ダンジョン探索者キキと懐かしき香り、煮干しラーメン②
「「「「はえええぇ~………………」」」」
税を払って入市門を潜るなり、キキらダンジョン探索者パーティー『爪牙』の面々は、揃って感嘆の声を上げた。
別に示し合わせて声を合わせたのではない。本当に、意図せず同じような声が洩れてしまったのだ。
「いやあ、こいつはどうも……」
と、パーティーのリーダー、罠師マービンが口を開く。
「聞いてはいたけど、本当に壮観ね……」
マービンに続き、魔法使いカミラが言った。
「王都もすげぇと思ったが、同じ都会でも、随分と趣きが違うみてえだな」
そう言うのは、ドワーフの戦士ディクソンだ。
「流石、古都って言われるわけだわ……」
最後にキキがそう口にする。
4人が横並びに突っ立ったまま、旧王都アルベイルの威容に圧倒されていた。
ただ古いばかりではない、年経てある種の格式を得た建物が建ち並ぶ街並み。田舎娘のキキからすると、どの建物も、それこそ民家でさえ重要文化財のように見えてならない。
そして、そこに暮らす人々もまた、古都の住人然とした風流な人たちに見える。
何より、街の中央に堂々聳え立つアルベイル城の何と荘厳なことか。
カテドラル王国内でも屈指の風光明媚な街だとは聞いていたが、まさかここまでだったとは。
別に都会に来るのが初めてという訳ではない。たった1度ではあるが、キキたちは王都にも行ったことがある。その時も都市の威容に圧倒されたものだが、あちらは真新しい、まさしく時代の最先端を行く場所という感じだった。
しかしながら、旧王都アルベイルはそれとは真逆、歴史の重厚さを感じる、街がまるごと史跡といった感じだ。
キキたちが今回このアルベイルに来たのは、別に観光の為ではない。あくまで仕事の為だ。
アルベイルの西側には、アードヘット帝国まで続く長大な街道があるのだが、この街道から少し外れた草原に、洞窟タイプのダンジョンがあった。
このダンジョンには鳥の魔物が数多く生息しているのだが、最奥に潜むダンジョンの主はクイーンハルピュイア。七色に輝く煌びやかな羽根が特徴の巨大なハルピュイアだ。
今回の仕事は、このクイーンハルピュイアの羽根を採取し、とある貴族に納品するというもの。何でも、その貴族の娘がもうすぐ成人するとかで、デビュタントに合わせてクイーンハルピュイアの羽根を使ってドレスを作りたいのだそうだ。
同じ女性ではあっても、キキやカミラとは無縁の世界である。キキはドレスを着たことがないどころか、本物を見たことすらない。そういう服が売っているのは、王都や旧王都のような街にある貴族街か、オーダーメイドの服屋くらいだろう。また、貴族からの依頼を受けているとはいっても、そこは間にギルドを挟む為、直接的に彼らと対面することもなかった。
キキたちとは住む世界が全く違う貴人からの依頼だが、別にそこに思うところはない。仕事に対して見合った報酬を出してくれるのであれば、貴族であろうと平民であろうと、キキたちにとっては平等に客なのだ。
それに、依頼によるダンジョン探索というのは、普通の探索よりも2度美味しい。
依頼ではない通常のダンジョン探索では、魔物から剥ぎ取った素材や宝箱から得た宝物など、ダンジョン内で得た物品を売却した金がそのまま報酬となる。
だが、依頼を受けた場合は、上記に加えて依頼料が上乗せされるのでお得なのだ。
故に、依頼は常に探索者同士の奪い合いなのだが、今回は運良くキキら『爪牙』がゲットしたのである。
仕事には明後日から取り掛かることになっており、明日は準備に充てることになっていた。
本来であれば今日は夕方頃アルベイルに到着し、そのまま宿に泊まって明日の朝から行動することになっていたのだが、予定よりも早く到着し、今は午後3時を少し過ぎたところ。何だか半端に時間が余ってしまった。
これからどうするのか。
キキを含めた皆が顔を向けると、マービンはおもむろに口を開いた。
「夕方までちょっと時間あるし、俺、ここのギルドに顔出してくるわ」
別の街のギルドで受けた依頼ではあるが、ダンジョン探索に挑む場合は最寄りのギルドに報告を入れる義務がある。ギルドは互助組織である、もし申告した期間を過ぎてもパーティーが戻らなかった場合は、ギルドが編成した救助隊がダンジョンへ救助に向かうことになっているのだ。まあ、救助隊が向かう頃には高い確率でパーティーが壊滅しており、亡骸だけでも発見出来れば上等、大抵は亡骸さえもダンジョンに吸収され、遺品すらも回収出来ないことがほとんどなのだが。
