思いがけず看板娘ゲットだぜ
いきなり泣きながら店に来た奇妙な女の子。その女の子がそばを食べ終わるなり、いきなりこんなことを訊いてきた。
「店員さんは転生者……ストレンジャーですよね?」
「え!?」
「それも地球の、日本から来た方。そうですよね?」
「えええ!!?」
文哉は驚き過ぎて持っていたどんぶりを落としそうになった。
自分が転生者、この世界の言葉で言うストレンジャーだというのはハイゼンの忠告通り秘密にしている。これを知っているのはハイゼンとアダマントの2人のみで、他の誰にも話していない。その秘密をどうして見ず知らずの女の子が知っているのか。
騎士などの城に勤める者ならば辛うじて分かる。恐らくはハイゼンたちとの会話を盗み聞きしていたのだろうと。だが、目の前の女の子は明らかに騎士といった風貌ではない。腰に剣を差して武装しているが、どちらかというと騎士ではなく市井の人間のように見える。多分、話に聞いたダンジョン探索者というやつだ。
「ど、ど、ど、どうしてそのことを…………ッ!?」
文哉は明らかにテンパッていた。ギフトのステータスによれば、この店舗には悪意や害意のある者は入れないとのことだから少なくとも彼女は自分を狙う悪人ではないのだろうが、しかし、それでも初めて会う人間にいきなり自分の秘密を言い当てられたとあっては警戒するなと言う方が無理だろう。
彼女は何者なのか。いざとなれば店を消して逃げた方がいいのではないか。
そんなことを考えていると、女の子は文哉の内心を読み取ったかのように苦笑した。
「驚かせてごめんなさい。でも、私も貴方と同じなんです」
「へ? 同じって……?」
「私も転生者、ストレンジャーなんです」
「えぇッ!?」
突然の告白に、文哉は驚愕して声を上げた。
「貴女も俺と同じで転生者だと言うんですか!?」
ハイゼンによると、このアーレスには文哉のような東洋人タイプの人間、この世界ではヒューマンと呼ぶらしいが、ともかくそういう人種はいないそうだ。また、アフリカ人に代表される黒色人種タイプの人間というのもこのカテドラル王国では珍しいと言っていた。彼ら黒色人種が住むのはもっと西の方だとのこと。ここいらで一般的な人間といえば白色人種なのである。
つまるところ、彼女はどうにも現地の人間にしか見えないのだ。
彼女が本当に文哉と同じ境遇の人間だと言うのなら、この出会いには大きな意味があるだろう。だが、文哉としては彼女が嘘を言っている可能性も捨て切れないと思っている。
「いや、でも、それにしたって……」
と、怪しむ文哉を制するよう、女の子は苦笑を浮かべたまま話し始めた。
「確かに私も異世界人に見えると思います。白色人種ですから。でも、私も地球からこのアーレスに転生したんです。元はフランス人です」
文哉の疑問を払拭するよう、彼女はそう答えた。
ハイゼンの口からは出なかったフランスという国名。これは彼女の言葉が嘘ではないと見るべきだろうが、文哉にはひとつだけ引っかかるところがある。
「そうなんですか!!?」
「ええ、そうなんです」
「でも、大公閣下は、最後にこの国で発見されたストレンジャーは30年前に現れたケニアの少年だって言ってましたよ?」
そう、そこに文哉は引っかかっているのだ。
ハイゼンによれば、ケニアの少年を発見し、次に文哉を発見するまで、このカテドラル王国で転生者は確認されていないとのことだった。
現地に馴染んだ彼女の様子からして、昨日今日に転生してきた者だとは到底思えない。だとするなら、彼女は今日に到るまで自身の身の上を秘密にし続けてきたということだろう。ここで長いこと暮してきたのなら、転生者は貴人扱いで保護されるというのは彼女も知っている筈だ。どうして隠す必要があるのか。
その疑問にも、彼女はこうこう答えてくれた。
「この国で転生者が手厚く保護される対象だというのは知っていました。けど、悪い貴族なんかに利用されることもあるかもしれないと思って、自分のことは周囲にもずっと秘密にしていたんです」
確かにハイゼンもそれは言っていた。転生者が持つ特別なギフトや異世界の知識を狙う悪人が少なからず存在すると。
「私、最初はこの街の北にあるオロアという町の近くで転生したんですけど、そのオロアの領主、マフデン子爵が典型的な悪徳貴族だったんです。大公閣下はマフデン子爵みたいな方ではないと分かってはいるんですけど、それでも貴族に対する悪印象はどうしても拭えなくて……」
