


「は、はあ……」


 つまりは、単純に遠く離れた街にいる母方の祖父、久方ぶりに孫の顔を見せてあげようという親切心ということか。自分は同じ街に住んでいていつも会っているから、と。

 そういうことは両親が考えるべきことで、祖父が考えるべきことではないようにティモシーなどは思うのだが、まあ、同じ祖父同士、ロンダの祖父にも思うところがあるのだろう。


 それ以上は声もなく突っ立っているティモシーに対し、祖父は言葉を続ける。


「それにな、アルベイルには良いものがあるのだ。ティモシーよ、お前、最後に向こうへ行ったのはいつだ?」


「はい、6歳の時だったと思います……」


 定期的とはいかないが、アダマントの祖父のところへも何年かに一度は母が里帰りするので、それに帯同する形でティモシーも旧王都へは行っていた。まあ、最後に行ったのは3年前で、それ以前の里帰りについては幼すぎて憶えていないのだが。


 ティモシーが答えると、祖父は「ふうむ……」と思案顔で顎に手を当てた。


「3年も前か。ならば知らぬはずだな、あの店のことを」


「あの店?」


「ナダイツジソバという食堂のことだ。この私も、アダマント殿も大好きな店でな、お前も連れて行ってやりたいと、常々そう思っていたのだ」


「ナダイツジソバ……」


 何だか不思議な言葉の響きだが、この3年の間に、旧王都にはそういう名前の新しい店が出来たのだろう。

 それにしても前侯爵たる祖父が、市井の民が利用する食堂を好意的に見ていて、ティモシーを連れて行きたいとはどういうことなのだろうか。

 そこに何かが、それこそ今後の人生に影響するものがあるような、そんな予感がして、ティモシーは思わず心の中で、そのナダイツジソバなる不思議な店名を反芻していた。


本日1月19日はコミカライズ版名代辻そば異世界店の更新日であります。

前回から始まったドワーフの公爵ヘイディ・ウェダ・ダガッド編の続きとなっております。

今回のエピソードで、このアーレスという世界の歴史が少しだけ垣間見えるかと思います。

いつものエピソードは前後編になっているのですが、ヘイディ編はもう少し続きますので、読者の皆様におかれましては、どうぞお付き合いをお願いいたします。

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