遂にラーメンが来た! そしてアイスが来る!?
そば屋なのにパンを焼いて売る。ここしばらく続いている文哉の奇妙な仕事内容だ。
恐らくは前世における悪友、堂本修二が開発したのだろう、パン系の珍そばがメニューに加わったことにより、最近の文哉たちはそばの調理に加えて、何故かパンを焼くことも増えた。
文哉の心情としては奇妙な感じなのだが、お客様方がパンを望んでいるのだから焼かない訳にはいかない。
ルテリアによると、アルコール同様、異世界のパンもまた未発達で、パン種を使わず発酵なども全くさせないので膨らみも柔らかさもなくまっ平でカッチカチなのだという。
それに加えて、平民が食べるパンはライ麦を使ったものが主で、小麦のパンは貴族か富豪くらいしか食べられない貴重なものなのだそうだ。
故に、名代辻そばで提供される、柔らかな小麦のパンに人気が集まるのだろう。本来であれば貴族や富豪の口にしか入ることのない小麦のパンが、手頃な値段で食べられる、と。
まあ、お客様が喜んでくれるのならば、そばを茹でるだけではなく、米も炊くしパンも焼く。それが名代辻そばの心意気だ。
名代辻そばの売りはそばのみにあらず。
つい先日、文哉のギフトがレベルアップしたのだが、その心意気は今回のレベルアップにも反映されていた。
その詳細は次の通り。
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ギフト:名代辻そば異世界店レベル14の詳細
名代辻そばの店舗を召喚するギフト。
店舗の造形は夏川文哉が勤めていた店舗に準拠する。
店内は聖域化され、夏川文哉に対し敵意や悪意を抱く者は入ることが出来ない。
食材や備品は店内に常に補充され、尽きることはない。
最初は基本メニューであるかけそばともりそばの食材しかない。
来客が増えるごとにギフトのレベルが上がり、提供可能なメニューが増えていく。
神の厚意によって2階が追加されており、居住スペースとなっている。
心の中でギフト名を唱えることで店舗が召喚される。
召喚した店舗を撤去する場合もギフト名を唱える。
今回のレベルアップで追加されたメニュー:煮干しラーメン
次のレベルアップ:来客17000人(現在来客102人達成)
次のレベルアップで追加されるメニュー:紅生姜アイス、クールッシュ冷やしたぬきそば
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先に言及したばかりの、名代辻そばの売りはそばのみにあらず、という心意気。
その心意気を早速反映したかのように、今回は完全にそばではないメニュー、煮干しラーメンが追加されたのだ。
そう、そばやうどんなどと並び、日本の国民食とも言える麺料理、ラーメン。
グランドメニューではないのだが、名代辻そばの多くの店舗で限定メニューとして提供されていた、あのラーメンだ。
名代辻そばのラーメンといっても色々あり、味噌もあれば醤油もあり、蛤の出汁や本格的な豚骨を提供している店舗もあったのだが、今回は多くの店舗で採用されていた煮干しラーメンが追加された次第。
魚介系のラーメンとして、煮干し出汁は最もメジャーなもののひとつと言えるだろう。
丁寧に下処理された上質なカタクチイワシの煮干しを大量に使って煮出した出汁は濃厚そのもの。そこに煮干しの香りを殺さぬよう、これまた丁寧に調整された醤油ベースのタレを合わせて作るスープは絶品である。
そして忘れてはならないのは、そこに合わせる中華のちぢれ麺。
そばとは違う、強い小麦の香りと甘さが際立つ麺は、プリプリとして噛み応えも抜群。ちぢれにもたっぷりとスープが絡み、素晴らしい調和を見せてくれる。
また、そこに載せられる具もまた豪華。
わかめ、ねぎ、メンマ、なると、チャーシュー、ゆでたまご。
わかめとねぎはそばと共通のものだが、メンマ、なると、チャーシュー、ゆでたまごについてはラーメンの為だけのものである。
特製のタレでじっくりと煮込んだチャーシューはしっとり柔らかで肉の噛み応えが強く、きっと異世界の人たちも気に入ってくれることだろう。
