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侯爵令嬢ミラベル・シナティと合わないようで合うカレーパン丼③

 期せずして運命の相手に巡り会った。


 危ういところを助けてもらったというのに、ミラベルは満足に口を開くことも出来ず、赤面しながら兵士のことを見つめていた。

 見れば、アルベイル騎士団の制服を着た兵士である。

 兜を脱いで露になったその顔は精悍そのもの。厳しさを宿す鋭い目つきはまさしく戦う男のそれ、父や兄たちに勝るとも劣らぬ益荒男ぶりである。

 パノンとの会話から、彼の名前はセント、やはりアルベイル騎士団所属の兵士だということが分かった。

 あれだけの腕前を持ちながらただの兵士に留まり、加えて家名を持たぬということは、貴族家出身ではなく平民なのだろう。


 正直、貴族と平民との結婚はとても難しい。

 稀に平民と結婚する貴族もいるが、その場合は資産家が相手だということが大半である。貴族の令嬢が貧乏な平民に嫁ぐことなどまずあり得ない。

 だが、悲観するのはまだ早い。ミラベルには妙案があった。

 今回の件を契機に、彼を貴族に取り立てるのだ。

 流石に正式な貴族、男爵は無理としても、一代貴族である騎士爵ならば十分可能だろう。

 今回の手柄、商会からの礼、そして近衛騎士である父の推挙。これだけ揃えば大公閣下も否とは言うまい。

 カテドラル王国の法において、男爵以上の正式な貴族の任命は国王陛下でなければ出来ないことだが、一代貴族である騎士爵、準男爵の任命は侯爵以上の領主であれば自らの権限において可能である。


 まずは彼の身分を貴族へと引き上げ、その上で婚約を打診する。

 もしかすると、彼はもう結婚しているかもしれないが、それでも構わない。その時は素直に身を引くくらいの分別はあるし、騎士爵への推挙も危ういところを助けてもらったことへの純粋な礼とすればいいだけ。根拠のない予感として、彼を逃すともう、自分が心から好きだと言える人とは出会えないと思うのだが、侯爵家の娘として最低限の引き際くらいは弁えなければならない。ただ、願わくば彼がまだ独身であることを祈るばかり。


 幌馬車の中から、商隊を先導するセントに熱っぽい視線を向けるミラベル。

 結局、極度の緊張から彼とは一言も話せなかったのだが、それでも名前は覚えた。アルベイル騎士団の兵士セント。

 精悍な顔付きで赤毛が特徴的な青年。ギフトの能力によって鉄塊と化した野盗を砕くほどのメイスの遣い手。


 ミラベルは無事、アルベイルの屋敷に到着し、数日後に知らせを受け取った父が乗り潰さんばかりの勢いで馬を走らせ迎えに来た。そしてしこたま怒られたのだが、いつもであれば肩を縮こまらせ、顔をしかめながら叱責を受けるところを、今回に限っては意に介さず乗り切ったミラベル。

 怒られている間もずっと、あの精悍な兵士、セントのことを考えていたら、いつの間にかお説教が終わっていた。

 父の説教が終わるや、ミラベルは瞳を輝かせながらセントのことを語り始める。

 ミラベルたちの窮地に、雄々しい軍馬に乗って颯爽と現れたセント。

 傭兵たちを苦もなく屠った野盗たちを、逆に苦もなく次々屠り、遂には無敵かと思われた野盗のリーダーまでも倒してしまった。

 その後の対応も紳士的で、負傷者を手早く応急処置し、ショックを受けている者たちに気遣う言葉をかけ、亡くなった傭兵たち一人ひとりに祈りを捧げ、白布に包み馬車に積み込む。

 およそ無駄というものが一切感じられない、流れるような動きであった。

 騎士ではないただの兵士ではあるが、父や兄たちにも劣らない益荒男ぶり。

 自分を含め皆の命を救ってもらったこと、そして商隊の荷も護ってもらったことを踏まえて彼を貴族へ推挙してほしい、そして自分の婚約者にと、ミラベルは熱烈に父へと迫った。

 

