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シャオリンの挑戦

12月5日、新たにレビューを1件いただきました。ありがとうございます。

 ある日のことであった。

 その日の営業が終わり、もう風呂も入って、あとは早く寝るか、ちょっと晩酌でもするかという時間になって、シャオリンが唐突に、文哉にこう直訴してきたのだ。


「私もお料理出来るようになりたい」


 と。


 これまで、シャオリンにはホールで注文を聞く仕事と、料理の配膳及び食器の回収、洗い物、清掃といった仕事を任せてきたのだが、調理の仕事をさせたことはなかった。

 王族として育ったシャオリンは台所に立ったことはおろか、そもそも包丁すら握ったことがないと本人から聞いていたからだ。

 だが、最近はどういう訳か、いつもより早起きして、朝の仕込みをする文哉の横で、慣れぬ包丁に悪戦苦闘しながら野菜の皮むきなど手伝ってくれるようになったシャオリン。彼女自身のこだわりなのか、ピーラーは使わないそうだ。

 どういう気持ちの変化があったのか、文哉が少し気になって訊いてみると、包丁の基本的な使い方くらいは習得しておきたいのだという。だからあえてピーラーは使わないのだと。

 そんな彼女に、文哉も毎日ちょっとずつ包丁の使い方のコツなど教えているところだったのだ。


 文哉とルテリアが揃って居間にいる時に、料理が出来るようになりたいと意外な申し出をしてきたシャオリン。

 2人がお互いに顔を見合わせた後、まずは文哉が口を開いた。


「最近、野菜の皮むきとか手伝ってくれてたけど、シャオリンちゃんは料理が出来るようになりたかったの?」


 文哉が訊くと、シャオリンはそうだと頷く。


「店長やチャップさんたちみたいな本格的なやつじゃなくて、基本的なことでいいからお料理出来るようになりたいの」


「どうして突然そう思ったの?」


 今度は、ルテリアがそう訊く。


「1人になった時に、ちゃんと自活出来るようになりたいから」


「「え?」」


 シャオリンの言葉を聞いて、文哉とルテリアが同時に首を傾げた。

 今、この部屋では文哉、ルテリア、シャオリンの3人が同居しているのだが、そこからシャオリンが出て行くような話はこれまで1度たりとも出ていないし、文哉も彼女を追い出すつもりはない。そんなことは考えたことすらもない。

 だが、他ならぬ彼女自身がここから出て行きたいと思っている可能性はある。日々の激務に、そこまで広くもない部屋でせせこましい3人暮らし。もう嫌になった、と言われても不思議ではない。


「……もしかしてシャオリンちゃん、ここから出て行きたかったの?」


 恐る恐る、といった感じでルテリアがそう訊いた。

 すると、シャオリンはとんでもない、とばかりに首を横に振る。


「そうじゃないの。出来るのなら、ずっとここにいたいくらい」


「じゃあ、どうして?」


「私も、ずっとここにはいたい。でも、どう考えてもずっとはいられないから」


 言われて、文哉はシャオリンの事情を思い出した。

 彼女は祖国を出て、外界で100年間生活するという修行中の身だ。着の身着のままのシャオリンを雇い入れたのは、その修業の初年度のこと。期間はまだ99年も残っている。

 が、しかしながら文哉が、ひいてはこの名代辻そば異世界店が99年後にも残っているだろうか。残念だが、恐らくは残っていないだろう。文哉の寿命が尽きるのと同時に、この店舗も消え去る筈だ。

 詳細は伏せているが、この名代辻そば異世界店は文哉のギフトの力がなければ十全に経営出来ないことはシャオリンにも聞かせている。

 つまり、シャオリンの修業期間が明ける前にこの名代辻そば異世界店がなくなることは明白なのだ。

 そうなれば、シャオリンはまた別の何処かで働かなければならない。それも今のように誰かと一緒に暮らし、料理も作ってもらうのではなく、1人で暮らし、自炊もしなければならない生活になる筈だ。

 シャオリンは今からその時のことを見越し、自活への第一歩として料理が出来るようになりたいと言っているのだろう。


 出会った当初は未来のことどころか、今日をどう生きるかすら分からなかった彼女ではあるが、市井に混ざり働き出したことで自らの人生、その先のことを考えられるようになったと見える。