そう言う女の子の表情は、何処か悲しげであった。きっと、そのマフデン子爵とやらに悪い意味で思うところがあるのだろう。
文哉は運良くハイゼンの庇護下に入れたが、彼女の場合は文哉よりも当初の環境が恵まれていなかった。貴族への警戒心が拭えないのも当然のことだろう。
「そうでしたか。きっと、お客様も辛い思いをされたんでしょうね……」
彼女に比べれば文哉は恵まれているのだろう。少なくとも悪徳貴族に脅えるようなことにはならなかったのだから。
思いがけず、場にしんみりとした空気が漂い始めた。
そのちょっと沈んだ雰囲気を払拭するよう、女の子が強引に笑顔を作って口を開いた。
「…………あ、そうでした、名乗りもせずにごめんなさい。私、ルテリア・セレノと言います」
そう名乗り、丁寧に頭を下げる女の子、ルテリア。
元は日本人サラリーマンだった者の習性として、相手に頭を下げられれば自分も下げずにはいられない。
「あ、これはご丁寧にどうも。俺は……いえ、私は夏川文哉と申します。当店の店長です」
文哉も名乗り、深々と頭を下げる。この深い角度のおじぎはブラック企業時代、部下を奴隷扱いするクソ上司から叩き込まれたものだ。
「夏川さんですか……」
文哉の名前を聞いた途端、ルテリアは何故だか神妙な面持ちを浮かべた。
「私の名前が何か?」
「いえ、私の叔母は日本の方と結婚したんですけど、その方も夏川さんという名前だったんです」
聞いて、文哉も「へえ」と唸った。
夏川という苗字はそこまで珍しいものでもないが、鈴木や田中のようにありふれているという訳でもない。
「偶然の一致ってやつですかね?」
「でしょうね。義理の叔父は夏川文雄さんと言うんですけどね」
「えッ!?」
思わず、文哉は声を上げていた。
夏川文雄。文哉はその名前には聞き覚えがある。いや、あり過ぎる。こんな奇跡のような偶然があるのだろうか。あの神は何という数奇な運命を文哉にもたらすのか。
「も、も、も…………もしかして、ルテリアさんの叔母さんて、アマンダさんという名前じゃないですか?」
文哉がそう訊くと、ルテリアは驚いた様子で目を見開いた。
「えッ!? ど、どうしてそれを……!!!?」
「やっぱりそうなんだ……」
「あ、あの……?」
混乱しているルテリアに説明するよう、文哉はこう答えた。
「俺の兄貴も夏川文雄って名前なんですよ! 多分、貴女の言っている夏川文雄は俺の兄貴と同一人物だ!!」
「ええぇ、ウソォ!?」
そう驚愕するルテリアに対し、文哉は首を横に振って見せる。
「いや、間違いないです。俺の兄貴、フランス人のアマンダさんて人と結婚しましたから。結婚して夏川の姓になったけど、結婚前の苗字は確か……モントレーだったかな?」
文哉にとっては遠い日の記憶だが、しかし他ならぬ兄嫁に関することだ、それを簡単に忘れることはない。
「…………叔母の旧姓も確かにモントレーです。アマンダ・モントレー。叔母と一致します」
そう言うルテリアの声が僅かに上擦っている。恐らくは、この神が仕組んだのであろう奇妙な偶然に感情が付いていかないのだろう。
神がこの数奇な出会いを演出する為に、縁者である文哉とルテリアに死の運命を与えて転生させたとは思いたくないが、しかし何もかもが偶然とは思えないのもまた事実。
もし可能であるのなら、あの神にこれはどういうことなのかと詰問したいくらいである。
「驚いたなあ……。まさか今日会ったばかりの人とこんな奇妙な繋がりがあるとは思わなかった」
言いながら、文哉は腕を組んで深く頷く。
ここでふと気付いたというように、ルテリアがハッと顔を上げた。
「でも私、日本に留学して叔母の家に2年も居候していたのに、文哉さんに会ったことありませんでしたよ?」
文哉も文哉でルテリアの存在は知らなかったが、しかしそれには理由がある。
「だろうね。俺、大学を卒業してからずっと何年間も、それこそ死ぬまで兄貴にも両親にも会ってなかったから……」
文哉の兄、夏川文雄が結婚したのは文哉が大学を卒業する直前の3月。その時に実家に呼ばれ、初めて結婚することを知らされた。兄のお相手はフランスから来た女性、アマンダ・モントレー。だが、彼女に会ったのはその一度きりで、兄夫婦は籍を入れただけで結婚式は開かなかった。それに文哉は大学を卒業してすぐブラック企業に入社し、以降まともな休みもなく心身とも限界になるまでこき使われて、あえなくドロップアウト。再起するまでは引きこもり同然の暮しだったし、辻そばで働き出してからは生き甲斐を見つけたとばかりに仕事に打ち込んだので、やはり兄夫婦や両親に会うこともなかった。