ゆでたまごについては流石に馴染みがあるだろうが、メンマ、なるとについては、異世界の人たちにとっては完全に初見のものとなる筈だ。まさか竹が食えるなどと、誰が考えるだろうか。なるとについても、魚をすり身にして蒸すと、こんなプリプリ食感の食材に変貌するなどとは誰も思うまい。
煮干しラーメン、これもまた確実に売れる。
名代辻そばの本分はそば屋だが、ラーメン作りにもぬかりはない。
そして、だ。
次のレベルアップで追加されるメニュー、これについて触れない訳にはいくまい。
まず、紅生姜アイスなるもの。
これについては、文哉は全く知らないものだ。一時期は堂本と共に珍そば開発を手伝っていた文哉ではあるが、デザートの類については全くノータッチ。堂本との会議でも話題にすら上らなかったことを記憶している。
堂本が情熱を注ぐのは、珍そばのみ。恐らくこれは堂本が開発したものではないだろう。それなのに珍の要素が多分に含まれているというのは、これ如何に。
紅生姜は分かるし、アイスも分かる。
だが、このふたつを組み合わせたものというのが想像出来ない。
紅生姜とアイス。はたして、この組み合わせは美味いのだろうか。
見た目のインパクト重視で味がイマイチという可能性もなきにしもあらずだが、これは実際にものを見て味わってみなければ分からないだろう。
多少の不安感は拭えないが、ここは商品開発室の面々を信じるしかないだろう。
紅生姜アイスはまだいい。
問題はもうひとつの方、クールッシュ冷やしたぬきそばだ。
冷したぬきそばについては、特に言及はない。名代辻そばにおけるレギュラーメニューのひとつで、ルテリアが最も愛するメニューである。文哉も大好きで、暑い時期の定番とも言えるそばだ。
クールッシュというのは、恐らくアイスのクールッシュのことだろう。
日本におけるメジャーなアイスクリームのひとつで、スクリューキャップが付いた、チアーパック入りの商品だ。キャップを外して飲み口からチューチュー吸って食べる、あのアイス。
文哉もいくつか冷凍庫に常備していた。2階に行って冷蔵庫を漁れば、恐らくはいくつかクールッシュが眠っている筈。文哉はしばらく食べていなかったが、ルテリアやシャオリンがたまに、風呂上りに食べていたことを記憶している。
メニューの名前からして、このクールッシュ冷やしたぬきそばとは、冷したぬきそばの上にクールッシュをぶち込んだものなのだろう。
同じアイスでも、この奇妙奇天烈なメニュー。これは間違いなく堂本が開発したもの。そうと見て間違いない。というか、堂本以外に誰もこんな発想には辿り着かないだろう。
このクールッシュ冷やしたぬきそば、肝心の味の方が全く想像がつかない。
そばとバニラアイスの組み合わせなど、普通に考えれば不味いとしか思わないのだが、しかし、堂本の味覚は確かなのだ。彼は、珍妙なそばは作るが、不味いものは決して作らない。仮に試作段階が不味いものが出来たとしても、それを他人に出すことなど決してしない男である。
ならば、クールッシュ冷やしたぬきそばも信じて然るべきなのだが、ものがものだけに、すんなりと信じることが難しかった。
一度、店の皆と試食会をしてから、意見を聞いた上で提供すべきだろう。
ラーメンという心強い味方が増え、次のレベルアップでは敵か味方かも分からない謎の存在が来る。
思いがけず心中穏やかざるものを抱えることになってしまった文哉ではあるが、とりあえずは煮干しラーメンのことを考えるしかないだろう。
異世界の人たちは、ラーメンに対して、はたしてどんな反応を見せてくれるのか。
奇妙なメニューへの不安は先送りにして、文哉はラーメンへの期待で胸を膨らませることにした。
本日(8月19日)は、コミカライズ版名代辻そば異世界店の更新日であります。
今回からはチャップ加入のエピソードが始まります。
事故で両足を失った青年チャップが、如何にして名代辻そばに加わるのか。
カドコミ様にてお読みいただけますので、皆様、何卒ご一読をお願い致します。