 まだまだ先ではあろうが、現実問題、別離の時は必ず訪れるのだ。その時に対する備えは、確実にしておかなければならない。


 今から別離のことを考えるのは寂しいことだが、しかし、シャオリンの考えは立派である。その考えには文哉も応えてやらねばなるまい。

 見ればルテリアも神妙な面持ちで頷いている。


 文哉はシャオリンの顔を真正面から見据えると、真面目な表情で「分かった」と頷いて見せた。


「じゃあ、シャオリンちゃんには、とりあえず晩酌用のつまみでも作ってもらおうか?」


 そう文哉が提案すると、いまいち意味が理解出来ないようで、首を傾げるシャオリン。


「おつまみ……?」


「そ、おつまみ。流石に仕事中は教える暇もないからさ。だからおつまみ作りを通して料理の腕を磨いてもらおうかなって」


 文哉も別に思い付きでそう提案しているのではない。

 ひと口におつまみと言っても、その種類は千差万別。ただ単に買って来たものを切るだけ、というものもあれば、軽く煮たり焼いたり、時には揚げたりしなければならないものもあるし、手が込んでくると前の晩から仕込みをしなければならなかったりもする。例えばおでんなどがその最たる例だろう。

 貴族の相手をするレストランで出すような、高水準の技術を必要とする凝った料理を教えるつもりはない。だが、家庭料理というのならば、おつまみ作りを通して毎晩少しずつ教えられる筈だ。

 それに何より、誰か人の為に料理を作るというのは、上達への近道である。何故なら、相手の為を想えばこそ、より美味しいものを作りたい、という気持ちになるからだ。あくまでも自分が食べる為だけ、というのはどうにもがんばり甲斐がない。


 文哉の目算に気付いたのだろう、ルテリアが笑顔を浮かべながら、パン、と手を叩いた。


「それ、結構いいアイデアかもしれませんね。最初はちょっとしたもの、それこそお漬物とか、ベーコンとかを切るところから始めて、卵とか焼いたり、おひたしとか作ったり、色々と身に付きますもんね」


「うん。俺もそう思ってた。ひと通りおつまみが作れるようになれば、家庭料理くらいなら当たり前に作れる腕前になると思うんだ。どうかなシャオリンちゃん、やってみる気はある?」


 あくまでも提案。強制してもある程度は結果が出るかもしれないが、やはりシャオリン自身が自発的に取り組まねば真の意味で身に付くことはない。要は、彼女のやる気次第なのだ。

 が、文哉が心配するまでもなく、シャオリンも真剣な表情ですぐさま「はい!」と頷いた。


「よろしくお願いします、店長!」


 まるでやる気をアピールするように両手で小さくガッツポーズを取りながらそう言うシャオリン。

 シャオリンの方が文哉よりも遥かに年上なのだが、彼女を見ていると、まるで自分に妹が出来たような錯覚に陥り、思わず笑みが浮かんでしまう。何とも微笑ましい感じだ。

 見れば、ルテリアもまた、姉のような表情を浮かべ、ニコニコとシャオリンのことを見つめている。


「オッケー。じゃ、早速台所に行こうか。確か、冷蔵庫の中にたくあんがあった筈だから……」


 座っていたソファから立ち上がり、シャオリンを伴って台所へと向かう文哉。

 チャップたち厨房の従業員たちがそれぞれ料理人として奮闘する中、シャオリンもまた、新たなることに挑もうとしていた。


本日、12月19日はコミカライズ版名代辻そば異世界店の更新日であります。

今回はマルス編の後編です。

はたして、名代辻そばの料理は深く傷付いた幼子の心を癒せるのか?

今回も林ふみの先生熱筆の素晴らしい内容となっておりますので、読者の皆様におかれましては、是非ともお読みくださいますよう、よろしくお願いいたします!


それと『次にくるライトノベル大賞2024』への投票の方、ありがとうございました。投票結果が出るのは来年となっておりますので、楽しみにお待ちください。


いつもはコミカライズの更新に合わせてこちらも更新しているのですが、今年も年越しそばをご用意させていただいております。12月31日をお待ちください。






今年は最後、12月31日になろう版の方を更新してから、それを年越しそばとさせていただきたいと思います。


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