きっと、ルテリアは文哉が大学を卒業してから強盗に刺し殺されるまでの間に来日し、文哉が死ぬよりも先に命を落としたのだろう。
「文雄さんから弟さんがいることは私も聞いていましたけど、それがまさか文哉さんのことだったなんて……」
ルテリアも感慨深げに頷いている。
それから2人は、お互いの境遇について詳しく話し合った。
文哉はブラック企業時代から辻そば時代を経て死ぬまでのこと、そして異世界に転生した目的を話し、ルテリアは日本に留学してからのこと、自分が亡くなった経緯から転生して今日に到るまでの2年間のこと、更には自分がもうダンジョン探索者として限界に近いことを切々と語った。
確かに文哉にも辛いことがあり、理不尽な死に方をした。だが、話を聞く限りルテリアもまた理不尽な死に方をし、現在進行形で辛い生活を送っているようだ。神は転生後の生活はギフトの能力で思うがままというニュアンスのことを言っていたが、異世界だとてそこに住めば待っているのはその世界に則した現実のみ。転生者だからと誰も彼もが薔薇色の人生を送れる訳ではない。そこは地球と同じだ。
「……そうか、そうだよな。そりゃあしんどいわ。何年も家族に会ってない俺でさえ昨日の夜はちょっと辛かったんだ、俺よりもずっと家族愛が強い君が、それでも今日までよく1人でがんばったよ」
文哉とは違い、彼女のギフトは完全に戦闘に特化したもの。地球とは全く違う生活は不便だったろうし、何より辛かっただろう。その辛い生活を耐え抜いたルテリアの根性は大したものだ。
が、当の本人は俯き加減で乾いた笑みを浮かべている。
「でも、私もうがんばれそうもありません。もう戦いたくないんです。仲間が死んだり傷付いたりするのも見たくないし、自分が死ぬのも嫌なんです」
「そりゃ当然だよ。君は至ってまともな感性の持ち主だ」
ルテリアは元来が兵士でも何でもない、まだハタチそこそこの女子だ。ダンジョン探索者という辛い職業を2年も続ければ、肉体が無事でも精神が限界に来るのは当然のことと言えよう。
「私はもう戦いたくない。でも、私は剣王のギフトを選んでしまった。戦う以外に得意なことがないんです」
そう言って目に涙を溜めるルテリア。
もう限界で心身はとっくに悲鳴を上げているのにやるしかない。
己に鞭打つような、ルテリアのそんな姿が、かつてブラック企業に勤めていた頃の文哉の姿と重なって見えた。
これは放っておけない、放っておけば彼女が壊れてしまうと、文哉はそう思った。
「そんなことないんじゃない?」
文哉がそう言うと、ルテリアは驚いたような表情で顔を上げた。
「え?」
「だって君、絵を学びに芸大行ってたんでしょ? なら、絵を描くのは得意な筈だ。地球人はギフトなんかなくたって上手な絵を描ける。ダ・ヴィンチだってピカソだってギフトなしで傑作を残してきた。そうだろ?」
地球人にギフトはない。だが、才能はある。無論、その才能にも大小はあるが、ルテリアは大学でその才能を磨いている。剣以外に取り得のない人間ではない筈なのだ。
今のルテリアはどうにもそのことを忘れているように思えてならない。ならば、それを思い出させ、彼女が少しでも自信を取り戻せるように背中を押すのは、ほんの少しばかり彼女より大人である文哉の役目だ。
「それは、そうですけど……」
文哉の言葉を聞いたルテリアはほんの一瞬だけハッとしたような表情を見せたが、またすぐ顔を曇らせてしまった。
だが、それでも文哉の言葉は確実に彼女の心に届いている筈。彼女の為にもここで中途半端に言葉を止めるべきではない。
文哉は更に言葉を重ねる。
「それにね、別に得意なこと以外はやっちゃいけない、なんてこともないんじゃない? 得意じゃないけど好きなことって誰にでもひとつくらいはあるでしょ? ギフトっていう特別な能力が存在する異世界だからって、そのギフトに沿った生き方しか許されていない、なんてことはないと思うよ、俺は」
文哉とて別に料理が得意だった訳ではない。元々は味噌汁すらまともに作れなかった。そんな男が好きだという一心で辻そばの門戸を叩き、店長にまでなったのだ。
得意ではないことでもやってやれないことはない。文哉はルテリアにそう伝えたかった。