本当は明日になってからギルドに報告する予定だったのだが、思いがけず時間が出来たので、マービンは先に済ませておくことにしたようだ。
「じゃあ、私は宿を取ってくるわ。姉さんに会いたいし」
と、マービンに続きカミラが手を上げた。
今日取る予定の宿は、確か彼女の姉が嫁いだ先の宿屋だった筈。昨日の話では、実に5年ぶりに姉に会うのだ、甥っ子と姪っ子に初めて会うのが楽しみだと、カミラがそう喜んでいたことが思い出される。
「おれぁ、ちょっくら鍛冶屋行ってくるぜ。郷里のダチが働いてるもんでよ」
間を空けず、ディクソンもそう言う。
カテドラル王国でドワーフといえばウェダ・ダガッド自治領が真っ先に思い出されるが、ディクソンのように郷里を離れて己の腕を頼りに生きる者も少なくない。ディクソンの場合は戦闘向きのギフトを授かったのでダンジョン探索者になったのだが、その郷里のダチとやらは職人系の、それも鍛冶に関連するギフトを授かったのだろう。職人がウェダ・ダガッド自治領に留まらなかったのは意外なことだが、きっと外の世界で腕試ししたくなったに違いない。
急に、手持ち無沙汰になってしまった。
仲間たちにはやることも行くところもあるが、キキには行きたいところも会いたい人もいない。そもそも初めて来る街なのだ、彼らのように知己がいるということの方がむしろ珍しいだろう。
自分はどうしようかなとキキが考えていると、いつの間にか残った3人が会話していた。
「カミラ、確か木漏れ日の宿ってところだったよな?」
「ええ、そう。場所はお城の裏のあたりですって。流石に迷わないわよね?」
「地図は頭に入れてあらぁ。いいトシこいて迷子になんてなるもんかよ」
「ほんじゃ、後から宿でな。晩飯は各自食ってこいよ?」
「了解。じゃ、また後でね」
ひらひらと手を振って、カミラが雑踏に消えてゆく。
「おれぁ酒飲んでくる予定だから、ちょいと遅くなるぜ?」
「明日に響くほど深酒するなよ?」
「ドワーフはどんだけ飲んでも酒に飲まれるってこたぁねえんだよ。心配すんな」
カミラに続き、ディクソンも人波に紛れて姿を消した。
「んじゃ、俺も行くわ。キキ、お前も好きにしていいぜ?」
そう言い残し、マービンもその場を離れる。
残されたのは、キキ1人だけ。
見知らぬ大都会にポツネンと1人で残されてしまったキキ。
もういい大人だというのに、こんなふうに1人になると、不意に不安が押し寄せてくる。
「私、どうしよう……」
宿に行くにも半端な時間。それに今行ってしまうと、カミラが家族と再会する団欒の時間を壊してしまうような気がする。また、マービンやディクソンの後を追うのも違うだろう。何処かで時間を潰そうにも、何処へ行けばいいというのか。
困り果て、思わず天を見上げるキキ。
と、ここで唐突に、
クウウウゥ、
とキキの腹の虫が小さく鳴った。
そういえば、今日はまだ昼食を食べていない。移動中だったので食べる時間がなかったのだ。
「………………ごはん、食べに行こうかな」
今食べると夕食は食べられそうもないが、時間を潰すには丁度いい。
アルベイルは内陸の街だから、キキが最も望む魚は食べられそうもないが、それでもここは国内でも有数の大都会。きっと美味しい食堂がある筈だ。もしかすると、運が良ければ川魚くらいはあるかもしれない。そうなれば儲けものだ。
アルベイルにどんな食堂があるかは全く知らないが、地元の人に訊けば美味しい店のひとつかふたつくらいは教えてくれるだろう。
そうと決まれば話は早い。
3人に少し遅れて、キキも雑踏の中を歩き始めた。
本日、11月1日、『名代辻そば異世界店』コミックス2巻が遂に発売されました!
今巻に収録されているのは、騎士セントのエピソードから新従業員チャップ加入のエピソードまで!!
表紙を飾るのは、辻そば名物大食いエルフこと茨森のテッサリアとなっております!!!
今巻も林ふみの先生熱筆の1冊となっております!!!!
読者の皆様におかれましては、是非とも書店様でコミックスをお手に取っていただければ幸いです!!!!!
また、1巻同様、コミックスのみのおまけもございます!!!!!!
皆様、コミカライズ版『名代辻そば異世界店』2巻を何卒よろしくお願い致します!!!!!!!