「お父様! あの御方を……セント様を貴族にしてくださいまし! そして何卒セント様を私の婚約者にしてくださいまし!!」


 と。


 これにはさしもの両親も当惑した様子であった。


「お前は説教の最中に何を言っているのだ!」


「いきなり婚約者って貴女、まだ御相手の確かな素性も分からないのに……」


 父は唖然とし、母は半ば呆れたように。

 だが、ミラベルがセントを絶賛する言葉は止まらなかった。

 その勢いのまま両親を押し切り、セントへの推挙を認めさせたミラベル。

 相手の詳しい素性が分かっていないこともあり、流石にいきなり婚約までは認められなかったのだが、これで下地は整った。

 爵位の差はあれど、これで同じ貴族同士。かなりの無理筋だが、婚約への細い細い糸が繋がった。

 婚約については両親も最後まで渋ったのだが、あくまでもセントが独身だという前提で、とある条件付きで認めてもらえた次第。

 その条件とは、


 ひとつ、ミラベルが学園を卒業するまではセントに婚約の打診はしない。

 ひとつ、ミラベルが学生の間に他の誰かと良い仲になった場合、セントに婚約の打診はしない。

 ひとつ、ミラベルが学生の間にセントが誰かと結婚、または婚約した場合、婚約の打診はしない。

 ひとつ、こちらで密かにセントの人となりを調査し、問題があると判断すれば婚約の打診はしない。


 というもの。

 両親としては、いくら三女であろうと、出来るならば上位貴族と婚約させてやりたいと思っているのだろう。日々の生活にも苦労することが目に見えている最下位貴族に、手塩にかけて育てた娘をわざわざ嫁がせたくはない、と。

 また、両親はこうも思っているのではないか、と、ミラベルは考える。侯爵家が抱える商会の仕事で金というものの価値を学んだミラベルが、最下位貴族の貧乏暮らしに順応出来る筈がない、と。

 これについては、両親の誤解であると言わざるを得ない。

 確かに自ら望んで貧乏暮らしがしたい訳ではないが、それより何より、好意を抱けぬ相手と結婚することの方がミラベルにとっては苦痛なのだ。

 商人気質なミラベルではあるが、しかし商売のことにはてんで疎い父や兄たちのことはちゃんと敬愛している。というか、自分が結婚するのであれば、父や兄たちのような、いざという時にちゃんと家族を護ってくれる強い人と結婚したい。

 強くて、誠実で、有能で、嫌味のない人柄。

 セントのような理想の人物は、探そうと思ってもそう見つかるものではない。というか、学園ではきっと見つけられないだろう。

 平民出身だとしてもミラベルは気にしない。金がなければミラベルが稼げばいい。商会で鍛えた腕の見せどころだ。


 自分が学生の間にセントが結婚ないしは婚約してしまわないことだけを祈り、ミラベルは幸せな結婚を夢見ながら学園での生活を送った。

 学業、そして家業に加え、いざ結婚した後の為にと、花嫁修業もこなしながら。


 それから1年。

 ミラベルは無事、学園を卒業し、一人の立派な淑女としてシナティ侯爵家に舞い戻る。

 勿論、学園では婚約者など作らなかった。それとなく粉をかけてくる男子などもいたのだが、軟弱そうに見える者ばかりだったのでことごとく袖にしてやった。

 商会の仕事で持参金ですらも自分で稼ぎ、高位貴族の令嬢でありながら料理や洗濯といったことまでも習得した。

 そこまでで3年を費やし、18歳。

 準備は万端整った。


「お父様、約束です! セント・リーコン卿へ、婚約の打診を!!」


 持参金を目標額まで貯めたその日、意気揚々と父にそう告げたミラベル。

 告げた際、父の顔が今まで見たこともないほど苦りきった渋面になったのだが、それとは対照的に、幸せな未来を見据えるミラベルはキラキラと瞳を輝かせていた。

本日5月2日、待望のコミカライズ版『名代辻そば異世界店』1巻が発売されました。

書籍版とはまたひと味違う、コミカライズ独自の名代辻そばの物語。

漫画家林ふみの先生熱筆のコミカライズ版『名代辻そば異世界店』皆様是非ともお手に取って読んでみてください。

しかも、今回のコミックス発売に合わせ、今月4日から名代富士そば様の都内複数店舗にて本作のポスター、及びコミックスと原作書籍を展示していただけることになりました。

そう、遂に本家名代富士そば様とのコラボが決まったのです!

更に、名代辻そば異世界店の店舗のモデルとなった名代富士そば水道橋店様では、私と林ふみの先生の連名によるサイン色紙も展示されますので、この機会に皆様是非とも名代富士そば様へ足をお運びいただき、美味しいおそばと温かなおそばの物語に触れてみてください。

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