「でも、剣以外でどうやって生きていけばいいんです? 私は確かに普通の人よりは絵が上手いと思います。でも、絵のギフトを持っている人には敵いません。文哉さんは知らないと思いますけど、美術系のギフトを持っている人って結構いるんです。私が今更筆を取っても、それで食べていくことなんてとても……」
ルテリアの言うこともまた真理。この世界には明確に地球にはないルールがある。ギフトだ。例え技術を磨いたとしても、才能とギフトの方向性が一致し、更に技術を磨いた人には敵わないのだろう。
ならば、この世界でまだ先駆者のいない分野でがんばればいい。今なら先行スタートのチャンスがあるのだから。
「だったらうちで働くかい?」
文哉がそう提案すると、ルテリアは目を丸くして驚いた。
「え?」
「君、辻そば好きなんだよね? 特に冷したぬきが」
「は、はい……」
「なら、うちで働きなよ。現状、店員は店長の俺1人しかいないからさ。今はまだ1人で回せるけど、繁盛してきたら人を雇おうと思ってたんだ。日本に留学して辻そばに通っていた君ならゼロから教えなくても大丈夫だろうし、何より辻そばに愛着を持ってくれている。剣の腕があるからいざって時にも心強い。何より、義理とはいえ兄貴の姪っ子だ。見捨てることは出来ない」
ハイゼンの言を信じるなら、この世界にそばは存在しない。つまり、ここで辻そばを営む文哉のみがそばという新ジャンルの料理で先行スタートを切り、独走出来るということに他ならない。今ならルテリアも文哉と並走することが出来る。もう限界だというダンジョン探索者を辞め、文哉と一緒に辻そばで働くのなら。辻そばのメニューが好きな彼女にはその資格があると、文哉はそう考える。
まさか自分を雇ってくれるなどとは思っていなかったのだろう、唐突に訪れたこの大きなチャンスに、ルテリアは呆然としていた。
「い……いいんですか? 私、飲食店で働いたこともないですけど…………」
震える声でかろうじてそう言葉を返すルテリア。このチャンスは絶対に逃したくない、差し伸べられた手を取って現状を脱出したい、しかし本当にそこまで文哉に頼り切って良いものだろうか。彼女の胸中としては、そんなところだろうか。
文哉としては勿論問題はない。
「仕事は俺が教えるから大丈夫。何しろ、死ぬ前は水道橋店で店長だったんだ。店員への指導は心得ているよ。まあ、水道橋店の開店初日に死んじゃったんだけどね、俺……」
言いながら、文哉は自嘲気味に笑った。名代辻そば水道橋店が開店する前、文哉は他の社員と一緒にオープニングスタッフを指導していた。結局は彼らの活躍を見る前に死んでしまったが、あの後彼らはどうなったのだろうと、そう思った次第である。
「………………」
ルテリアは返事をせず黙っているが、今はきっと高速で思考を回しているのだろう。文哉に対してどう返事をすべきか。それを決断する為に。
「地球の頃と比べて福利厚生とかほぼないに等しいんだけど、でも、給料はしっかり払うし、まかないも3食付ける。店の2階には俺の部屋があるんだけど、同居って形で構わないなら寝床も提供する。2階の部屋、俺が日本で暮してたマンションの部屋と同じ造りになっててさ、テレビなんかもあって地上波は映らないんだけどDVDとかは見れるんだ。コンポがあるからCDも聞けるよ。俺の趣味のCDしかないけど。それにちょっと古いけどマンガもあるし。ああ、誓って手は出さないから、そこは安心して。まあ、君の方が強いからいらない心配だろうけど。とにかくだ、どうだろう、俺と一緒に辻そばで働いてみないか?」
一息にそう言ってから、文哉は今一度ルテリアにそう問うた。
確かにこの提案は彼女を助ける意味もある。だが、それ以上に地球の、日本のことを、そして辻そばのことを知る人と一緒に働くことが出来れば心強いとも思うのだ。ルテリアならば給仕としてだけではなく、いざという時には警備員の役目も果たしてくれるだろう。共に働くのに彼女ほどの適任者はいない。文哉としては是非とも欲しい人材だ。
「………………はい。ここで働かせてください。よろしくお願いします、店長」
心が決まったのだろう、ルテリアは顔を上げ、笑みを湛えながら頷いた。その顔は先ほどまでの苦悩に満ちたものではなく、実に晴れやかである。
文哉は心の中でガッツポーズを決めた。
※西村西からのお願い※
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